服部緑地公園でパン食べてから帰るんだ
- 更新日: 2023/06/22
関西を訪れた旅の最終日に
友人の結婚パーティーがあって大阪と神戸に行った。
せっかくだからとそのイベントにくっつけて予定を入れ、2日間、ふだんの生活では考えられないくらいたくさんの人たちと飲み食いしながらおしゃべりをした。
そりゃあもうめちゃくちゃに楽しかった。はじめて会う人もひさびさに会う人もあたたかく、どの街もにぎやかで食べものがうまい!あー最高だー。
帰る日の朝、新大阪のビジネスホテルで目を覚まして直感する。
「東京に帰る前にひとりでぼーっとしなければ」
人といすぎてめきめきに疲れてしまっていた。この心身をなんとかするための散歩が必要だ。急いで支度して服部緑地公園に行こう、ひとりで遅い朝ごはんを食べよう。
緑地公園駅を出るとすぐにこの風景で、さっそく顔がゆるんでいく。
服部緑地公園には去年一度訪れたことがある。ここには野外音楽堂があり、旅行ついでにtofubeatsが主催するライブイベントを見るべく友人たちと来たのだった。ひとりで来るのははじめてだ。
きもちいい……まだ春のやわらかな日光でウッとならずありがたい。
細いほうの緑道もあってもっときもちいい。日曜日なのに静かだ。代々木公園や日比谷公園ではなかなかこうはいかない。
なんだかとっても久しぶりにひとりになれた気がする。昨日もおとといも楽しかったな。楽しさの渦中にいるときよりも、ひとりでこうして振り返るときのほうが楽しさの度合いがぐんと強まるのはなぜだろう。
緑道の側道にパン屋があるというのを、あらかじめグーグルマップで調べておいたのさ。
しかし調べが甘い。
引き返して別のパン屋を探しにいこう。側道もいい道。
住宅街の方に入っていくと、とにかくマンションだらけ。これだけマンションがあれば人がたくさん住んでいるだろうに町全体がとっても静かだ。子どもや子連れの姿が多いけれども、とっても静か。
たぶん建てられているマンションがそんなに新しくないのだろう、ひと昔前の凝ったデザインという感じの建物が多くて見応えがある。
派手さはないがかっこいいマンションばかりだし、通りが静かで緑も多くて……この辺に住みたい欲がもりもりと高まってくる。このあたりでパン屋を発見した。
いかにも町のパン屋さんという気取らない風情の「むぎパン」。
小さいクロワッサンがいくつも入った袋と、ポップに「店主が好きな森永の板チョコ使用」と書いてあったチョコデニッシュも買う。店主が好きなという情報、惹かれるなー。
レジで会計を済ませ、店主と思われる男性にポイントカードは?と聞かれる。この人が森永の板チョコ好きの!と思いながら「ないです」と応えると「作ろか?」……即答で要りませんというのも気が引けて2秒くらい沈黙した。
「要るの?要らんの?」
「東京から来ているもので」
「ほんならええか!おおきにー」
彼はおおきにー、と笑い顔を作ったまま厨房の方へ戻っていった。あまりにサッパリ振るまわれてぽかんとしてしまう。そうか。東京から来ていて、しかも今日はじめてひとりの時間を過ごしているという特別さはわたしだけのものなんだった。
緑地公園駅で降りたらもうひとつ行きたいところがあった。近くまで来たから公園に戻る前に行ってみよう。
かわいい自動販売機!そう、ここだ!
blackbird booksという本屋。
今回の旅のなかで、尊敬する人たちが「いい本屋だよ」と飲みながら教えてくれた店だった。中に入ってみると、品揃えが自分好みすぎてしまう。教えてくれた人たちにわたしのすべてが見透かされている気がしてきて少し汗ばんだ。
本を1冊選び、会計のついでにお店の方と少し話すと「ここは花もやっているんです」とのことだった。わたしにとって本と植物はひとりきりで世界と向き合いたいときにいちばん信頼できる相手なので、その組み合わせに勝手に納得した。
やや、小さな店にどんどん人が入っていくぞ!blackbird books また来たいな。
そろそろ公園に行こう、わたしはパンを食べるんだ。
途中、上からさっきの緑道を見下ろせた。緑が若くていい色だ。
信号を渡れば公園!
