茨城と千葉の県境、謎深き三角地帯を20km歩いた
- 更新日: 2021/01/26
何気ない神秘
茨城と千葉の県境には、人知及ばぬ三角地帯が存在する。
鹿島神宮、息栖神社、香取神宮の東国3社。それぞれを結ぶ三角地帯は、神聖な場所とされている。ネット上の噂によれば、空から眺めると三角形が浮き出て光って見えるらしい。また、三角地帯内では、本当は深いはずなのに大人でも子供でも飛び込んだら胸の高さまでしか水が来なくて安全な池があるとか、地面近くの幹をいくら切っても枯れない木があるとか、不思議な伝承が数多く存在するという。
この噂を小耳に挟んでから、真相を確かめたいという衝動が抑えきれなくなって、実際に現地を訪れることにした。現地をたくさん歩く事で、わかることもあるだろう。そう考えた僕は、東国3社という3つのポイントを歩きつつも、三角地帯の2辺を歩くことに決めた。三角地帯の内と外で何か違いがあるのか、そして不思議な現象と遭遇するのだろうかと疑問が湧いてきた。2020年11月30日早朝。僕はその三角地帯へ向かうべく、電車に飛び乗った。
▼東国3社と三角地点の2辺を歩く徒歩コースはこちら。
鹿島神宮駅で降りた。鹿島線は開業50周年とのこと。空は青く、地上と水平の駅舎が印象深い。その光景を背に、猫背を直して歩き始めた。
鹿島神宮の方向を案内する看板が建てられている。「人生の希望を込めて鹿島立ち」とのこと。道路は赤いブロックが敷き詰められ、地図が描かれた案内は鳥居の形。勾玉のような歩道の石造物が気になる。
斜面沿いに作られた花壇は正方形が6つ。間隔をあけて植えられた植物がちょこんと澄ましている様子がどこか微笑ましい。
塚原卜伝という人物が誕生した場所らしい。電柱と同じくらいの大きさだったので、鹿島のイメージが一気に、塚原卜伝というワードに吸収されるような感覚を覚えた。塚原卜伝のことについて調べてみると、戦国時代の剣豪とのこと。只者ではなかったそうで、17歳の時に武者修行に出て以来、数多の決闘で一度も負傷しなかったという。
なまず料理が食べられるお店がある。この地域にはなまず伝説があって、地底に生きる大なまずが地震を引き起こすとされている。もしそうであるならとても怖い。なまずを食っちゃおうという発想は大胆だ。
この「積木」というお店は、一部だけ手裏剣みたいに尖っている。古民家の家になぜ西洋風の派手な構造をくっつけたのかは疑問だ。玄関を開けたら、シルクハットを被ったおじさんが出てきそうである。
無料の博物館、ココシカ。看板が枝豆みたいだ。「ここ、行くしかない」と誘われた気がしたので、入ってみた。地域の歴史や暮らしのことが詳しく知れる展示となっていた。
鹿島神宮に到着。鹿島神宮駅から徒歩10分ほど。鳥居が堂々としている。神武天皇元年に創建された由緒ある神社だ。参拝を済ませた後、次の目的地である息栖神社に向けて約10kmの道のりを歩き始めた。
鹿の像が道端に建てられている。鹿は神様のお使いだ。ちなみに、奈良で大量の鹿が道端を歩いている理由は、鹿島から奈良に神様が移動した時に鹿を連れてきたからと言われている。鹿島では道端で鹿を見ることはない。しかし、鹿島神宮の境内では鹿が飼われている。鹿島信仰が数多く見られ鹿を神聖視する信仰の多い東北地方には、江戸時代に奈良へ旅をしたという記録が多い。
鹿島、奈良、東北、3つの点が繋がったと思った。歩く醍醐味の1つとして、「あれ、これこの前違うところで見た」という既視感が挙げられる。そうやって、地域と仲良くなっていく感覚が楽しい。
祭り道具が大人しく倉庫に収められているようだ。非日常的なもの(ここでは祭り)を日常の中で想像できる瞬間は素敵だと思う。
とても小さな神社を発見。コビトが参拝してそうなサイズだ。この神社を見ていると「日常の中で感じる些細な幸せ」に似たような感情が湧いてくる。それにしてもY字路の角によく神社を作ったものだ。車から守るためだろうか、コンクリートの塀に囲まれている。
