「無」の看板を集めたら「有」が見えてきた2

  • 更新日: 2022/05/06

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発光する無

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自分のTwitterを見返したところ、「無」の看板を集め始めたのは2018年11月である。コロナ禍によって広告が減ってしまい、街中に「無」が増えてしまったのはまったく予想外だった。

前回の記事は、ちょうどいいタイミングだったのか、予想以上に多くの反響をいただいた。その後も「無」の採集を続けていたので、新たなカテゴリーとともに紹介していこうと思う。


1.跡無

まずは、前回も紹介した「跡無(あとむ)」から。何らかの跡だけが残されている看板である。イントネーションは鉄腕と同じで構わない。



左側はスッキリしているものの、右側は無理やり剥がされた跡が残る。しかし、そこにこそ人間の営みが垣間見えるものだ。




かろうじて営業時間と「郎」だけが見える。なぜこのような形で残っているのか不思議だ。黒と赤が絶妙なバランスである。炎のように燃える無。




何らかの掲示物が3点で留められていた跡。人間は、3つの点が集まった図形を「人の顔」と認識するようにプログラムされているらしい。これをシミュラクラ現象という。




何らかの警告が貼られて、破られる。攻防戦。「破壊無」ともいえる。




東京メトロ神谷町駅にて。さまざまなポスターが貼られ、剥がされた跡が残る。先ほどの「破壊無」に比べると穏やかではあるが、静かな歴史を感じさせる跡無である。




単なる落書きなのか、無理やり消そうとして中途半端になったのか、判断しかねるところではあるが。看板の意味をなしていない点でいえば、「無」であることに変わりはない。




中のコードが透けて、レントゲンのようになっている。上のテキストによると、医療施設の看板だ。意図的にレントゲンを模しているのか? とつい深読みしてしまう。




バス停。凹んでいるのか、真ん中が黒くなっている。ダークサイド・オブ・ザ・無。


2.ビルの上の無



数字だけが書かれた無の看板。おそらく電話番号だと思われるが、こうしてみると謎の暗号のようだ。




コロナ禍以降、このような「ビルの上の無」を見かけることが多くなった。ちなみに写真家&現代美術家の木村華子さんは、SIGNS FOR [  ] というタイトルで、ビルの上の無をアートへと昇華した作品を手掛けている。


3.無を照らす光



案内物を入れるスペースに、何も入っていない。しかし、やさしい光が無を照らし続けている。ここで分かるのは、「関係者以外は入ってはいけない」という事実だけだ。






某パチンコ店にて。わざわざピンスポットライトを使って無を照らしている。




広告が入るスペースに何もなく、光だけが放たれていた。これは無を照らすというより「無」自身が発光しているため、「発光無」である。


4.影のためのキャンバス

光があれば、影もある。「無」と「影」の関係性について考えてみよう。




無となった看板に影が映っている。つまり、何らかの掲示物であった看板が「影のためのキャンバス」へと変化したのだ。




表参道のカフェ。閉店した店の看板には、掲示物の代わりに木や自動車が映っている。このフレームは無になることで、刻一刻と移り変わる風景を映し出す「スクリーン」へと進化した。




「日本学術会議」の掲示板に忍び寄る影。よく見ると、信号の影を”掲示”している。この信号が赤か青かは分からない。


5.無の中の無



JR渋谷駅にて。無の掲示スペースの中に、白い「無」が浮かび上がっている。




無の掲示板に白い紙。しかし、そこには何も書かれていない。無言のメッセージ。無on無である。




ビルの案内板。地下から7階までなにも書かれていないが、6階だけがさらに強調された無となっている。無on無。無の中の無。無中。5時に無中。


6.裏無(うらむ)



看板が裏返しになっている状態が「裏無(うらむ)」である。決して恨んでいるわけではない。裏返しにすることで、「かつてこの場所に○○があったが、いまはもう無いですよ」と知らせる高度なテクニックだ。そして私たちも、その無言のメッセージを何の説明もなく、ごく自然に受け取っていることに気づく。




アパホテル1階の「おむすび権米衛」が、裏無の状態になっていた。この写真だけで、私たちは「以前ここにおむすび権米衛があったが、閉店してしまった」という事実を読み取ることができるのだ。




「世界の山ちゃん」も裏無になっていた。世界の山ちゃんから「世界の山ちゃ無」へ。


7.連続無



無、無、そして奥にも無。無の家族。無のファミリー。ファ無リー。




ここまでキレイに無が並ぶのも珍しい。Googlemapで調べたところ、元は「すたみな太郎」と「江戸一」(経営母体が同じ飲食チェーン店)だったようだ。




8.無を警告する(警告無)



