隠れキリシタンの里、大阪茨木下音羽を散歩する
- 更新日: 2018/07/24
大阪にも隠れキリシタンの里があった
今年6月、長崎県天草の「隠れキリシタン(潜伏キリシタン)」がユネスコ世界遺産に認定されました。
「それって九州のことでしょ? 自分には関係ないよ」と思われる方もおられるかもしれませんが、実はこの隠れキリシタン、意外と身近にぞの史跡が遺されていたりするのです。
その中のひとつが、今回散歩の舞台となる大阪府茨木市下音羽(見山の郷)。
あまり知られてはいないようですが、この地もかつては「隠れキリシタンの里」であり、それにちなんだ史跡が遺されています。
果たして、大阪にある隠れキリシタンの里とはどのようなところなのでしょうか。
場所は↓ここらへん


スタート地点は阪急茨木駅2番バス停。
ここから「忍頂寺」まで乗っていきます。

平日11時、乗客は自分含めて二人だけ。

ガッシャンドッシャンとバスに揺られ約30分、山っぽい場所に入ってきた。
カンツリー。

乗車から一時間、ようやく忍頂寺バス停に到着。
「何もない」と書こうとしたらガソリンスタンドがあった。

ここらへんのとびだし坊やは若干ミニマム。


エラい位置で放置された自動車。
ナンバープレートはきっちり外されていました。

山の中に船!

とびだし坊やならぬとびだしガール。

大阪市内では見られない標識とコラボする白シャツ型とびだし坊や。
ここはとびだし坊やの里。

貸してもらってもいまいち使い道が思いつかない。

下音羽の里へは歩いてだいたい15分。
この日の気温32℃。

真緑の田んぼ。


矢印の先には田んぼしかないようですが。

「JC」なるペットボトルのラベルと思われるもの。
後ろのキャラクターがいろいろ意味ありげ。

よそ見しながらとびだすという高度な技。

下音羽へ到着。
この地はかつてキリシタン大名として知られる高山右近によって統治されていましたが、彼が1614(慶長19)年マニラへ追放された後、村民によってひっそりとキリスト教が信仰されてきたそうです。

何かが落ちているけれども、段差のため確認できず。

メイちゃんだよぉ……(隣のトトロ)


よくできた置物にびっくりするなど。

「de」をなんにでも入れられる便利ワードとして使用するのはやめた方がいいと思う。

農産物加工品が名物とのこと。

この構造だと降りるのに難儀しそう。


キリシタン墓碑が発見された場所である「高雲寺」へ。

お寺の入り口に佇むなんだか不思議なお地蔵さま。

高雲寺と隠れキリシタンのつながりについては不明です。


これがキリシタン墓碑。
蒲鉾のような形をしています。
上部にギリシャ十字章なるものが彫られているらしいのですが、かなりうっすらとしていて確認しづらい状態です。
埋葬年月日は左からそれぞれ1610(慶長15)年10月、1613(慶長18)年5月であり、左側には「ぜにはら(本名?)まるた(洗礼名?)」と彫られていたとのこと。
この墓碑が見つけられたのは1919(大正8)年。
それ以外にも、象牙で作られたキリスト像が他の場所で発見されています。
それまで、この下音羽が隠れキリシタンの里であることはいっさい知られていなかったのだとか。


特に説明書きは添えられていないものの、なんだか意味ありげな形の石。
でも、おそらく隠れキリシタンとは無関係でしょう。

いわゆる棚田というやつ?

少し不思議的な形をしたプラスチック物体。
乾電池で光るみたいです。
車道の近くにあったため、「田んぼがあるので危ない」といった目印として使われているものと思われます。

なぜかうっすら涙を流しているとびだし坊や。
飛び出すことに疲れたか?

かぼちゃの親子がお出迎え。

ここらへんは「キリシタン自然歩道」の入り口らしい。
無理やり「キリシタン」をつけた感ある。

ここで休憩といきたいところ。

曰くありげにセッティングされた帽子。
1時間後に再びここを訪れたときにはもう無くなっていました。

キリシタンの川(推定)ではカルガモが元気よく泳いでました。

キリシタンの滝(推定)。

閉まってたらどうしようかと思った。

顔面をぶちぬかれたマスコット。

休憩所にて「特選ひやしそば」を注文。
化学調味料はいっさい使っていないとのことです。
山菜づくしでありながらなぜかワカメも入ってるサービスぶり。
麺はかなりコシが強かったです。

というわけで散歩再開。

あんなところに白鳥が!

ちょっと近づいただけで逃げられてしまいました。

くだけた100円ライターの意味するものとは。

カワトンボの一種でしょうか。

この道はなんでしょう。

なにやらお社のようなものが。

赤く大きな屋根が印象的です。

ライトアップ(?)するみたいです。


鳥居が阪神大震災で倒壊したものの、寄付によって建て直したとのこと。

なんだかグロテスクな生え方をしているキノコ。
アップにするとキノコムシがびっしり。

この神社は八岐大蛇退治で知られる乱神「素戔嗚尊(スサノオノミコト)」を祀っているようです。

先に言ってよ!

まだまだ歩いていると、やたら古めかしいポストを発見。
まさか、これがウワサの妖怪ポスト!?