歩道の脇に、大量の貝がボコボコと姿を剥き出しにしている。貝のサイズがとても大きい。貝塚でもあったのだろうか。それとも個人の趣味か。意図がわからなかったので、貝塚に見せかけたエンターテイメントだと勝手に解釈して通り過ぎた。
ちょこちょこ寂れた建物が増えてきた。コインランドリーの文字が剥がれて消えて、その上に被さるようにして「梅」の文字。なぜ、梅なのだろうか。もしかすると、梅好きのおばあちゃんでもいたのかもしれない。もしくはおばあちゃん本人のお名前だろうか。とても達筆だ。
お店の軒先を覆う布がビリビリに破れている。骨が見えるほどにむしられていて豪快だ。実はもう先ほどから、冒頭で述べた「三角地帯」に接っした場所を歩いている。人知及ばぬ不思議な力が、景色のあちらこちらに垣間見えるようで身震いがする。
無人の自動精米機を発見。周りは家がなく、田んぼと森だらけ。時代と場所を間違えたように建てられており、錆びた外観である。タイムスリップしたような感覚。古代米などが売られてそうだ。
景色が変わった。空と道は広いが、その他のものがほとんどない場所を歩いている。意識がふっと消えてワープしたように感じる。ちょっと疲れてきたのかも知れない。
歩道から目線を外せば、どこまでも続く田んぼと空。日が沈みつつある夕方に、変わりゆく景色を眺めながら、何もない奇妙さを感じつつ歩いた。
鹿島アントラーズのマークを発見。これも「鹿」である。角が大きめだ。
のびのびと広い道路に合流する間際の軽トラを発見。赤いカラーコーンを積んでいる場所が面白い。ピザ生地を人差し指でクルクル回す見習いの料理人を見ているようで、そわそわした。
車と車の間に立っているのは、台風でビリビリに破れた傘だろうか。車も傘を差したいのかもしれない。でも、日よけにも雨よけにもなっていない。もはや尻尾とか髪飾りなのかもしれないと妄想が膨らんだ。
傾斜がゆるすぎる歩道橋。登る分には楽ちんだ。しかし、先に横断歩道があると信じて歩道橋の入り口で登る決断をしなかった人は、あとで逆戻りすると距離が長すぎて疲れてしまうだろう。
歩道上の木がもっさりしている。自分でも何故かわからないのだが、歩きながらおにぎりを食べたくなることがある。でも車を運転中の人に「あの人おにぎり食べているよ」と思われるのが恥ずかしい。だから、道端に植物があると、自分を隠してくれるのが心地よいと感じる。あと道端の植物は二酸化炭素を吸収して空気をよくしてくれるので、排気ガスを食べるような感覚もない。綺麗な空気を吸いながらおにぎりを食べることができる。そういうわけで例のごとく、たまたま持ってきていたおにぎりを頬張った。
スポーツランドと岩盤浴のお店の駐車場に池ができていた。陽に照らされて少し光っている。このような何気ない場所が神秘的に見えることもあるのだ。
駐車場に、大胆に看板が置かれていた。車が停められないほどの存在感があり、わずかな畏怖の念を覚えた。
家がかすかに笑っている。
サビがまだらなゴミ箱。
細かくてサラサラしてそうな竹。
さて、そろそろ関東3社の2つ目、息栖神社に到着だ。息栖神社は創建1200年の由緒ある神社で、周囲は川や森に囲まれている。自然が溢れる場所に立つ荘厳な社だ。きちんと参拝をしてから、最後の社である香取神社へと向かう。
利根川を渡ると、いよいよ千葉県だ。夕暮れも近くなってきた。
田んぼと空の面積が究極的に広くなってきた。
馬の尻尾のように、ススキがなびく。さらっと、撫でてくる。
広大な大地に突如現れた城、「おしゃれマツザワ」。本当におしゃれなのかはわからないが、あまりのインパクトに度肝を抜かれた。
ピーマンが落ちてた。なごむ。
ここら辺は川が多い。橋の修理をしているようだ。この光景が異空間へ繋がる巨大なトンネルのように思えて仕方なかった。
