二子玉川の按田餃子
- 更新日: 2023/12/20
ごちそうさまでした
多摩川の近くに住んで2年半になる。
ぶらぶらと二子玉川駅周辺、特に玉川高島屋の南館裏手に広がる飲食店地帯にくり出すことが多いのだが、たった2年半の間でこのあたりもずいぶん景色が変わった。
ねぎ料理に特化した居酒屋があった一角は建物自体が取り壊され、新たに大きな雑居ビルが建った。今年の春にはガワだけできあがってすっからかんの時期がしばしあり、いったい何の店が入るかと歩くたびに予想した。新築で立地もいいからけっこう攻めた賃料設定なのだろう。がらんとした期間は長かったが、それでもこの半年でほぼ埋まった。
その近くにある中華屋は以前「上海」という名前で、あるとき店名が変わり今は「九華」だ。中の人は一緒で味も変わらずおいしいけれども、なんとなく気持ち的に、上海はなくなってしまったような感じがする。
名が変わると知り、2022年6月に上海時代を残しておいた写真。
街の新陳代謝は避けられないことを知っているが、自分が見知った状態から変わりゆくときのさびしさも避けられない。私は人や組織よりも風景への所属意識があるらしい。
路地や角をながめては、おお、そうかーと思いながら足はだいすきな按田餃子へ動く。
ん………………
ええ? おいおいおい…………おーーーーーーい!
週に何度も行くわけじゃないし店員さんと顔見知りでもないけれど、自分にとって大切な位置づけの店というのがある。閉店の知らせで押し寄せる静かな焦り。私はなぜか心のなかで、誰かを大声で呼んだ。お~~~い!!!
とりあえず入店し、席に通されながら「なんで閉店しちゃうんですか?」とつい店員の方に訊く。いろいろな事情がありまして……彼女は申し訳なさそうに答えた。そ、そうですよねえ。いつもにぎわっている店が閉まるのだから、説明できない事情があるに決まっている。そんなことにも考えが及ばないほどダメージを食らっていた。
カウンターのいちばん奥、いろいろな瓶詰めが並べてあるコーナーの近くに座って少し落ち着く。
按田餃子は水餃子が有名な店だ。水餃子とラゲーライス(きくらげがメインの煮込みをごはんにかけたもの)を目的に来店する人が多いと思う。でも私はいつも麻婆豆腐を目当てにしていた。
注文を待つ。そのあいだにも、日々の選択肢から按田餃子の麻婆豆腐が消えることの重みがずしりと身にのしかかる。代々木上原にある別店舗まで行けばこの味に会えるのだが、生活圏内になくなってしまえば機会はぐんと減るだろう……。按田餃子か、それ以外か。そう言いたくなる唯一無二の麻婆豆腐。按田餃子なき後、私はどうすればいい?
「助けたい包みたい按田餃子でございます」
店内に貼ってある按田餃子のキャッチコピーが、今日はいっそう脳にこだました。
しばらくすると店員の方が麻婆豆腐を運んできて「あーおいしそう。私も食べたい」と笑った。それがかわいくて私も笑った。わかります。提供する側でもおいしそーって思いますよねこれ。按田餃子で働く人は、もちろん人にもよるが、仕事をしている人というよりおいしいご飯を食べさせてくれる人という感じがする。
そうそう、油を使わないのにとびっきりおいしい按田餃子の麻婆豆腐。これに私は何度も胃袋を助けられてきた。口に入れるたび、新鮮においしくて感動する。うっまー。
そしてもちろん水餃子がうまい。4種類あるが、私は定番の「豚 大根と搾菜(ザーサイ)」がすき。もちっと厚みのある皮から豚肉とザーサイのうまい汁が飛び出てくる。幸福の汁。
そして定食についてくる海藻湯というのが、これまためちゃくちゃうまい。サーモスの冷めないやつとかに入れて常時持ち歩きたい。毎日がぶがぶ飲みたいよう。幸福の汁。
ちなみに奥に見えている茹で青菜もおいしい。全部おいしくて言いだすときりがない。別れを惜しんでバシバシ写真を撮っていたからか「大丈夫です、代々木上原でも麻婆豆腐は食べられますよ」と店員の方が元気づけてくださった。助けられ包まれる。按田餃子でございます。
帰りがけ、お土産コーナーで「按田餃子のタレ」と「豆鼓ミックス」を購入する。
お会計時に店員の方が、肉味噌を作るときにタレを、最後に豆鼓ミックスを入れると按田餃子の麻婆豆腐に近づけることができます! と使徒をも超えうる教えを私に授けた。
うん……そうだ……そうだな。按田餃子なき後、私は家で再現を目指す方向で按田餃子の麻婆豆腐を日々楽しもうではないか。新たな指針を得て、入店時よりちょっと前向きになり店を出る。
ああ。最後まで、助けられ包まれた按田餃子でございます……。
この店は2023年12月15日で閉店してしまう。大きな窓に白いレースカーテン。そこから透けて見えるパーキング。タイル貼りのカウンター。いろいろな瓶詰め。お土産用の餃子が詰まった巨大な冷凍庫。手書きのやさしい掲示物。そこで働く人たち。食べに来ていたお客たち。代々木上原の按田餃子と二子玉川の按田餃子は、同じ店でもやっぱりちがう。
二子玉川の按田餃子がだいすき! ずっと忘れないよ。
ぶらぶらと二子玉川駅周辺、特に玉川高島屋の南館裏手に広がる飲食店地帯にくり出すことが多いのだが、たった2年半の間でこのあたりもずいぶん景色が変わった。
ねぎ料理に特化した居酒屋があった一角は建物自体が取り壊され、新たに大きな雑居ビルが建った。今年の春にはガワだけできあがってすっからかんの時期がしばしあり、いったい何の店が入るかと歩くたびに予想した。新築で立地もいいからけっこう攻めた賃料設定なのだろう。がらんとした期間は長かったが、それでもこの半年でほぼ埋まった。
その近くにある中華屋は以前「上海」という名前で、あるとき店名が変わり今は「九華」だ。中の人は一緒で味も変わらずおいしいけれども、なんとなく気持ち的に、上海はなくなってしまったような感じがする。
名が変わると知り、2022年6月に上海時代を残しておいた写真。
街の新陳代謝は避けられないことを知っているが、自分が見知った状態から変わりゆくときのさびしさも避けられない。私は人や組織よりも風景への所属意識があるらしい。
路地や角をながめては、おお、そうかーと思いながら足はだいすきな按田餃子へ動く。
ん………………
ええ? おいおいおい…………おーーーーーーい!
