ウサギという名前の町を探すべく、山道を3時間歩いた

  • 更新日: 2020/07/16

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うさぎという名前の町

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「ウサギという名前の町が島根県にある」ということを知人から聞いた。

ウサギといえば都心近くで育った僕にとって、動物園で飼われていたり月でお餅をついていたりすることを思い浮かべる。地方に行くと狩って食べる地域もあるようだが、何れにしてもウサギは人間にとって身近な生き物だ。

なぜその町はウサギという名前になったのだろうか。妙に気になってしまい、色々と想像を膨らませた。人間が餌を大量に与えたためにウサギが町中に溢れかえってしまい、野良猫のように徘徊しているのだろうか。あるいは、野生のウサギが近所にたくさんいて、人間はそれを獲り主食のように毎日食べて暮らしているのかも知れない。とにかく、ウサギにまつわる何らかの由来が存在するのだろう。

どうしても真実を確かめたくなったので、実際に東京からバスと電車を乗り継いで旅に出た。




ウサギという町に行くには、出雲大社前駅から徒歩で約2時間かかる。バスも1日に数本走っているようだが、ウサギの由来に関する手がかりが見つかるかも知れないと思い、歩いて行くことにした。冒険の始まりだ。




ひたすら緑豊かな森や澄んだ川の横を歩いていく。対向車はほとんど来ないので安全だが、すれ違う人もほぼいないのでやや心細い。自分の力を信じて進むしかないのだ。




道端の手すりには苔がびっしりと生えており、まるで人工物が自然の一部になっていると感じる。この辺りは人間が作ったものも自然に飲み込まれていくような感覚があり、神秘的でゾクゾクする。




横を流れる川はホタルの生息地らしく、絵が描かれた案内板が立っている。ホタルはぼやっと光っている姿が印象深いがまじまじと姿形を見たことがないので、この案内板の絵をじっと覗き込む。蛍には足がにょきっと6本生えており、まさに昆虫なのだということを改めて実感。蛍を親しむ会というグループもあるようだ。




シカ飛び出し注意の看板もある。この辺りではシカのような大型動物にも遭遇する可能性があるようだ。シカの猟も行われているとのこと。こんなに動物に会う機会に恵まれているならば、ひょこっとウサギが道端から顔を出すこともあるかも知れない。




道中、最初の人に出くわした。薄暗い森に木を剪定する音と、歩く足音だけが響き渡る。ウサギについて尋ねることもできただろうが、ここまで静寂に包まれると声を出すことが小っ恥ずかしくなってくる。目も合わせず、挨拶をすることなく、剪定のおじさんの背中を目で追いながら横を通り過ぎた。




道端に落ちているのは蛇の皮か!?と恐る恐る覗いてみるがよくわからず立ち去る。この辺は蛇が出てきてもおかしくはない。




突如、道端に社殿が現れる。事代主神(ことしろぬしのかみ)という神話に出てくる神様をお祀りしている場所だそうだ。ここで少し休憩することにした。誰もいない社殿で一人佇み、風の音に耳を澄ますのは心地よい。正月三日には神事が行われるそうで、大勢の人が参拝するようだ。




周辺にあるのは大量のもみじ。まじまじと見つめていると、5つの頂点を持ったその葉の形が人間の手のように見えてくる。もしそうならば、大量の手が枝についているというのは少し怖い。広島ではもみじ饅頭という食べ物あるが、ヒット商品になった理由はもしかすると手のような形をしているからではなかろうか。5つというのはしっくりくる数だし、なぜか魅力を感じる。あれ、ウサギの指の数って何本だっけ。




それから、急坂を登り始める。いよいよ道は険しくなり、山らしくなってきた。辺りは鬱蒼とした森に囲まれ、どんな獣がいつ現れてもおかしくはない。




途中、砂袋のようなものを発見。これはまさかウサギの食料を保管する餌袋だろうか。(いや、これは土砂をせきとめるための袋だろう。)