ゆがんで波打つ手すり。超能力で曲げたのかもしれない。
家に入っているキャンピングカー。脇腹が見え見えだ。もう冬だしちょっと寒そう。
美容室の前に植えられた植物。やんちゃ坊主の髪の毛みたいだ。「お店の前の植物みたいな髪型にしてください」ってオーダーしたら、どんな感じの仕上がりになるんだろう。想像してたら楽しくなってきた。
立ち入り禁止の巨石群。何に使われたのだろうか。住宅街の一角にひっそりと佇んでいる。
おや?よく見ると、滑り台が平行して2つある。上の滑り台は、滑ったらとっても怖そうだ。
白髪染めのモアイ像を発見。この美容室でも散髪を頼んでみたい。
小見川駅に着いた。日が暮れそうなので時間を短縮すべく、2駅分電車に乗った。夕暮れ時だったので、下校途中の高校生がたくさん乗ってきて、現実に引き戻されるとともに懐かしくなった。
香取駅に着いたのは、夕方18時だった。ここから、往復で1時間。香取神宮に参拝してきた。香取神宮は、神武天皇18年創建の非常に格式高い神社で、東国3社の1つだ。
▼ルート変更により、香取駅から香取神宮までの道のりを往復。
参拝までの道のりは真っ暗で、周囲は何も見えない田んぼと山道。真っ暗過ぎて、写真もほとんど撮っていない。突如炎が燃え上がり、火事かと思ったが、見に行ってみると焼畑の煙だった。様々なところで煙が上がりはじめ、ここら一帯は焼畑三昧の夜になりそうだ。香取神宮に到着すると、これから大饗祭という神事が行われるとのこと。鴨や鮒など様々な動物を神前に供する神事で、とても神秘的でおどろおどろしいものを見させて頂いた。
ここまで無事に来られて本当によかった。神秘的な異界への入り口は、日常的な風景の中にひっそりと存在していた。意味のわからないものに対して、敬意を払いながら想像してみる。こんな風に未だ知られざる世界を求めて歩くのが散歩の醍醐味だ。午前10時半に鹿島神宮駅をスタートして、鹿島神宮、息栖神社、香取神宮を周り、香取駅に20時30分に到着。合計で、約20kmを歩いた。非日常的で、充実した1日だった。
鹿島神宮、息栖神社、香取神宮の東国3社。それぞれを結ぶ三角地帯は、神聖な場所とされている。ネット上の噂によれば、空から眺めると三角形が浮き出て光って見えるらしい。また、三角地帯内では、本当は深いはずなのに大人でも子供でも飛び込んだら胸の高さまでしか水が来なくて安全な池があるとか、地面近くの幹をいくら切っても枯れない木があるとか、不思議な伝承が数多く存在するという。
この噂を小耳に挟んでから、真相を確かめたいという衝動が抑えきれなくなって、実際に現地を訪れることにした。現地をたくさん歩く事で、わかることもあるだろう。そう考えた僕は、東国3社という3つのポイントを歩きつつも、三角地帯の2辺を歩くことに決めた。三角地帯の内と外で何か違いがあるのか、そして不思議な現象と遭遇するのだろうかと疑問が湧いてきた。2020年11月30日早朝。僕はその三角地帯へ向かうべく、電車に飛び乗った。
▼東国3社と三角地点の2辺を歩く徒歩コースはこちら。
鹿島神宮駅で降りた。鹿島線は開業50周年とのこと。空は青く、地上と水平の駅舎が印象深い。その光景を背に、猫背を直して歩き始めた。
鹿島神宮の方向を案内する看板が建てられている。「人生の希望を込めて鹿島立ち」とのこと。道路は赤いブロックが敷き詰められ、地図が描かれた案内は鳥居の形。勾玉のような歩道の石造物が気になる。
斜面沿いに作られた花壇は正方形が6つ。間隔をあけて植えられた植物がちょこんと澄ましている様子がどこか微笑ましい。
塚原卜伝という人物が誕生した場所らしい。電柱と同じくらいの大きさだったので、鹿島のイメージが一気に、塚原卜伝というワードに吸収されるような感覚を覚えた。塚原卜伝のことについて調べてみると、戦国時代の剣豪とのこと。只者ではなかったそうで、17歳の時に武者修行に出て以来、数多の決闘で一度も負傷しなかったという。