無であることを、わざわざトラテープ(黄色と黒色のテープ)により注意喚起している。




無を守るカラーコーンたち。


9.無を取る、無を使う、無を購入する



六本木にて。これはいったい何のための台なのか? と思ってよく見ると、真ん中あたりに小さな穴が空いている。




おそらくこの台は、もともと公衆電話が置いてあったスペースである。穴は電話線を通すためのものだ。しかし今となっては、どういう用途なのか分からないプレーンな台となっている。公衆電話があったスペースが「無」へ。公衆無電話。NO TELEPHONE。




自販機の一部が「無」になっている。無が買える自販機だ。よく見ると、同じ無でも価格差がある。60円の無と290円の無、何が違うのだろうか。無の違いを感じる力、「無力」が必要となる。




フリーペーパーのラックに、何もない。free=無ということか。横には「ご自由にお取りください」という文字が書かれている。無を取るか、それとも取らないか。私たちは試されている。


10.無のディスプレイボックス



駅の壁に埋め込まれたディスプレイボックス(ショーケース)。しかし中には何も無い。いわば「無」を展示しているわけだが、そこにある種の美しさを感じてしまうのは私だけだろうか。




穴から飛び出し、だらしなく垂れ下がるコンセント。そして右下には温度計。無の温度を測り続けている。




横長のディスプレイボックス。しばし蛍光灯とコード類を鑑賞した。




奥の佇まいから、元は和食系の店だったと推測できる。このディスプレイには、うどん・どんぶり等の食品サンプルが飾られていたのだろう。しかし今は「うど無」「ど無ぶり」となってしまった。


11.透過するキャンバス



何らかの掲示物があったのだろう。しかし中身が消え、フレームだけが残されていた。無の掲示板。いや、これは「透過するキャンバス」ともいえる。フレームの奥に見えるものすべてが「作品」なのだ。




家よりも大きな「無の看板」がある。場所は羽田空港へ行く途中、天空橋駅から5分ほど歩いたところにある海老取川の西側だ。





真下から見るとまるで建築現場の足場のようにみえるが、そうではない。ここにはかつて、巨大な企業看板があったのだ。

ざっくり説明すると、次の通り。
かつて羽田空港は、今より内陸部にあった → 海老取川沿いは飛行機から見える位置にあったため、乗客向けに巨大な広告看板が数多く建てられた → その後、羽田空港が沖合へ移転 → 広告の意味がなくなり、ほとんどが撤去された。

なぜこの骨組みだけ残されているのかは謎だ。ちなみに「ポンジュース」の巨大看板は、今もこの近くに存在している。


12.店舗無



青と白のストライプ模様。これに見覚えがある人も多いのではないだろうか。そう、ジョナサンである。ここは新宿御苑前店。



しかし閉店したため、ジョナサンの看板の骨組み(?)だけが残されていた。つまり「ジョナサ無」である。



入口の上にあるアーチ型の装飾テントも、きれいに店名だけが剥がされていた。




こちらはジョナサン新宿5丁目店。2021年11月に閉店し、アーチ状の跡だけが残っている。



ドアをよく見てみると、確かにジョナサンの形跡があった。間違いなく「ジョナサ無」である。




スーツ・カンパニーが閉店(正確には移転)したため、文字の跡だけが亡霊のように残っていた。ここまで読んでいただいた読者なら、もうお分かりだろう。そう、「スーツ・カ無パニー」である。


無の考察  ~有と無の境目にあるもの

無を収集するにあたり、自分の中で定義づけしなければならないことがあった。それは、どこから、何をもって「無」といえるのか? ということだ。

もともと何もない場所に対して「無」を感じることはない。私が「無」を感じるのは、もともと何かがあった、しかし無くなってしまった存在である。

つまり「無」を探す行為は、「有」を探す行為とイコールなのだ。
“死について考えることは、生について考えることと同義である”という話と同じように。



**

ジョナサン → ジョナサ無 → 完全なる無(別の店舗になる、等)という時系列で考えるなら、「ジョナサ無」である時間はほんの一瞬である。そして、その瞬間を記憶/記録にとどめておく人はほとんどいない。そこに強く惹かれるのだ。

正確にいえば、「有」と「無」の間にあるグレーゾーンにこそ魅力がある、のかもしれない。



ということで、最後は吉祥寺にある帽子専門店「shop無」の前から、無表情でお別れです。さようなら。


(参考サイト)
・開店・閉店セール2022(ジョナサンの閉店店舗一覧)
https://reiwajpn.net/archives/3063#toc2
・東京 昭和の記憶(羽田 弁天橋あたり)
http://www.dagashi.org/tokyo/haneda.html








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村中貴士

編集&ライター。大阪生まれ。「大阪人っぽくないよね」とよく言われるが、人を笑わせたいという吉本的アイデンティティーが自分の血には確実に流れている、と思う。

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