週に何度も行くわけじゃないし店員さんと顔見知りでもないけれど、自分にとって大切な位置づけの店というのがある。閉店の知らせで押し寄せる静かな焦り。私はなぜか心のなかで、誰かを大声で呼んだ。お~~~い!!!
とりあえず入店し、席に通されながら「なんで閉店しちゃうんですか?」とつい店員の方に訊く。いろいろな事情がありまして……彼女は申し訳なさそうに答えた。そ、そうですよねえ。いつもにぎわっている店が閉まるのだから、説明できない事情があるに決まっている。そんなことにも考えが及ばないほどダメージを食らっていた。
カウンターのいちばん奥、いろいろな瓶詰めが並べてあるコーナーの近くに座って少し落ち着く。
按田餃子は水餃子が有名な店だ。水餃子とラゲーライス(きくらげがメインの煮込みをごはんにかけたもの)を目的に来店する人が多いと思う。でも私はいつも麻婆豆腐を目当てにしていた。
注文を待つ。そのあいだにも、日々の選択肢から按田餃子の麻婆豆腐が消えることの重みがずしりと身にのしかかる。代々木上原にある別店舗まで行けばこの味に会えるのだが、生活圏内になくなってしまえば機会はぐんと減るだろう……。按田餃子か、それ以外か。そう言いたくなる唯一無二の麻婆豆腐。按田餃子なき後、私はどうすればいい?
「助けたい包みたい按田餃子でございます」
店内に貼ってある按田餃子のキャッチコピーが、今日はいっそう脳にこだました。
しばらくすると店員の方が麻婆豆腐を運んできて「あーおいしそう。私も食べたい」と笑った。それがかわいくて私も笑った。わかります。提供する側でもおいしそーって思いますよねこれ。按田餃子で働く人は、もちろん人にもよるが、仕事をしている人というよりおいしいご飯を食べさせてくれる人という感じがする。
そうそう、油を使わないのにとびっきりおいしい按田餃子の麻婆豆腐。これに私は何度も胃袋を助けられてきた。口に入れるたび、新鮮においしくて感動する。うっまー。
そしてもちろん水餃子がうまい。4種類あるが、私は定番の「豚 大根と搾菜(ザーサイ)」がすき。もちっと厚みのある皮から豚肉とザーサイのうまい汁が飛び出てくる。幸福の汁。
そして定食についてくる海藻湯というのが、これまためちゃくちゃうまい。サーモスの冷めないやつとかに入れて常時持ち歩きたい。毎日がぶがぶ飲みたいよう。幸福の汁。
ちなみに奥に見えている茹で青菜もおいしい。全部おいしくて言いだすときりがない。別れを惜しんでバシバシ写真を撮っていたからか「大丈夫です、代々木上原でも麻婆豆腐は食べられますよ」と店員の方が元気づけてくださった。助けられ包まれる。按田餃子でございます。
帰りがけ、お土産コーナーで「按田餃子のタレ」と「豆鼓ミックス」を購入する。
お会計時に店員の方が、肉味噌を作るときにタレを、最後に豆鼓ミックスを入れると按田餃子の麻婆豆腐に近づけることができます! と使徒をも超えうる教えを私に授けた。
うん……そうだ……そうだな。按田餃子なき後、私は家で再現を目指す方向で按田餃子の麻婆豆腐を日々楽しもうではないか。新たな指針を得て、入店時よりちょっと前向きになり店を出る。
ああ。最後まで、助けられ包まれた按田餃子でございます……。
この店は2023年12月15日で閉店してしまう。大きな窓に白いレースカーテン。そこから透けて見えるパーキング。タイル貼りのカウンター。いろいろな瓶詰め。お土産用の餃子が詰まった巨大な冷凍庫。手書きのやさしい掲示物。そこで働く人たち。食べに来ていたお客たち。代々木上原の按田餃子と二子玉川の按田餃子は、同じ店でもやっぱりちがう。
二子玉川の按田餃子がだいすき! ずっと忘れないよ。