先輩の結婚式の帰り道、僕は川を渡っていた。

  • 更新日: 2021/10/07

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明るくて済んだ式場と暗くて淀んだ二子玉川の街

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九月某日、大学時代のサークルの先輩が結婚式を挙げた。新郎新婦共に嫌味のない美男美女で、誰もが祝福する素晴らしい式だった。


特定を避けるために詳細は伏せるが、僕と先輩の所属していたのは一般的に高学歴として知られている大学のサークルだったので、参加者のほとんどがいわゆるハイクラスな人間だった。一方僕は職にもつかずフラフラとしている。参加費を捻出するのもギリギリでそれでも誘われたからには断るのも野暮だと思い参加した。

式はとても素晴らしいものだった。開放感あふれるテラス、素敵な料理、心地よいBGM、各々が思い出話に花を咲かせ、新郎新婦と写真を撮る。紛うことなくいい空間は僕にとっては居心地の良いものではなかった。

やがて式が終わり、参加者は散り散りになる。会場から駅まで多少離れている為、タクシーを呼んで帰る友人たちを尻目に僕はレンタルサイクルのポートへと歩き出していた。電車乗ると帰宅まで1時間以上かかるのに対し、自転車なら30分足らずなのでレンタルサイクルを使うのは合理的な選択ではあるんだけど、なぜか凄く惨めな気分になってしまった。とぼとぼと歩きながらスポットへ向かい手続きを済ませる。電動アシスト付きの自転車はスイスイと進む。気がつくと僕は家の方角とは別の道を進んでいた。





坂を下ると広い道が広がっている。この辺りは謂わゆる高級住宅街で、品のいい住宅が所狭しと建てられている中、ここまで広々としている道路があるというのは意外で、同時にとても心地よかった。先程まで色々な人間に揉まれていた時の息苦しさから解放され、深く呼吸ができるように錯覚する。



さらに進むと商店街らしい雰囲気が漂い始める。誰も見ていない電光掲示板が無機質に時刻を告げていた。




工事中の建物だ。おそらく扉があった部分にフェンスが侵食している。こうして見るとなんともない日常の風景なんだけど、この時は気が滅入っていたからか、体の中に異物が入っているような感覚になって非常に気持ち悪かった。ただ、不思議と長い間見続けてしまった。大きな石ころをひっくり返したら小さい虫がたくさんいて、気持ち悪いんだけど目が離せなくなるような。そういう感覚になって少しの間目を離さずにいた。




近くには大きな橋があったので、それを渡ることに。途中で県境に差し掛かる。二子玉川周辺から川崎なので、大した距離ではないんだけど、県を跨ぐってのは大移動な気がしてしまう。先輩の結婚式というハレの日に一体自分は何をしているのだろうか。




長い長い橋を渡って反対側に到着するとこの看板が。ここから先の風景への興味もあったが、跨った自転車から降りるのが非常に億劫という感情が勝ったので踵を返すことにした。




反対側の端までたどり着くとこんな標識が目に入る。行きには気がつけなかったが自転車と歩行者で道が分けられているらしい。どおりで狭くて上りづらかったわけだ。納得感を持ちつつ自転車用の通路を下っていると道中にいたスケーターが目に入る。彼らに罪があるわけではないが、違う人種というのは怖い。少し距離をとっていたのだが、ふと彼の被っていたハットが目に入る。そこには貴重な棒を持つネコ(@bouneko11)のフーちゃんがプリントされていた。僕は作者の室木おすしさんが好きで、当然貴重な棒を持つネコも読んでいるんだけど、現実世界でこの作品のファンに出会ったことがなかったからこそ自分以外にファンとの出会いに驚いた。そりゃ単行本も出していて、ツイッターもフォロワーも4.5万人いる作品なので人気であることは間違いないのだけど、自分以外のファンが道端ですれ違ったスケーターってのが意外も意外だったし、それに自分と違う人種だと思っていた人との共通点を見つけられて少し嬉しくもあった。そこで自転車を止めて話かけてもいいくらいだった。そうしていたらこの記事ももっと面白くなっていたかも知れないけれど、あいにく僕にそこまでの度胸はない。彼を尻目に淡々と坂を下る。




坂を降り、街を抜けて川沿いまで出る。さっきまで灯りに照らされていた街中と比べて急に真っ暗だ。ちょうど数日前にここで”On the River”という野外展示が行われていて、その時とのギャップが面白い。昼間、曇り空の下様々な絵画が飾られている風景とは打って変わって一面の暗闇でしかない。これだけテクノロジーが発展している現代でも人間は夜は眠る。

写真の通りこの道がどこまで続いているのか全くわからない。だから果てを確かめるためにペダルを漕いだ。




5分ほどまっすぐ走ると果てに着く。ちょうど二子橋と東急の線路の下あたりだ。階段があるだけで自転車は進めない。それだけのことだった。大したオチでもないのだけれど、不思議な充足感に包まれる。橋の下は夜だということを差し引いても暗い。さっきまでハイクラスな雰囲気のパーティ会場にいたとは思えなくなる。そんな空間だ。




ただ、不思議と心が落ち着いた。ここには認められないような人間も認めてくれるような優しさがある。暗がりで男女が酒を飲みながら抱き合っていた。それを否定しない。むしろ美しいとさえ感じた。どんな人間にも居場所はある。帰り際、新郎新婦とも楽しく会話ができた。僕が認められていないというのは自意識過剰だったのかもしれない。それに認められていないと思っていたのは僕だけでは無いのかも知れない。色んな人がいて色んな喜びと色んな苦しみがある。明るい式場と暗い高架下にもあるのは同じように幸せなのかも知れない。







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深山往

眉毛を剃ると雨水や汗が目に入ったり、強く日差しを感じたりして何かと不便です。

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