その袋の上部を見上げると、草木が生えておらず、ぽっかりと禿げた崖がある。土砂崩れが起こったのかもしれない。




道路脇のコンクリートの壁に、必死で食らいつく植物。こんな90°近い斜面に、人間もウサギも住もうとは思わない。それでも自分の住処をここに選んだ植物は何を考えているのだろうか。人間に草取りされた草は痛いという感覚があり、わずかに叫び声を出すという研究もある。それゆえ、どこまで植物は意識を持って生きているのか気になる。いやいや、種が風に飛ばされて降り立ったところが住処なので、自分の意思で住処を選ぶことはできないのかも知れない。植物の生態は人間の想像をはるかに超えている。




今度はこんなところに例のウサギの餌袋。食い荒らされてしまっているので、ウサギが残念がって道端からひょこっと現れるかも知れない。




ポイ捨て禁止の看板。キャラクターが面白い。髪の毛がヤンキー風だが、これはモノを捨てるという動作を表現したいのだろう。口が「Oh,No」の形をしている。それにしても顔と足の比率が10:1くらいなので、どうやって足が顔を支えているのかが気になる。歩いている姿を見てみたい。




さて、山の頂上が見えてきた。もう少しできつい山登りも終了だ。前方には、葉をつけていないたくさんの木が乱立している。旗を立てている陣地か、あるいは草木が枯れがちな鬼ヶ島を想像する。いや、あれはウサギの山城かも知れない。身震いをしながら、その山の頂上目指して歩を進める。




今度は大蛇が出てきたかと思いきや、細長い枝だった(写真中央に見られる幹に絡みついている枝のこと)。




木がたくさん伐採されている。切り株で休もうかと思ったが、ウサギの山城が近いので油断は禁物。先を急ぐことにした。




葉がついていない木がたくさんあるエリアに到着。山の頂上付近に着いたと思われる。しかし、ウサギは一匹もいない。もぬけの殻であったか。やはりウサギという名前の町まで向かわねば、見られないのかも知れない。ウサギ探索により一層拍車がかかる。




疲れたので、ドトールコーヒーの室戸海洋深層水という水を飲んだ。うまい。なぜこのタイミングでドトールコーヒーの水がリュックから出てくるのかはさておき、海洋深層水はピロリ菌抑制や整腸作用、免疫力アップなどに効果があるらしい。ウサギ探索のためのパワーを注入できた。




今度は番号が振ってあるウサギの餌袋を発見。大量に食料が入っているので、これだけあれば数ヶ月暮らせるかも知れない。各所に兵糧を置いているとは、かなり食料も潤沢なようだ。




道路にヒビが入っている。道路の下に生き物がうごめいているのかも知れない。忍者のようにそろりそろりと歩く。




鵜鷺(うさぎ)峠という名前の峠に着いた。どうやらウサギという名前の町の近くまで来ているらしい。前方の小さい看板に、「うさぎ」と書いてあり、可愛らしいウサギのイラストまで描いてある。




鵜鷺峠には公衆有線が設置されている。中に置いてある電話が白蛇に見えてしまい焦った。丸くてトグロを巻くようなフォルムがまさに蛇そのものである。




今度こそ蛇が出たかと思ったのだが、紐がそれっぽく捨てられているだけだった。蛇だってこんなところでゆったりしていると、突然車が来てしまった時に危ない。




今度はなんとテンが道端から現れた。見慣れない生き物だったので、最初はなんだこの動物は!?と身構えた。顔と足が黒く、毛並みが黄色で可愛らしい。警戒心もなく僕の方に近づいてきたかと思うと、すぐにスタスタと駆け足で走り去ってしまった。それにしても道中、とてもたくさんの動物と出会っている。




道端の草むらに謎の石柱を発見。「左さぎ」と書いてある。これはどういう意味なのだろうか。「左さき」なら、左のほうに何か宝の地図でもあるのかも知れない。あるいは、「左きき」ならなぜ石柱が立っているのか意味がわからんが、言葉の意味自体はわかる。もしくは、左が右なら「右さぎ」となり、「ウサギ」と読めなくもない。しかし、「左さぎ」なので頭を抱え込んでしまう。左には3つの読み方があって「さ、ひだり、すけ」だそうだ。どれを当てはめてもしっくりこない。ウサギの国に別世界でもあるということだろうか。