おお。
おお……。
せっかくなのでこの彫像がよく見える位置のベンチに腰かけた。
野外音楽堂のほうからマイクで拡声された女性の歌声が響いてくる。今日は誰のコンサートだろう。それとは別に、近くのベンチに生音で路上演奏を楽しむ3人のおっちゃんたちがいる。ギターボーカル、ギター、カホン。
遠くの音と近くの音。誰かがステージにのり大勢に向けて放つ音と、誰に聞かせるためでもなく好き勝手に鳴らされる音。まったくちがう種類の音楽が違和感なくまざりあい、ベンチの周辺にふしぎな心地よさが生まれていた。
パンを食べる。
袋の端を持ってグルングルンとしたタイプの綴じかた
ミニ・クロワッサン、かわいいね
ちょうど噴水が稼働している彫像をバックに
おいしい。
わたしとその隣のベンチに座っていた老夫婦だけがどちらもなにかを食べながら、ミドル世代の路上演奏家たちが奏でる音を黙って聞いている。
そのうちに彼らがスピッツの「チェリー」を、スピッツ本人の5倍は陽気に演奏しはじめる。謎の箇所で独自のはつらつなキメを入れたりして、他人の曲をこれほど本物をなぞらずに演奏できるものかとすっかり感心させられた。
あーいしてーるーのひーびーきっ だっ け~でっ!
つーよーくーなれーるーきっ がっ した~よっ!!
これで東京に帰れる。
ひとりで服部緑地公園に行きパンを食べた。いつか振り返るとき、このことが今回の旅をいっそうかがやかせるはずだ。森永の板チョコ入りのチョコデニッシュを帰りの新幹線で噛み締めながら確信した。
せっかくだからとそのイベントにくっつけて予定を入れ、2日間、ふだんの生活では考えられないくらいたくさんの人たちと飲み食いしながらおしゃべりをした。
そりゃあもうめちゃくちゃに楽しかった。はじめて会う人もひさびさに会う人もあたたかく、どの街もにぎやかで食べものがうまい!あー最高だー。
帰る日の朝、新大阪のビジネスホテルで目を覚まして直感する。
「東京に帰る前にひとりでぼーっとしなければ」
人といすぎてめきめきに疲れてしまっていた。この心身をなんとかするための散歩が必要だ。急いで支度して服部緑地公園に行こう、ひとりで遅い朝ごはんを食べよう。
緑地公園駅を出るとすぐにこの風景で、さっそく顔がゆるんでいく。
服部緑地公園には去年一度訪れたことがある。ここには野外音楽堂があり、旅行ついでにtofubeatsが主催するライブイベントを見るべく友人たちと来たのだった。ひとりで来るのははじめてだ。
きもちいい……まだ春のやわらかな日光でウッとならずありがたい。
細いほうの緑道もあってもっときもちいい。日曜日なのに静かだ。代々木公園や日比谷公園ではなかなかこうはいかない。
なんだかとっても久しぶりにひとりになれた気がする。昨日もおとといも楽しかったな。楽しさの渦中にいるときよりも、ひとりでこうして振り返るときのほうが楽しさの度合いがぐんと強まるのはなぜだろう。
緑道の側道にパン屋があるというのを、あらかじめグーグルマップで調べておいたのさ。
しかし調べが甘い。
引き返して別のパン屋を探しにいこう。側道もいい道。
住宅街の方に入っていくと、とにかくマンションだらけ。これだけマンションがあれば人がたくさん住んでいるだろうに町全体がとっても静かだ。子どもや子連れの姿が多いけれども、とっても静か。
たぶん建てられているマンションがそんなに新しくないのだろう、ひと昔前の凝ったデザインという感じの建物が多くて見応えがある。
