故郷の制作術@逗子

  • 更新日: 2026/06/11

故郷の制作術@逗子のアイキャッチ画像

逗子の山には、誰かが断崖絶壁に杭を打って作ったハイキングコース(?)がありました

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逗子出身のパフォーマンス作家/批評活動者である石田裕己君は一人芝居をよくしている。そんな彼はゆれる木(松橋萌)と逗子市内を歩きリサーチをしていた。それは「故郷の制作術」という名前の演劇を路上で行うためのものだった。

その中で私達が出会ったのは海や山といった旅行者が思い浮かべるような逗子の豊かな自然景観だけではなかった。一番心に残ったのは「池子の森の全面返還運動・無言デモ」だった。池子の森は戦前・昭和12年から日本軍、戦後はアメリカ軍の弾薬庫として使われ、現在は大部分が米海軍用の住宅地となっている。

しかし、20数年間この町に住む石田君は、このデモの存在を知らなかった。リサーチの際にも「初恋の子がいたキッズクラブの側に、そういえば米軍基地がありました!」といった具合で、住民である彼にとっても米軍基地があるという出来事は遠いものだった。

デモは、月に一度、東逗子ー逗子駅間を無言で練り歩くものとなっており、51年間のあいだ休むことなく行われてきた(2025年9月現在)。それはジュディスバトラーの『アセンブリ』に描かれる“政治的に重要な出来事とは予期せぬ一時的な集会の中で無言のうちに起こる、人間集団が存在し、空間を占拠し、執拗に生きていると主張する表現的な行動”という言葉を実践するかのようだと思った。そして私はこのデモに実際に参加した際に、“歩くこと”の本質を垣間見るような思いがした。

私達が見つけた”池子の森”をはじめとして、この町には生き物や人々の営みが息づく、小さな動物園や小さな漁港もあった。そんな風に故郷を(散歩によって)見つめ直し、心の中に残る風景を生み出す行為が「制作術」なのかもしれない。

2025年9月14日の12:00に逗子で演劇を上演しながら歩く散歩会の開催があることをSNSで告知したところ、この日は10名で一緒に歩くこととなった。また、当日11:30、東逗子駅集合の池子の森全面返還のデモ行進には松橋・石田・ももちゃんの三人が参加した。



デモはこの日、623回を迎えた。




警察の立ち合いのもと、列は進んでいく。




デモ参加者の方が、お友達を道端に見つけて手を振っている。このデモの特徴の一つは、参加者の”雑談”が生まれること。おばあちゃん達がお喋りをしていたり、おじいさんが森の歴史を教えてくれたりする。米軍のものだったからこそ、森が開発されずに残っているという、ある種の複雑さについてなどを伺うことができた。元来、そこには村が存在していたが、立ち退きとなり日本軍・米軍に接収された”池子”。彼らは森の保全活動に取り組みながら、戦争のない、平和な未来が訪れることを願っている。

基地問題を巡って、様々な運動が生まれ、無くなっていった中でこの運動が残った一つの理由は「無理をしなかったから」だという。声を張り上げるのではなく、ただ、歩き続けること。歩く前に、集合写真を撮影する。その記録が積み重なっていくことの重みを想像する。社会がもしも変わらないとしても、平和を願う人がここにいたということ、歩き続けたことは決して変えられない。それはこの世界の中で起きた出来事だからだ。その確かさに、胸が熱くなった。

住宅の中からはこちらを優しい表情で見つめ、手を振ってくれるような住民の姿があった。車に乗っている子供からの「頑張ってください!」と言う無邪気な応援に驚きながら、私達の散歩は始まった。

逗子駅に到着し、今日歩くメンバーと顔合わせする。



九月になっても、まだ真夏のような日差し。




出発!




ここの横断歩道は、渡るタイミングが一癖あるので、急がねばならない。石田君とその友人・砂原君(逗子出身)が、そんな地元ネタを披露。




初めに辿り着いたのは逗子市役所前。石田君が何やらここで、右腕を掲げ始める。



手に持っているのはシャボン玉の恐竜型ハンディファンだ。(逗子市内のダイソーにて購入)

石田君が言うには、ここにはかつて池子基地返還を求める旗が掲げられており、その旗を目にすることが自分と基地問題を繋ぐ唯一の接点だったらしい。しかし、リサーチの際に、2019年以降、その旗がいつの間にか掲げられなくなったことを知る。懸垂幕の新たな製造のための予算上の問題が理由だという。

