前世の友達が飛び出す、近江八幡

  • 更新日: 2022/01/20

前世の友達が飛び出す、近江八幡のアイキャッチ画像

近江八幡を歩いていると、「彼」は何度でも繰り返し私の前に現れる。音もなく飛び出してくる。大抵は無表情で、けれどたまに、笑顔で。


このまえ、町並み観察や近代建築探しをしようと思って、少し遠方へ足をのばした。

そこは、パッケージにギリシャ神話の神・アポロンをモチーフにしたイラストの描かれた商品……外皮薬「メンターム」で有名な企業、近江兄弟社にゆかりのある土地だった。

近畿は滋賀県、琵琶湖の東岸に位置する、近江八幡という場所。



JR東海道本線(この区間では「琵琶湖線」の通称で呼ばれている)の駅で電車を降りたら、そこから主要な見どころが集まっている地区までは、徒歩でおおよそ30分くらい。

寄り道をしながらだと1時間程度はかかるだろうと踏んで、のんびり散策しながら現地の様子、特に好きな感じの建物などに着目して、ごく適当に風景や雰囲気を楽しむつもりだったのだ。

写真の「彼」に出会ってしまうまでは……。




近江八幡駅の北出口より県道502号を北に進むと、不意に歩道の左手側から、勢いよく視界に飛び出してきた誰かがいた。

実際それは平たい看板で、だから自力で動くはずもなく、「飛び出してきた」というのは完全に私の錯覚にすぎない。それでも確かにそう思った。走っている人間の体勢をデフォルメで表した、1メートルちょっとの高さの立て看板。

帽子をかぶり、三脚に固定したカメラを脇に携えている少年。

片目をつぶっているのはもしかして、ファインダーを覗き込んでいる表現なのだろうか。しかし、視界を制限されながら颯爽と駆ける様子は、どうにも危なっかしい感じがする。カメラも良いけど周りも見て! とつい声をかけたくなる。

帽子のところにEkubo Studioと書いてあったため、これはきっと横にある写真スタジオのマスコットキャラクターなのだろうと私は勝手に判断し、そのまま先に歩を進めた。


そうしたら、また、例の彼がそこにいた。ばったりと邂逅してしまった。

さっきの場所から、ほんの数十メートルにも満たないところで。



相も変わらず元気よく飛び出している。今度は生クリーム絞り器と、洋風の焼き菓子をそれぞれの手に持ち、腰から緑のエプロンを下げてコック帽をかぶっていた。

でも、顔自体の造作や髪型はさっきとほとんど同じ。ケーキ屋さんみたいな恰好をして、実際にアンデケンというケーキ屋さんの軒先に設置してあるが、写真スタジオの前でも同じ看板を見かけたため「店固有のマスコットキャラ」ではなさそうだと推測できる。

近隣の商業施設が提携して、あえて同じ意匠の看板を出しているのだろうか?

来た道の写真スタジオをもう一度振り返って思う。それか、何かのイベント?


……予想は見事に外れていた。

散策をしていた当時の私は、これが一般に「飛び出し坊や」と呼ばれている交通安全系の看板なのだということや、滋賀県内の設置数が全国で最も多いと噂されていること、そして熱心な愛好者が存在していることもまったく知らなかったのだ。

事前知識、ゼロ。ゆえにかなり混乱していた。

なぜって、彼らは近江八幡を歩けば歩くほど、次々に道の向こうから出現してくるから。怖いくらいに……。




これは温泉マークの入ったTシャツを着て、犬を連れているタイプ。

トゥービードッグ・グルーミングハウスという愛犬の手入れ専門店から飛び出してきたから、きっと施術を終えた後なのだろう。中型犬の、きれいに洗われた薄茶と白の毛並みを感じられる。

ひとつ前に観測した飛び出し坊やと違って、表情が緩んでいるような……?

