痛みアートについて
- 更新日: 2018/06/28
痛みをメニューとして表現する工夫について
看板には基本的には「おいしい!」「安い!」などのポジティブな表現が並びます。
しかし、整体・整骨院・薬局など、不具合を緩和することが仕事である業種においては、痛みを分かりやすいメニューとして表現しなければなりません。
ときには無機質に、ときには脅すように、痛みを表現する努力は、アートの領域に達しているのではと考えており、僕は「痛みアート」と呼んでいます。
今回は、そんな痛みアートのいくつかを紹介します。
分かりやすい。
なんとなく無機質であるため、痛みアイコンに対して「かわいそう」というマイナスの感情が起こらないのもポイントだと思います。
もしこれが美少女やイケメン男子であったら、妙な引っかかりが生まれてきますから、アイコンであることには意味があります
これは文字の説明が一切なくアイコンに振り切ったものです。
なんだか、アプリに見えてきます。痛みアイコンは角丸正方形が多く、iPhoneの普及と無関係ではないかもしれません。
右下は、アプリストアに並んでいたら野球ゲームと間違えてダウンロードする人が居そうです。
残念、痛みでした~!
あと、僕には左下のアイコンの状況が分かりません。
なんだろう。
家から出たら地面が無かった?
これもアプリっぽい。
痛みを発動させるアプリだとすると、インドの修行僧のホーム画面とかはこんな感じじゃないですかね。
ところで、お気づきかとは思うのですが、痛みアイコンにおいて、痛みの表現は共通して稲妻です。
稲妻にもいろいろあります。
例えば、稲妻の刻み方で、痛みの質を表現する試みがあります。
一点にズキッとくる痛みは大きく。範囲が広い痛みは小刻みに長く。
稲妻は雄弁です。
これも2種類の稲妻を使い分けています。
アイコンが3人しかいないので、いろんな痛みを掛け持ちしなければならず、辛い3人組になっています。
これは稲妻の角度が厳しくない分、ちょっと湯気のようなマイルドさ、慢性感が出ていると思います。
それがさらにポップになって、稲妻でなくなったパターン。
左なんて「テヘッ」みたいな「ウッカリ!」みたいな、痛い感じはあまりないですが、よく見れば伝わるし可愛いし、稲妻なんて要らなかったんだ!
星で表現することもありました。スパーク。
稲妻が、痛みの伝播に着目しているとすれば、星は、発生部位と爆発力に着目しているのではと思いました。
この0.5秒先の世界が、稲妻なのだと思います。
痛みアイコンとの類似性を感じずには居られません。
昔から、痛みのメニューは、こうやって提示されるものでした。
店主が、正座で筆を持ち、痛みの種類ひとつひとつに向き合ったと考えると、面白い文化だなあと思います。
痛み書道も、立派な痛みアートだと思います。
痛みを丸囲いのXで表現しているのですが、それが、痛みのポイントからコブのように出ています。
痛みとは内在するものではなく、「気」として吹き出すものであるとする、東洋医学の思想が反映されています。
僕はいま、適当なことを言ってます。
これは、痛み表現はアートだな、と僕が初めて思った看板です。
「痛」という字がいろいろな部位に係る様と、その過程で生まれたイガイガした形が痛みそのものを示しています。
完璧じゃないですか? 名のある痛みアーティストの作品なのだろうと思います。
痛さの表現とか一切無く、とにかく部位と痛みの説明に徹しているのってあんまりなくて、これはとても事務的で良いと思いました。
焼き肉屋でいうところの、牛の図に矢印で提供する肉の部位名をただただ書き込んだ看板のようなものです。
あれ見て食欲が湧くかといわれると特に、なので、腹ぺこなときにあれ見せられてどういう顔すればいいか悩むのですが、分かりやすくていいな、とは思っていて、そういうやつです。
これ、系列がたくさんあるからよく見るやつなのですが、挙げずにはいられませんでした。
痛みアイコンの系統なのですが、表情があるところがオリジナルです。
そして、その表情のせいで混乱します。
包帯ぐるぐるまきでにっこりしていたり、痛そうな顔であったり、表情のパターンが読めない。
多分、施術後にっこり、ということを言いたいのだと思いますが、包帯巻いてにっこりは無いよな、とかちょっと思ったり。
いやまあ、施術が成功したからにっこりでいいのか。そうか。いっか。
いずれにせよ、このもやもやのすべては、表情があるからです。
文字のみで仕掛けてくることもたまにあります。
えも言われぬ恐怖感を、身体の不具合に対しての恐怖と誤認するような、吊橋効果のようなものを狙っていると考えると、これはとても秀逸なタイポグラフィです。
この手法は、東洋医学系のお店に多いように思います。
あとこれ、ちょっと興味深いのは、「むくみ」の「み」の色が関節痛のほうの色なんですね。
単語で色が決まってるんじゃなくて、ゾーンで決まっている。
どういうことなんだ。
みたいなこと言ってて、ふと一番下みると。もうー!!! 絶対わざとでしょ!? 怖がらせる気満々じゃないですかー!!!