道路脇に小さな神社があった。人間の腰くらいの高さである。どうしてこの高さの神社が作られたのだろうか。ウサギなら高さ的にちょうど良いので、もしやウサギがお参りするための神社ではなかろうか。鳥居の先には草木が生い茂っており何もない。社殿はどこにあるのかわからず、謎に包まれている。




名称に「神」という文字がついた水飲み場を発見した。神聖なる湧き水である。有り難く頂こうと思ったが、先ほど海洋深層水を飲んで喉が潤っていたので、またの機会にした。




突如現れた丸く切り抜かれた造形物を身にまとう木々。ここを夜に通ったら、かなり怖いだろう。遠くから見ると、骨人間のように見える。一種のアート作品のようにも見えるが、なぜこのような造形物が存在するのかは謎である。




この辺りは、車があまり通らないようだ。道路に枯葉が散乱しており、小さな山ができている。いよいよ奥深い森に入ったことを実感する。




ふと横を流れている川を見ると、淡い緑色に染まっていてとても澄んでいる。こんな色の川はなかなか見られるものではない。神聖な空気が辺りを包んでいる。




先ほどの骨人間のような造形物の正体はこれだ。間伐展示のために設置されたらしい。間伐を実施した木にこの造形物を目印として付けて、間伐を推進しているということかも知れない。




知られざる銅山を発見。これはウサギの寝ぐらではない。世界遺産・石見銀山より古い室町時代から銅山開発が行われていたようで、この地域では開発の先駆けとなった場所らしい。こんな場所が山奥で見つかるとはびっくりだ。




昔の銅山開発の様子がうかがえる石組みも発見。ひっそりと森の中に存在している。




ここではウサギの餌袋ではなく、かなり頑丈な落石防止の壁が築かれている。




徐々に民家が姿を現す。家を見た途端、静寂に包まれた奥深い森から抜け出たことを実感する。大半の家は屋根が赤い。屋根が赤いといえば、石川県南部の伝統的な家屋を思い出すが、文化的な類似性があるのだろうか。




ついに、ウサギという名前の町にたどり着いた。

2時間で到着する予定だったが、山道に苦戦したので3時間かかった。この町の名前を漢字で書くと「鵜鷺(うさぎ)」だそうだ。インターネットできちんと調べてみると、「鵜峠(うど)」と「鷺浦(さぎうら)」という地域名を総称して「鵜鷺」という名前になったようである。野生のウサギがこの町に存在するということではないらしい。町でウサギが大量発生している様子を思い浮かべていたので、その点では違ったが、町が醸し出す雰囲気は楽園そのもので心地よい。赤い屋根に青い空と海、そして道端には鮮やかな花が綺麗に植えられている。夢の国に来たように感じられる。




海の周辺には、大量のウサギの代わりに、たくさんの鳥が日向ぼっこをしていた(消波ブロックの上などに注目)。




伊奈西波岐(いなせはぎ)神社という神社があった。



この神社の境内には、ウサギの像がある。素兎神(しろうさぎのかみ)が祀られているらしい。昔この町の砂浜を鷺浜(さぎはま)と呼んだそうで、兎(うさぎ)の「さぎ」と字に共通性があることや、島根県に古くから伝わる因幡の素兎(いなばのしろうさぎ)の信仰があることから勧請されたようだ。

つまり、実際にこの町でウサギが見られるわけではないが、人々の心の中にウサギの信仰が根付いているということは確かだ。これこそがウサギの町の真実である。道中、数多くの動物と出会う中で人間と動物との関わり合いを実感。周辺には深い森があって、その環境がこの町の暮らしを支えていることも知れた。良い旅ができて幸せだ。心の中に住むウサギに想いを馳せながら、帰りはバスに乗って帰った。


▼鵜鷺(読み方はうさぎで、島根県大社町鷺浦にある地区)の位置







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稲村行真

文章を書きながらも写真のアート作品を製作中。好奇心旺盛でとにかく歩くことが好き。かつてはご飯を毎食3合食べてエネルギーを注入していた。

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