軽く口角を上げてにっこりとしている。

やはり、家族の一員がさっぱりした様子で帰ってくると思わず笑みがこぼれてしまうものだろうか。傍らを駆ける犬の方もどこか嬉しそう。けれど、この1人と1匹に向き合い続けると、どうしても意味深長で陰謀を秘めた含みのある顔にも思えてくるから侮れない。




かすかに水の音が聞こえる。

江戸時代後期、近江八幡がとりわけ隆盛を誇った頃の様子を今に伝える、八幡堀の方まで足を進めると……ほら、またいた。

今度は魚を持っているようだ。指らしい指のない、グローブ型の素手で。唇はへの字に引き結ばれ、楕円形の目には光がなく、どこまでも真っ暗。丸く突き出た小さな鼻も印象に残る。

この地域の特産品で、近江牛に並んで有名なのが琵琶湖の魚であるらしく、彼に抱えられているのは多分それだろうと思って横の建物を見ると「あゆの店 きむら」と書かれていた。なるほど、鮎。

調べると、小鮎(こあゆ)という種類のちいさな鮎が釣れる場所は、日本中どこを探しても琵琶湖だけなのだとか。




それから少し細い道に入ると……あっ、またいる。今度はうなぎ屋さんの前でうなぎを持っている……。何の喜怒哀楽も伺えない表情のまま。

虚空を眺めるその目の正面に立つとこちらが取り込まれそうになる。看板の塗装に使われているペンキの質感も、ツヤがあるかないかの中間で鈍い輝きを放ち、他の金属の標識とはまた一線を画する佇まい。

その髪型、坊主からちょんまげに変えたんだね。似合ってるよ。

設置されていたお店の店名は「明治橋 あまな」。ガラス越しに店内の様子が見えるし、建物内でうなぎや甘味を賞味している人達は、反対に窓の外の飛び出し坊やを眺めている。


駅からほんの数十分足らずの道程で、飛び出し坊や看板の発見数はどんどん増えていく。特に注意して探そうとも思わず、適当に歩いていただけなのに、もう5つめだ。

自分の居住エリアではまず観測できない光景に高揚してきた。

もとは人と車との接触事故を減らすために考案されたはずの、飛び出し坊やの看板。それがこうして地域の特色を表現するのに使われている様子は、奇妙かつ少し不気味で、正直にいえばかなり魅力的だった。




頭の編み笠にしましまのマント。

千両天秤ではなくてそろばんを持っているが、間違いなくこれは典型的な「近江商人」のスタイルだ。近江商人は中世から文字通りに近江国(現在の滋賀県)に居を構え、日本全国津々浦々とその足で歩き回り、商売によって大きな財を築いた。

ちなみに、明治19年に開校して現在に至る八幡商業学校は、過去に「近江商人の士官学校」とも称されたことがある。

このあたりから、私の脳裏には何か既視感のようなものが頻繁によぎるようになる。それも、飛び出し坊やの看板に遭遇するたび、どんどん強く。


私はこの顔をどこかで見たことがある。

いつかこの少年と会ったことがある……。

そういう感覚。


賢明に記憶を掘り返していると、あるアニメ作品の一場面が鮮やかに蘇ってきた。

あれだ。2021年には新作劇場版も公開されていた「少女☆歌劇 レヴュースタァライト」の地上波版、第5話。愛城華恋と露崎まひるのレヴューシーンに登場する看板の中に、飛び出し坊やを模したものがあった。こんなところで思い出すことになるとは、意外すぎる。

ちなみに同作品の副監督はここ、滋賀県の出身とのこと。




大きな道と為心町通りが接する場所では、明治時代の歴史的建造物である白雲館(昔の八幡東学校)の前を、古風な学生服をまとった彼が走り抜けていった。うっすらと笑っている。学校に通えるのが嬉しいのかな。

横断歩道を渡る直前のようだが、きちんと一度立ち止まって左右を確認してほしい。歩行者はそんな彼の姿を見て、自分も気をつけなければと思う。


これらの飛び出し坊や、基本的な顔のつくりや体形は同じなのに、着ている服や持参しているものの種類だけが変幻自在だ。脈絡がなくバリエーションに飛んでいる。

そうして近江八幡で、何度でも繰り返し私の前に現れる。路地の角を曲がると顔を出す。

だからふと突飛な考えを抱いた。

飛び出し坊やはまるで、違う場所や違う時代に生まれ変わるたび、身分や職業を変えながらも必ず会いに来てくれる、強い絆で結ばれた友人のようだと……。

もしかしたら、私に何かを伝えようとしているのかもしれない。世の中にはそういう物語が結構ある。

道の入り組んだ場所でいきなり飛び出すと、交通事故に遭うかもしれない。その危険性を身をもって示そうと、転生した先でどんな立場にあろうとも「飛び出し坊や」に扮して眼前に現れてくれる、そんな心強さがある。