なまず料理が食べられるお店がある。この地域にはなまず伝説があって、地底に生きる大なまずが地震を引き起こすとされている。もしそうであるならとても怖い。なまずを食っちゃおうという発想は大胆だ。
この「積木」というお店は、一部だけ手裏剣みたいに尖っている。古民家の家になぜ西洋風の派手な構造をくっつけたのかは疑問だ。玄関を開けたら、シルクハットを被ったおじさんが出てきそうである。
無料の博物館、ココシカ。看板が枝豆みたいだ。「ここ、行くしかない」と誘われた気がしたので、入ってみた。地域の歴史や暮らしのことが詳しく知れる展示となっていた。
鹿島神宮に到着。鹿島神宮駅から徒歩10分ほど。鳥居が堂々としている。神武天皇元年に創建された由緒ある神社だ。参拝を済ませた後、次の目的地である息栖神社に向けて約10kmの道のりを歩き始めた。
鹿の像が道端に建てられている。鹿は神様のお使いだ。ちなみに、奈良で大量の鹿が道端を歩いている理由は、鹿島から奈良に神様が移動した時に鹿を連れてきたからと言われている。鹿島では道端で鹿を見ることはない。しかし、鹿島神宮の境内では鹿が飼われている。鹿島信仰が数多く見られ鹿を神聖視する信仰の多い東北地方には、江戸時代に奈良へ旅をしたという記録が多い。
鹿島、奈良、東北、3つの点が繋がったと思った。歩く醍醐味の1つとして、「あれ、これこの前違うところで見た」という既視感が挙げられる。そうやって、地域と仲良くなっていく感覚が楽しい。
祭り道具が大人しく倉庫に収められているようだ。非日常的なもの(ここでは祭り)を日常の中で想像できる瞬間は素敵だと思う。
とても小さな神社を発見。コビトが参拝してそうなサイズだ。この神社を見ていると「日常の中で感じる些細な幸せ」に似たような感情が湧いてくる。それにしてもY字路の角によく神社を作ったものだ。車から守るためだろうか、コンクリートの塀に囲まれている。
歩道の脇に、大量の貝がボコボコと姿を剥き出しにしている。貝のサイズがとても大きい。貝塚でもあったのだろうか。それとも個人の趣味か。意図がわからなかったので、貝塚に見せかけたエンターテイメントだと勝手に解釈して通り過ぎた。
ちょこちょこ寂れた建物が増えてきた。コインランドリーの文字が剥がれて消えて、その上に被さるようにして「梅」の文字。なぜ、梅なのだろうか。もしかすると、梅好きのおばあちゃんでもいたのかもしれない。もしくはおばあちゃん本人のお名前だろうか。とても達筆だ。
お店の軒先を覆う布がビリビリに破れている。骨が見えるほどにむしられていて豪快だ。実はもう先ほどから、冒頭で述べた「三角地帯」に接っした場所を歩いている。人知及ばぬ不思議な力が、景色のあちらこちらに垣間見えるようで身震いがする。
無人の自動精米機を発見。周りは家がなく、田んぼと森だらけ。時代と場所を間違えたように建てられており、錆びた外観である。タイムスリップしたような感覚。古代米などが売られてそうだ。
景色が変わった。空と道は広いが、その他のものがほとんどない場所を歩いている。意識がふっと消えてワープしたように感じる。ちょっと疲れてきたのかも知れない。
歩道から目線を外せば、どこまでも続く田んぼと空。日が沈みつつある夕方に、変わりゆく景色を眺めながら、何もない奇妙さを感じつつ歩いた。
鹿島アントラーズのマークを発見。これも「鹿」である。角が大きめだ。
のびのびと広い道路に合流する間際の軽トラを発見。赤いカラーコーンを積んでいる場所が面白い。ピザ生地を人差し指でクルクル回す見習いの料理人を見ているようで、そわそわした。
車と車の間に立っているのは、台風でビリビリに破れた傘だろうか。車も傘を差したいのかもしれない。でも、日よけにも雨よけにもなっていない。もはや尻尾とか髪飾りなのかもしれないと妄想が膨らんだ。