このアクションについて、石田君は以下のように説明している。

失われてしまった旗の復活を、おふざけ的(滑稽、子どもの遊び、インスタ映え的)のようでありつつ、どこか崇高でもあるかもしれない(片手を上に突き上げる、英雄的、あるいはテロリスト的な姿)かたちで行う。基地の現実へと、ジャンク的にしか接近できない自分のどうしようもなさと、それでもなおジャンクを組み合わせ接近することの拮抗(僕の中で、旗があり運動の残滓が残っていたかっての逗子への接近は、在りし日への憧慣という意味で、幼年期への回帰感情とかとかと否応なしに結び付いてしまうものだ。一日目の午後のルート的にもそういう感じだったし)。
平成レトロブームにせよ、まだマシだった政治的・社会的状況への憧慣にせよ、平成という時代への回顧ではあるわけだが、両者が結びつけられることはあまりない気がする(現代への絶望感・革命願望が呼び起こしているのが平成レトロだ、みたいな)。そこについて少し考えたい。あんまり本格的ではないけど。




皆、しばしの間、シャボン玉を眺める。

京急逗子線の逗子・葉山へ乗って移動する。




駅構内に何故か、石田君の証明写真が落ちていた。




改札前のサーティワンアイス、買っちゃうなあ。




そんなことをしていると、電車が来ちゃった。(で、間に合わなかった。)




赤いノスタルジックな車体に皆がワクワクする。




知らない子が、手を降ってくれた。辿り着いたのは、一駅先の神武寺駅。




駅を降りてすぐ見えるのは、こんな看板だ。




こちらは左側の米海軍専用改札口で、監視カメラも設置されていて、私達が先に進むことはできない。




右側の出口を進む。石田君の大好きな”かわいいものたち”だ。ここから、池子の森を目指して歩く。




なんてことない一本道だけれど、こんなものが落ちている日もあった。リサーチの時に見つけた”本指ミンティア”なのだが、皆に見せようと思って拾って、当日は家に忘れてしまった。だから私の機嫌が少し悪い。

この一本道の先にあるのが散歩の素晴らしいお土産屋さん。




湘南クッキーの自販機である。




得意気に見せる。




「じゃこ瓦」クッキー瓦の上でみりん干し 回遊する子いわしの群れ とパッケージに記載




あおさの磯などもおすすめ。




踏切の向こうにいよいよ見えてきたのは、現在の池子の森住宅地区と海軍補助施設だ。さらにその奥に、池子の森自然公園がある。




踏切を渡る。




左側にあるのは魅力的な緑の小道。脇を川が流れている。この小道、実は池子住宅地区に隣接する逗葉地域医療センター・市保健センターへの進入路で、2001年に日米共同使用の形で整備され、翌年から返還が要望されていたものだ。国へ変換されたのは2024年11月30日、翌日、逗子市に国より譲渡された。当時、返還されてまだ一年も経っていなかった道だった。




ここには、壊れかけてはいるけれど、なんだか秘密みたいなベンチがあった。




石田君が手すりに腰掛けてみたりする。




道の先には医療保健センターがある。




米軍人やその家族のための400メートルトラック。




池子の森自然公園の総合案内板にはこんな張り紙が。指を指しているのは、ドングリの妖精・シズオ




住居のゲート。




緊張感のある看板。






石田君の好きなカラス。




その先には日本の高校生が使うグラウンドもあった。




怖い口調でコーチが何か話しているので聞き耳を立てていると、「見えづらいので、サングラスを買った!」とのことだった。生徒は「ありがとうございます!」と返した。ここで練習をする野球部のコーチはどこか可愛らしい。




これは一体なんだろう、などと眺めていると、




池子遺跡資料館を見つけることができる。




独特な雰囲気。それもそのはず。この場所はスポーツ施設管理棟として、米軍が利用していた建物だったのだ。資料館としての利用は1999年からで、1989年から1994年までの間に行われた池子遺跡群で発掘された弥生・古墳時代から近代までの遺構や遺物をはじめとして、池子の地にどのように人が暮らしたのかの歴史を展示している。遅れて来たみわこさんとはここで合流。待ち合わせがしやすいスポットだ。




展示室は3Fにある。




この構図を撮りたいからと、みりんちゃんは階段から行くとのことだった。




エレベーターのボタン。




動物の骨や土器が並んでいる。中でも印象深いのは、爆薬庫設置のための立ち退きの直前の人々の残したものだ。その中には東郷平八郎の人形や、玩具の透明の銃などもあった。




谷保にもあったな、土器パズル。




廊下に整理途中の遺物が。




トイレがアメリカ式。壁が高くて、個室の仕切りは下が開いている。




隣接する事務室で貰えるお土産。




池子の森自然公園の開園日は休日と水曜日のみで、建物の裏側に打ち捨てられた看板の中に、公園の開園日に水曜日の記載のないものがあった。開園当時は休日のみで、2022年からは水曜日も入れる様になったのだ。公園の共同利用が開始されたのは2016年とつい最近のことで、石田君が「そんな公園があったんだ」と驚くのも無理はないのかもしれない。外遊びが盛んな幼少期を過ぎた後のことなのだから。




