知らないおじさんと日本橋を歩く

  • 更新日: 2025/03/06

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友達を作るぞ

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友達がほしい友達がほしいと騒いでいたらできました。僕は普段、日がな一日1人で執筆しているので、誰とも話さない日がほとんどです。そんな生活を続けていると、ごくたまに発生するミーティングなどで上手く声が出ず、「ンフ」などと無意味な言葉を発してしまいます。そうなるたびに自分のふがいなさを感じ、定期的に人と話さなければと焦るわけです。

この「誰かと会話したい欲」が「友達ほしい欲」に転じて、四半期に1回くらいのペースで騒ぐはめになっています。会社に勤めているわけでもなく、何か趣味のサークルに所属しているわけでもないので、友達ができる可能性は限りなくゼロです。

しかし、いつものごとくSNSで僕が大騒ぎしていたところ、突然「友達になりませんか」というメッセージが送られてきたのです。予想外の展開にまたしても「ア、」などと無意味な言葉を発しつつ、「僕でよければぜひ」とマッチングアプリの冒頭のような返事をしました。そういうわけで、素性の知れない僕と、同じく素性の知れない人が一緒に散歩することになったのです。


待ち合わせはロマンチックに橋のたもとで



待ち合わせは日本橋の上になりました。ロマンチックですね。橋で待ち合わせって漫画とかアニメというより、昭和のドラマとか小説なんかにありそうです。

なぜ日本橋かというと、相手の職場と僕の居場所のちょうど真ん中というのもありますが、「日本の道路の起点だから」というのが本当の理由です。道路標識によく『東京まで〇キロ』などと書かれてあるのを見たことがありますか?あの『東京』は、東京都中央区にある日本橋を指しています。



これは江戸時代に主要道路の起点が日本橋にあったからだそうです。そのため、今も日本橋のたもとには道路原標(国道の起点を示したもの)が埋め込まれています。近くまで行く機会があればぜひ確認してみてください。



「日本橋が日本の道路の起点だから、そこから歩きましょう」。我々が会うのも初めてなので、ピッタリなスタート地点ですね、だそうです。

このとき、僕は少々怖くなっていました。これから何が起こるんだ?ただの散歩のはずだが、もしかして何かロマンチックな結末が待っているのでは?相手は多分男性だと思いますが、この時点ではまだ確証はありませんでした。

散歩以外に何が起こるのか、手に汗にぎりながらちょっとおしゃれして銀座線に乗りました。



三越前駅で下車し、B5出口から出て橋のたもとを目指します。どこにいますかとやり取りし、目の前にむさし証券が見えますと答えると「おーい」という声がしました。そこにはおじさんが立っていました。


知らないおじさんと日本橋を歩く

おじさんはおしゃれでした。スーツ屋で働いているそうで、普通の黒い保守的なスーツではなく、グレーのジャケットにレンガ色のシャツ、夜でもその美しさが分かるほど磨き上げられた革靴を履き、「やあやあどうも」と言いながら近づいてきました。僕はというと、黒いジャンパーに黒いジーンズ、何かあったらすぐに逃げられる黒のナイキのスニーカーを履いていました。

「早速行きましょう」と言うので、どこまで行くんですかと尋ねると、「神田か秋葉原か上野まで」とのことでした。日本橋から上野までだと徒歩で約1時間かかります。そうして、僕と知らないおじさんの散歩(もしくはデート)が始まったのです。


三越前から神田までロマンチックなデート

日本橋のたもとからスタートして、銀座線沿いを歩きながら上野駅を目指すことにしました。「昨日連絡したのに、もう今日一緒に歩いてるの不思議だよね」とおじさんが話し始めます。僕は「アッ、そっすね、ええ」などと無意味な言葉ばかり使っていました。



日本橋駅の次にある三越前駅周辺は、文字通りでかすぎる日本橋三越本店がそびえ、高級そうな服を身にまとった人たちが行き交っています。三井記念美術館やマンダリンホテルを横目にしながら、おじさんと仕事の話をしました。



彼が働いているのはオーダーメイドのスーツ屋で、今は閑散期なのだそうです。

僕はというと、現在抱えている記事が3本あり、〆切が迫っていてどうしようもないという話をしました。すると「君ライターだったの」と驚かれ、本当に僕らは知り合ったばかりなんだな、と、ちょっとした気恥ずかしさと変な非日常感を味わっていました。


致死量のサラリーマンがいる街・神田



コレド室町を通り過ぎると、急に景色が一変します。先ほどまでの高級ホテルが簡素なビジネスホテルに、おしゃれなイタリアンが小諸そばにと、どんどん庶民的になっていくんですね。



おじさんは「神田はサラリーマンしかいないよね」とつぶやいていましたが、おじさんもサラリーマンでは、と思いつつ、口には出さずに神田駅の高架下をくぐります。



「この間、クレーム対応で大阪まで行ったよ」と、突然おじさんが愚痴をこぼしました。出会ってから20分くらいして、徐々に打ち解け始めたマッチングアプリのカップルみたいです。スーツの仕立てが悪くてクレームが入ったとのことでした。「梅田から新世界のホテルまで歩いたよ」とサラッと話していましたが、これはめちゃくちゃ離れています。


Googleマップ上でも、徒歩で約1時間半と出ていました。僕もぶっ通しで3時間くらいは歩けますが、おじさんは本当に散歩が好きなんだな、と心惹かれる自分に気付き始めていました。


もはや海外と化した秋葉原



そのまま神田の中央通りを直進し、秋葉原を歩きます。秋葉原といえばオタクの街ですが、久しぶりに訪れた秋葉原は大きな変貌を遂げていました。



外国人観光客が狭い道路にひしめき合い、それもアジア人から欧米人まで多種多様。オタクやメイド、サラリーマンからキャッチまであらゆる人種が集まっていました。もはや海外と化した秋葉原を、メイドさんから勧誘を受けながら末広町駅を目指します。



「メイド喫茶とか行ったことある?」とおじさんに尋ねられ、忍者カフェなら行ったことありますよと返答したところ、「相当露出しているのでは」と謎の妄想を繰り広げていました。

忍者って露出度高いですか?僕が行ったのはくノ一が接客してくれるカフェで、普通に忍たま乱太郎みたいな露出ゼロのスタイルでした。あまりにも人種のるつぼなストリートを抜けて、秋葉原もパパ活とかあるのかなぁなどと話しながら歩きました。


上野御徒町で解散。友達って何



オタクの香りが残る末広町を抜けると、やたらカラオケが密集する御徒町に到着します。僕は御徒町から歩いて帰ることにしました。おじさんは上野から日比谷線に乗って帰るそうです。



「だいたい1時間くらい歩いたよね」と言われ、もうそんなに時間が経っていたのか、と驚きつつ、まだもうちょっと歩いても良いな、と帰りたくない彼女みたいな気持ちになっていました。おじさんは定時で上がれた日に、こうして神田や上野まで散歩して帰るそうです。



「また歩きたいよね」と言われてちょっと嬉しくなりながら、上野駅手前で別れました。別れ際、おじさんはポケットをごそごそしだし、「これあげるよ」と何かを差し出しました。それはおばあちゃんがくれるような小さなせんべいでした。

「僕チョコが食べたいんだよね」と、いらないせんべいを僕に押しつけて、颯爽と上野の喧騒の中に消えていきました。僕はいらないせんべいをポケットにしまいつつ、『知らないおじさんと友達の境界線は何なのか』考えながら、上野広小路の五右衛門に吸い込まれていきました。










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