彼と一緒なら近江八幡散策も怖くない。


だから、歩いていてしばらく見かけないと、寂しさすら感じるようになってきた。

存在しないはずの記憶が頭に浮かんでくる。

前世で近江商人になるべく修行していた頃の飛び出し坊やと、あるいはさらに前の人生、琵琶湖でうなぎを捕って町で売っていた頃の飛び出し坊やと並んで座り、共に夢を語り合った日々のことなどが。




極めつけは、この子。今回の散策の折り返し地点、八幡山山頂に至るロープウェイの乗り場前で飛び出していた、赤い服の彼。

よく見るとロープウェイの車両の窓から顔を出している。カメラを持っているが初めに発見したカメラマン風のものとは違い、単に観光で写真を撮りに来た旅行客にを表している様子だった。

その顔はもう笑ってはいない。今までとは比べ物にならないくらい、真剣な眼差しをしている。

これから山の上まで行くのか、もう下山してきたのか。どちらか分からないけれど私はなんだか敬虔な、身が引き締まる思いに駆られた。真っ黒な目から何かを語りかけられている感じがする。あるいは、別れを告げられているのかもしれない。


別れ?

確かに私はこれから駅まで戻るけれど、途中でまた、会えるよね?

だって、あんなに沢山いたんだから。




けれど復路につくと、選んだ道がことごとく外れていたのか、ぱったりと飛び出し坊やの姿を見なくなった。そのかわりに亜種のような、似ているけど非なる飛び出し注意喚起の看板を多く目撃するようになる。

男児だし、飛び出しているし、確かに似てはいるものの、違う。いや、もう全然違った。

私の友達の彼じゃない……。

愛想の良い感じで目には光が入り、人畜無害そうにニコニコしているけれど、会えてもあまり嬉しくなかった。だって知らない人だ。前世で出会い、それから何回生まれ変わっても私を忘れずにいてくれた、あの飛び出し坊やじゃない。




関係ない薬局の壁に書かれていたイラストすら、ポーズが飛び出し坊やを模しているように感じられてつらい。に、偽物……。周囲に6匹も鳥なんて飛ばして、旗を持ち空中で輪くぐりをしている。見開かれて露出した白目が怖い。うう、偽物っ。

近江八幡駅に到着する頃にはすっかり意気消沈してしまって、悲しい思いをしながら新幹線の発着する米原駅まで戻った。これから家に帰らなくてはいけない。

最後にもう一度、君の顔を見たかったよ。せっかく会えたのに。


そうしたら、駅の売店に、いた。



衝撃を受けて棚のところを2度見した。確かに、あの飛び出し坊やだった。

商品名は「とび太くん ヨシノート」で、製造元がコクヨ工業滋賀とある。君、とび太くんって呼称がきちんとあったんだね(調べてみたら、最初期に製造された飛び出し坊や看板、通称0系の正式名称は「飛出とび太」であるそうだ)。

表紙のデザインが秀逸だなと感心したのは、ノートの背を束ねるテープが電信柱として表現されていて、その影からとび太くんが飛び出している意匠になっている部分。裏表紙では、残像のように分裂した彼が、今度は別の電信柱の後ろに消えていく。


……そういうことを考えられるようになったのは家に帰ってきてからで、実際は頭で何かを判断するより先に、光の速さでこのノートをレジに持って行った。税込220円。

会計の際に「こちらプレゼント用ですか?」と聞かれ、「イエ、じ、自分用です」とわけもなく照れながら会計を済ませたのは記憶に新しい。




ノートの彼の服装は赤いトップスに黄色いズボン。

これが彼の最も一般的なヴィジュアルらしいが、私が遭遇したのは初めてだった。


カメラマン、ケーキ屋、犬を連れた一般人、鮎売り、うなぎ売り、近江商人、学生、旅行客……。

今回の散策中に、異なる時代、そして色々な立場の姿を示してくれた飛び出し坊やが、またこうして今世に生まれ変わり、令和の時代にまた会えた。前世からの私の友達。

彼が描かれたノートを手に入れたことで、本場の滋賀県を離れてもいつでも顔を見られるし、勤務先や旅行先にも自由に持っていけるようになった。

よかった。嬉しい。

これで、ずっと一緒だね!




今日も近江八幡で飛び出しているのであろう彼にも、また会いに行くよ。






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千野

出不精なのに散策が好きな会社員妖怪です。

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