黄色い消火栓。




この先に、西武が建設したトンネルがある。




小さな手の跡が、トンネルの壁にいくつか付いていた。私達も手の跡を付けて遊んだ。フランスやスペインの古代洞窟壁画みたいだ。




夏休みの冒険って感じがする。




飲みかけのお茶のペットボトルだ。こういうのが落ちているとゲームの中のダンジョンみたい。




トンネルを抜けた先には、シロウリガイの化石が展示された小さな山道がある。”ジャイアント”と英訳されているのがツボ。




距離は短いながらも、ハイキングコース。この辺りの”森”は森ではなく”山”であることが多い。




キノコだ。




振り返ると皆の顔がだいぶ険しい。シギちゃんだけがニコニコしている。




森の中を登ったり降りたりして、辿り着いた巨大な化石(正確に言えば、シロウリ貝の化石を含む岩)に隣接されているのはテニスコート。ここは竹林も近くにあって、竹の根っこが地面によく埋まっている。




散歩会では一度歩いた道をあまり歩くことはないのだが、実はここだけは来た道を戻る(もう一度ハイキングするorテニスコートの横を降りると資料館横に出て、もう一度トンネルを抜ける)選択肢しかない。皆が選択したのは後者だった。




テニスコートの網にいたのかな、みりんちゃんの写真。




再び。




シロウリガイの化石はトンネルを抜けて左側。こちらは右側で、森が広がっている。




素敵な花。




皆が踏んで確かめているのが爆薬を運ぶのに使用されていた線路だ。過去にこの線路を掘り起こした人がいるが、今そのようなことは無断ですることができない。線路は生い茂る草木や土の中に再び埋もれていき、断続的にしか見えない。




石田君は自分のことをジブリキャラクターに例えると中トトロだと言った。




今年はこの水路は枯れていた。




石田君の好きなペンギンだ。




ビジターセンターで一休み。




メダカに餌やりをしたり、




大きなザリガニがいたり、




資料を読んだり、




ホワイトボードに絵を描いたり、




シズオの物真似をしたり。




涼んだら、また歩き出す。奥に見えるのは、剥き出しの地形だ。




庭・・・?




夢に見た自転車道。




市民にとっての憩いの場。




しかし、その向かい側にはこんな看板が。




芝生に突然現れた窪地の周りで上演が始まる。はるさんは寝そべりながら鑑賞。それもいいね。




公園内で縦横無尽に芝居を披露する石田君の後について行く。




その中で、様々な遺構を発見することができる。




ここは元々、村で米を育てていた場所。池があったのが、今はかなり干上がって来ている。この後予定があるシギちゃんや、仕事で忙しい中来てくれていたみりんちゃんが帰って行った。




ここにはかつて鎌倉時代のやぐらがあり、軍はその跡や地形を利用したのだという。




ここは何やら人が隠れられそう。




誰かがビールを飲んだ跡があった。




渾身の上演。




この後、蜘蛛の巣だらけの道を進んだ。




この先は居住者しか進むことができない。




横道に入ってみると、森の中にはいくつかの何もないスペースがある。




森の中には川も流れていた。




何か拾った。




台湾リスの声を聴く。




手を洗う。いつもこの場所にちょっとしたブースがあって、池子の森で拾った木の実が入った標本箱などが置いてある。この日はいつもいる鳥に詳しいお姉さんと違う男性がボランティアでいて、(一ヶ月に二回程いるのだという。レアだ)池子の森の歴史について教えてくれた。




池子の森を出ると、すぐに住宅地が隣接している。川に薄紫の花が浮いていた。




ほっこりとする。




水分補給は大事。




夏の終わりの夕暮れ時の校庭がエモーショナル。




こちらにも気になるトンネルがあるけれど、またいつか。




草木に埋もれていく黒い車。




鳩がやたら停まる建物。




”かわいいものたち”
この辺りの庭先では、可愛い動物の置物を見つけることが多かった。




気になって寄り道




山だ




住宅地の小道。この道いいねって石田君と決めた。




この後、砂原君が腹痛か何かで突然消える。恐らく自宅に一旦帰った。




良い庭




ここは石田君が生まれたアパートの隣の久木子供広場だ。この公園では台詞を、遊具をぐるぐる移動しめちゃくちゃ運動しながら発する「カニたちの闘争」という芝居が上演された。酷暑の中での石田君の体力に感服。