しかし、整体・整骨院・薬局など、不具合を緩和することが仕事である業種においては、痛みを分かりやすいメニューとして表現しなければなりません。
ときには無機質に、ときには脅すように、痛みを表現する努力は、アートの領域に達しているのではと考えており、僕は「痛みアート」と呼んでいます。
今回は、そんな痛みアートのいくつかを紹介します。
痛みアイコンの世界
いま一番オーソドックスな痛み表現はアイコンタイプなのではないでしょうか。分かりやすい。
なんとなく無機質であるため、痛みアイコンに対して「かわいそう」というマイナスの感情が起こらないのもポイントだと思います。
もしこれが美少女やイケメン男子であったら、妙な引っかかりが生まれてきますから、アイコンであることには意味があります
これは文字の説明が一切なくアイコンに振り切ったものです。
なんだか、アプリに見えてきます。痛みアイコンは角丸正方形が多く、iPhoneの普及と無関係ではないかもしれません。
右下は、アプリストアに並んでいたら野球ゲームと間違えてダウンロードする人が居そうです。
残念、痛みでした~!
あと、僕には左下のアイコンの状況が分かりません。
なんだろう。
家から出たら地面が無かった?
これもアプリっぽい。
痛みを発動させるアプリだとすると、インドの修行僧のホーム画面とかはこんな感じじゃないですかね。
ところで、お気づきかとは思うのですが、痛みアイコンにおいて、痛みの表現は共通して稲妻です。
稲妻にもいろいろあります。
例えば、稲妻の刻み方で、痛みの質を表現する試みがあります。
一点にズキッとくる痛みは大きく。範囲が広い痛みは小刻みに長く。
稲妻は雄弁です。
これも2種類の稲妻を使い分けています。
アイコンが3人しかいないので、いろんな痛みを掛け持ちしなければならず、辛い3人組になっています。
これは稲妻の角度が厳しくない分、ちょっと湯気のようなマイルドさ、慢性感が出ていると思います。
それがさらにポップになって、稲妻でなくなったパターン。
左なんて「テヘッ」みたいな「ウッカリ!」みたいな、痛い感じはあまりないですが、よく見れば伝わるし可愛いし、稲妻なんて要らなかったんだ!
星で表現することもありました。スパーク。
稲妻が、痛みの伝播に着目しているとすれば、星は、発生部位と爆発力に着目しているのではと思いました。
この0.5秒先の世界が、稲妻なのだと思います。
痛み書道の世界
ところでどうしてここまで痛みはアイコンなのかなあ、とずっと思っていて、ちょっと思い出したのですが、古き良き薬局には、たまに痛み書道が掲示されています。痛みアイコンとの類似性を感じずには居られません。
昔から、痛みのメニューは、こうやって提示されるものでした。
店主が、正座で筆を持ち、痛みの種類ひとつひとつに向き合ったと考えると、面白い文化だなあと思います。
痛み書道も、立派な痛みアートだと思います。
個性豊かな痛みアートの世界
さて、ここからは自由に痛みを表現している例です。痛みを丸囲いのXで表現しているのですが、それが、痛みのポイントからコブのように出ています。
痛みとは内在するものではなく、「気」として吹き出すものであるとする、東洋医学の思想が反映されています。
僕はいま、適当なことを言ってます。
これは、痛み表現はアートだな、と僕が初めて思った看板です。
「痛」という字がいろいろな部位に係る様と、その過程で生まれたイガイガした形が痛みそのものを示しています。
完璧じゃないですか? 名のある痛みアーティストの作品なのだろうと思います。
痛さの表現とか一切無く、とにかく部位と痛みの説明に徹しているのってあんまりなくて、これはとても事務的で良いと思いました。
焼き肉屋でいうところの、牛の図に矢印で提供する肉の部位名をただただ書き込んだ看板のようなものです。
あれ見て食欲が湧くかといわれると特に、なので、腹ぺこなときにあれ見せられてどういう顔すればいいか悩むのですが、分かりやすくていいな、とは思っていて、そういうやつです。
これ、系列がたくさんあるからよく見るやつなのですが、挙げずにはいられませんでした。
痛みアイコンの系統なのですが、表情があるところがオリジナルです。
そして、その表情のせいで混乱します。
包帯ぐるぐるまきでにっこりしていたり、痛そうな顔であったり、表情のパターンが読めない。
多分、施術後にっこり、ということを言いたいのだと思いますが、包帯巻いてにっこりは無いよな、とかちょっと思ったり。
いやまあ、施術が成功したからにっこりでいいのか。そうか。いっか。
いずれにせよ、このもやもやのすべては、表情があるからです。
文字のみで仕掛けてくることもたまにあります。
えも言われぬ恐怖感を、身体の不具合に対しての恐怖と誤認するような、吊橋効果のようなものを狙っていると考えると、これはとても秀逸なタイポグラフィです。
この手法は、東洋医学系のお店に多いように思います。
あとこれ、ちょっと興味深いのは、「むくみ」の「み」の色が関節痛のほうの色なんですね。
単語で色が決まってるんじゃなくて、ゾーンで決まっている。
どういうことなんだ。
みたいなこと言ってて、ふと一番下みると。もうー!!! 絶対わざとでしょ!? 怖がらせる気満々じゃないですかー!!!