「長谷寺」バス停近くの貯水池にはカエルがたくさん。
都会では見かけない大きな個体もいました。
そろそろバスのタイムリミットが近いので、今回の散歩はこれにて終了。
以上、隠れキリシタンの歴史が遺された大阪府茨木市下音羽でした。
他では見られないキリシタン墓碑だけでなく、豊かな自然や田園の風景も魅力的でした。
やっぱり一カ月に一度は、ふだん行かなさそうな場所を訪ねてみるとよい気分転換になりますね。
「それって九州のことでしょ? 自分には関係ないよ」と思われる方もおられるかもしれませんが、実はこの隠れキリシタン、意外と身近にぞの史跡が遺されていたりするのです。
その中のひとつが、今回散歩の舞台となる大阪府茨木市下音羽(見山の郷)。
あまり知られてはいないようですが、この地もかつては「隠れキリシタンの里」であり、それにちなんだ史跡が遺されています。
果たして、大阪にある隠れキリシタンの里とはどのようなところなのでしょうか。
場所は↓ここらへん

スタート地点は阪急茨木駅2番バス停。
ここから「忍頂寺」まで乗っていきます。

平日11時、乗客は自分含めて二人だけ。

ガッシャンドッシャンとバスに揺られ約30分、山っぽい場所に入ってきた。
カンツリー。

乗車から一時間、ようやく忍頂寺バス停に到着。
「何もない」と書こうとしたらガソリンスタンドがあった。

ここらへんのとびだし坊やは若干ミニマム。


エラい位置で放置された自動車。
ナンバープレートはきっちり外されていました。

山の中に船!

とびだし坊やならぬとびだしガール。

大阪市内では見られない標識とコラボする白シャツ型とびだし坊や。
ここはとびだし坊やの里。

貸してもらってもいまいち使い道が思いつかない。

下音羽の里へは歩いてだいたい15分。
この日の気温32℃。

真緑の田んぼ。


矢印の先には田んぼしかないようですが。

「JC」なるペットボトルのラベルと思われるもの。
後ろのキャラクターがいろいろ意味ありげ。

よそ見しながらとびだすという高度な技。

下音羽へ到着。
この地はかつてキリシタン大名として知られる高山右近によって統治されていましたが、彼が1614(慶長19)年マニラへ追放された後、村民によってひっそりとキリスト教が信仰されてきたそうです。

何かが落ちているけれども、段差のため確認できず。

メイちゃんだよぉ……(隣のトトロ)


よくできた置物にびっくりするなど。

「de」をなんにでも入れられる便利ワードとして使用するのはやめた方がいいと思う。

農産物加工品が名物とのこと。

この構造だと降りるのに難儀しそう。


キリシタン墓碑が発見された場所である「高雲寺」へ。

お寺の入り口に佇むなんだか不思議なお地蔵さま。

高雲寺と隠れキリシタンのつながりについては不明です。


これがキリシタン墓碑。
蒲鉾のような形をしています。
上部にギリシャ十字章なるものが彫られているらしいのですが、かなりうっすらとしていて確認しづらい状態です。
埋葬年月日は左からそれぞれ1610(慶長15)年10月、1613(慶長18)年5月であり、左側には「ぜにはら(本名?)まるた(洗礼名?)」と彫られていたとのこと。
この墓碑が見つけられたのは1919(大正8)年。
それ以外にも、象牙で作られたキリスト像が他の場所で発見されています。
それまで、この下音羽が隠れキリシタンの里であることはいっさい知られていなかったのだとか。


特に説明書きは添えられていないものの、なんだか意味ありげな形の石。
でも、おそらく隠れキリシタンとは無関係でしょう。

いわゆる棚田というやつ?

少し不思議的な形をしたプラスチック物体。
乾電池で光るみたいです。
車道の近くにあったため、「田んぼがあるので危ない」といった目印として使われているものと思われます。

なぜかうっすら涙を流しているとびだし坊や。
飛び出すことに疲れたか?

かぼちゃの親子がお出迎え。

ここらへんは「キリシタン自然歩道」の入り口らしい。
無理やり「キリシタン」をつけた感ある。

ここで休憩といきたいところ。

曰くありげにセッティングされた帽子。
1時間後に再びここを訪れたときにはもう無くなっていました。

キリシタンの川(推定)ではカルガモが元気よく泳いでました。

キリシタンの滝(推定)。

閉まってたらどうしようかと思った。

顔面をぶちぬかれたマスコット。

休憩所にて「特選ひやしそば」を注文。
化学調味料はいっさい使っていないとのことです。
山菜づくしでありながらなぜかワカメも入ってるサービスぶり。
麺はかなりコシが強かったです。

というわけで散歩再開。

あんなところに白鳥が!

ちょっと近づいただけで逃げられてしまいました。

くだけた100円ライターの意味するものとは。

カワトンボの一種でしょうか。

この道はなんでしょう。

なにやらお社のようなものが。

赤く大きな屋根が印象的です。

ライトアップ(?)するみたいです。


鳥居が阪神大震災で倒壊したものの、寄付によって建て直したとのこと。

なんだかグロテスクな生え方をしているキノコ。
アップにするとキノコムシがびっしり。

この神社は八岐大蛇退治で知られる乱神「素戔嗚尊(スサノオノミコト)」を祀っているようです。

先に言ってよ!

まだまだ歩いていると、やたら古めかしいポストを発見。
まさか、これがウワサの妖怪ポスト!?



「長谷寺」バス停近くの貯水池にはカエルがたくさん。
都会では見かけない大きな個体もいました。
そろそろバスのタイムリミットが近いので、今回の散歩はこれにて終了。
以上、隠れキリシタンの歴史が遺された大阪府茨木市下音羽でした。
他では見られないキリシタン墓碑だけでなく、豊かな自然や田園の風景も魅力的でした。
やっぱり一カ月に一度は、ふだん行かなさそうな場所を訪ねてみるとよい気分転換になりますね。