傾斜がゆるすぎる歩道橋。登る分には楽ちんだ。しかし、先に横断歩道があると信じて歩道橋の入り口で登る決断をしなかった人は、あとで逆戻りすると距離が長すぎて疲れてしまうだろう。
歩道上の木がもっさりしている。自分でも何故かわからないのだが、歩きながらおにぎりを食べたくなることがある。でも車を運転中の人に「あの人おにぎり食べているよ」と思われるのが恥ずかしい。だから、道端に植物があると、自分を隠してくれるのが心地よいと感じる。あと道端の植物は二酸化炭素を吸収して空気をよくしてくれるので、排気ガスを食べるような感覚もない。綺麗な空気を吸いながらおにぎりを食べることができる。そういうわけで例のごとく、たまたま持ってきていたおにぎりを頬張った。
スポーツランドと岩盤浴のお店の駐車場に池ができていた。陽に照らされて少し光っている。このような何気ない場所が神秘的に見えることもあるのだ。
駐車場に、大胆に看板が置かれていた。車が停められないほどの存在感があり、わずかな畏怖の念を覚えた。
家がかすかに笑っている。
サビがまだらなゴミ箱。
細かくてサラサラしてそうな竹。
さて、そろそろ関東3社の2つ目、息栖神社に到着だ。息栖神社は創建1200年の由緒ある神社で、周囲は川や森に囲まれている。自然が溢れる場所に立つ荘厳な社だ。きちんと参拝をしてから、最後の社である香取神社へと向かう。
利根川を渡ると、いよいよ千葉県だ。夕暮れも近くなってきた。
田んぼと空の面積が究極的に広くなってきた。
馬の尻尾のように、ススキがなびく。さらっと、撫でてくる。
広大な大地に突如現れた城、「おしゃれマツザワ」。本当におしゃれなのかはわからないが、あまりのインパクトに度肝を抜かれた。
ピーマンが落ちてた。なごむ。
ここら辺は川が多い。橋の修理をしているようだ。この光景が異空間へ繋がる巨大なトンネルのように思えて仕方なかった。
ゆがんで波打つ手すり。超能力で曲げたのかもしれない。
家に入っているキャンピングカー。脇腹が見え見えだ。もう冬だしちょっと寒そう。
美容室の前に植えられた植物。やんちゃ坊主の髪の毛みたいだ。「お店の前の植物みたいな髪型にしてください」ってオーダーしたら、どんな感じの仕上がりになるんだろう。想像してたら楽しくなってきた。
立ち入り禁止の巨石群。何に使われたのだろうか。住宅街の一角にひっそりと佇んでいる。
おや?よく見ると、滑り台が平行して2つある。上の滑り台は、滑ったらとっても怖そうだ。
白髪染めのモアイ像を発見。この美容室でも散髪を頼んでみたい。
小見川駅に着いた。日が暮れそうなので時間を短縮すべく、2駅分電車に乗った。夕暮れ時だったので、下校途中の高校生がたくさん乗ってきて、現実に引き戻されるとともに懐かしくなった。
香取駅に着いたのは、夕方18時だった。ここから、往復で1時間。香取神宮に参拝してきた。香取神宮は、神武天皇18年創建の非常に格式高い神社で、東国3社の1つだ。
▼ルート変更により、香取駅から香取神宮までの道のりを往復。
参拝までの道のりは真っ暗で、周囲は何も見えない田んぼと山道。真っ暗過ぎて、写真もほとんど撮っていない。突如炎が燃え上がり、火事かと思ったが、見に行ってみると焼畑の煙だった。様々なところで煙が上がりはじめ、ここら一帯は焼畑三昧の夜になりそうだ。香取神宮に到着すると、これから大饗祭という神事が行われるとのこと。鴨や鮒など様々な動物を神前に供する神事で、とても神秘的でおどろおどろしいものを見させて頂いた。
ここまで無事に来られて本当によかった。神秘的な異界への入り口は、日常的な風景の中にひっそりと存在していた。意味のわからないものに対して、敬意を払いながら想像してみる。こんな風に未だ知られざる世界を求めて歩くのが散歩の醍醐味だ。午前10時半に鹿島神宮駅をスタートして、鹿島神宮、息栖神社、香取神宮を周り、香取駅に20時30分に到着。合計で、約20kmを歩いた。非日常的で、充実した1日だった。