派手さはないがかっこいいマンションばかりだし、通りが静かで緑も多くて……この辺に住みたい欲がもりもりと高まってくる。このあたりでパン屋を発見した。
いかにも町のパン屋さんという気取らない風情の「むぎパン」。
小さいクロワッサンがいくつも入った袋と、ポップに「店主が好きな森永の板チョコ使用」と書いてあったチョコデニッシュも買う。店主が好きなという情報、惹かれるなー。
レジで会計を済ませ、店主と思われる男性にポイントカードは?と聞かれる。この人が森永の板チョコ好きの!と思いながら「ないです」と応えると「作ろか?」……即答で要りませんというのも気が引けて2秒くらい沈黙した。
「要るの?要らんの?」
「東京から来ているもので」
「ほんならええか!おおきにー」
彼はおおきにー、と笑い顔を作ったまま厨房の方へ戻っていった。あまりにサッパリ振るまわれてぽかんとしてしまう。そうか。東京から来ていて、しかも今日はじめてひとりの時間を過ごしているという特別さはわたしだけのものなんだった。
緑地公園駅で降りたらもうひとつ行きたいところがあった。近くまで来たから公園に戻る前に行ってみよう。
かわいい自動販売機!そう、ここだ!
blackbird booksという本屋。
今回の旅のなかで、尊敬する人たちが「いい本屋だよ」と飲みながら教えてくれた店だった。中に入ってみると、品揃えが自分好みすぎてしまう。教えてくれた人たちにわたしのすべてが見透かされている気がしてきて少し汗ばんだ。
本を1冊選び、会計のついでにお店の方と少し話すと「ここは花もやっているんです」とのことだった。わたしにとって本と植物はひとりきりで世界と向き合いたいときにいちばん信頼できる相手なので、その組み合わせに勝手に納得した。
やや、小さな店にどんどん人が入っていくぞ!blackbird books また来たいな。
そろそろ公園に行こう、わたしはパンを食べるんだ。
途中、上からさっきの緑道を見下ろせた。緑が若くていい色だ。
信号を渡れば公園!
おお。
おお……。
せっかくなのでこの彫像がよく見える位置のベンチに腰かけた。
野外音楽堂のほうからマイクで拡声された女性の歌声が響いてくる。今日は誰のコンサートだろう。それとは別に、近くのベンチに生音で路上演奏を楽しむ3人のおっちゃんたちがいる。ギターボーカル、ギター、カホン。
遠くの音と近くの音。誰かがステージにのり大勢に向けて放つ音と、誰に聞かせるためでもなく好き勝手に鳴らされる音。まったくちがう種類の音楽が違和感なくまざりあい、ベンチの周辺にふしぎな心地よさが生まれていた。
パンを食べる。
袋の端を持ってグルングルンとしたタイプの綴じかた
ミニ・クロワッサン、かわいいね
ちょうど噴水が稼働している彫像をバックに
おいしい。
わたしとその隣のベンチに座っていた老夫婦だけがどちらもなにかを食べながら、ミドル世代の路上演奏家たちが奏でる音を黙って聞いている。
そのうちに彼らがスピッツの「チェリー」を、スピッツ本人の5倍は陽気に演奏しはじめる。謎の箇所で独自のはつらつなキメを入れたりして、他人の曲をこれほど本物をなぞらずに演奏できるものかとすっかり感心させられた。
あーいしてーるーのひーびーきっ だっ け~でっ!
つーよーくーなれーるーきっ がっ した~よっ!!
これで東京に帰れる。
ひとりで服部緑地公園に行きパンを食べた。いつか振り返るとき、このことが今回の旅をいっそうかがやかせるはずだ。森永の板チョコ入りのチョコデニッシュを帰りの新幹線で噛み締めながら確信した。