思わず遊ぶ




思わず




眠る




散歩は続く。この道、海が近づいてきたことを感じるから好きだ。




遠藤君の新しい仕事の話なんかを聞きながら歩いていた。




目指すのは披露山。




日暮までに到着するためにはペースアップしたいが、皆がキツそう。




時折この山に現れる猿がいるのだという。




突如、現れた砂原君。なんと地元民ならではのショートカットで、別ルートから追いついてくれた。砂原君、その直後に左腕を上げた謎のポーズで柵に座り込んで休んでいた。

急いだ理由は披露山公園は動物園になっており、シャモやハムスターなどの小動物を見られるのは夕刻までだからだ。残念ながら、この日は見ることが出来なかったが、猿山の猿をはじめとした動物達の姿を見ることができた。この場所は、石田君が幼い頃に、山の上の動物園に行ったという記憶が残っていて、見つけた場所だ。そして、飼育員さんが親密な様子で猿とコミュニケーションをしながら餌やりをしている姿に遭遇して心を動かされて、ルートに組み込みたいと考えたのだった。




ここは、かつて第二次大戦時に海軍の高射砲陣地があったところで、三つの高射砲座と監視所の地下室が残されていた。砲座は展望台・円形花壇・猿山になり、監視所跡にレストハウスが設けられたという。




レストハウスに石田君の仲間(ペンギン)が二人(2025年8月12日のリサーチ時に撮影)

売店はあいにく閉まっていたのだけれど、トイレ休憩ができた。




飼育している孔雀から抜け落ちた羽を持ち帰ることができる。こうしたアイデアからも、飼育員さんの愛情を感じる。




良い笑顔




展望台から故郷を一望する




富士山がとても綺麗に見えた。




空が綺麗だ




この公園には「パーキング・ライフ」と名付けられた五つの超短編戯曲がばら撒かれており、動物達がまるで人間の様に喋り出す。私達はそれを探しながら公園を探索する。これは、石田君なりのかくれんぼらしい。




アヒルと一緒に戯曲を読む。




時に遊具ではしゃぐ。




良い具合で公園を出て、山を降りて行く。どんぐりが沢山落ちていたりする。




孔雀の羽をリュックにさし、動物になったようだと嬉しそうな石田君。




高級住宅地が続く。




急な坂に、魅力的な入り口がある。誰かの庭の中を進んでいる様な気持ちになる。








言葉にするのは難しいのだけれど、急な階段を進んで行くのが楽しい。




ポニョのお家みたい。




偶然にも、石田君の名前と同じ食堂だ。




逗子の海辺に、素敵な家族経営の商店がある。いつも家族がここにいて、私達のこともまたフレンドリーに受け入れてくれる。私達はジュースや駄菓子やらを買った。ガラムなどインドネシアの煙草が売られているのがとても雰囲気に合っている。はるさんが早速、お爺ちゃんと仲良くなって記念撮影をした。




逗子の海、というとリゾートの様なものを思い浮かべるかもしれない。けれど私達が目指したのは、小坪漁港という小さくて、温かくて、懐かしい感じのする海だった。


(2025年8月12日のリサーチ時に撮影)




あまり高くないところに、バスケットのゴール。




石田君はここで、カラスを呼ぶ。

餌は先程の商店で買ったさくら大根だ。カラスに向けて、手を伸ばして10分間佇む。それを皆で見守るのだが、その間に蚊に刺される。




カラスは来なかったのだけれど、石田君の元にはぬいぐるみのカラスがやって来て、上演は終了する。石田君はさくら大根を食べる。汗をいっぱいかいた一日なので、しょっぱさが体に染み渡ったに違いない。

この日は丁度、小坪漁港の漁師さんが釣った魚を頂くイベント・小坪魚々祭りが開催されているので、皆で足を運ぶ。




砂原君とはここでお別れ。




屋台では様々な海鮮メニューが並ぶ。どれも漁港で採れたばかりの魚達だ。




とても美味しい。私は煮付けを食べたっけな。皆で今日のこととか、話した。




ボールで遊ぶ人がいて、なんだか良かったなあ。




みわこさんとなるみさんは実はお知り合いで、この場所でバッタリと再会した。仲良く帰って行った。いいなあ。二人は三十代。私も二人みたいに大人になってもずっと皆で散歩してたいなあ。




バスで逗子駅へ。

はるさんがトイレに行って、ももちゃんと遠藤君と私はさらに電車に乗って帰って行く。

忘れられない夏の思い出。

撮影協力:佐藤海琳、遠藤大致、ももちゃん、みわこさん








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ゆれる木

散歩会をあちらこちらで開催しています。ケアとアートを散歩で結んだり解いたりすることが目標。

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