暗闇都市探訪3 東京スカイツリー編
- 更新日: 2025/06/26
東京スカイツリーから夜景を眺める
暗闇は想像を越えてくる。単純に光の当たらない場所を暗闇と呼ぶには惜しい。それくらい深淵な暗闇がそこにはあった。暗闇都市探訪の第3回、その舞台は墨田区の東京スカイツリーである。今まで、渋谷区のSHIBUYA SKY、港区の東京タワーと2つの高所から、暗闇を眺めてきた。いよいよ大御所である東京スカイツリーに挑む。東京スカイツリーは高さ634メートルで、言わずもがな日本で最も高い構造物である。
暗闇都市探訪の考え方をおさらいしておこう。都市の秘密は暗闇に存在すると考え、夜景を眺めるべく対象地域で最も高い建物に上り、夜景を眺め、急激に暗い場所を突き止める。そして、その暗い場所には何があるのかを確かめるため、実際に訪れるという流れである。民俗学者の宮本常一が故郷の親に託された「新しく訪ねていったところは必ず高いところへ登ってみよ。そして方向を知り、目立つものを見よ」の言葉を現代的に解釈し、夜の時間帯の夜景から都市について考えてみようという試みである。

さて、今回の舞台は東京スカイツリーだ。僕はこの脅威なる高層タワーに、2025年5月6日に挑むことができた。これからスカイツリーの天望デッキまで上がるのに、長くなるだろうなと思い、パンでも齧ってから行こうかと思った。しかし、スカイツリー内のスーパーの値段が高すぎて驚いた。焼き芋は300円、レーズンパンが8個入りで422円である。「スカイツリー価格」になっており、何も買おうと思えない。それでスーパーをスルーして空腹のままでスカイツリーに上るための4階受付に向かったのである。そうこうしているうちに時間は18時半を過ぎて、外はちょうどいい塩梅に暗くなっていた。

web予約していたのでその画面を見せてチケットと交換できた。「チケット持ったまーまーですすみまーしょ!」と、鼻歌を歌うようなリズムで指示を出す誘導係の言葉が聞こえてきた。一定のリズムを刻んでお客さんを案内するのに疲れて、歌でも歌いたくなったのかなと思った。それからエレベータで上階に上がる。春夏秋冬のエレベータデザインがあり、ぼくは偶然にも行きと帰りがどちらも秋だった。液晶に表示された高度の数値(m)がどんどん上がっていき350mのところまできた。

天望デッキに降り立った。今回は天望回廊(地上450m)まで上がるという手もあったのだが、暗闇にいってみるという本企画の特性上、あまり広すぎる範囲の暗闇というよりは、直下の墨田区に広がる暗闇をしっかりと眺める目的で、天望デッキを選択した。
エレベータを降りると、大混雑の海。日曜日19時は人が多くて全方位の窓が人で埋め尽くされていたのでいちいち並ばないと窓にたどり着けない状況である。

まずは「WISH」という祈りの集積場所があった。リボンを購入して願いを書き、それを結ぶ場所のようである。「〇〇ちゃんと〇〇ちゃんと話せますように」という可愛らしい願いがあった一方で、「お金がほしいです」というシンプルな願いもあった。「みんないつまでも健康で幸せに」という非常に哲学的な大きな願いを込めたものもあり、人それぞれの想いがあるなと思った。
そして、その脇にある東京スカイツリーに関する説明書きに驚くべきことが書かれていた。それは富士山、明治神宮、皇居(昔の江戸橋)鹿島神宮の3地点を結ぶ線の上に、スカイツリーが建てられたということ。これは古代の遺跡や聖地が一直線上に並んでいることを「レイライン」というが、それに重ね合わせたもので、そのレイラインの一翼に東京スカイツリーを位置付けようという考え方である。このレイライン上にはポジティブなエネルギーが集まりやすいという。だから、東京スカイツリーには祈りの場所がつくられた。そしてここで書かれた願いはレイラインの始まりの地である鹿島神宮に届き、お納めされるという。
それと面白い気づきがあった。リボンに願いを書く2つの場所には、意味深にも異なる飲み物が置かれていた。全く同じ場所に異なる飲み物がお供え(本当はたぶん単なる忘れもの)されている状況。これこそが実は信仰の当体であるかのようにも思えた。

これは水かな。

これはうめソルティ。
また、祈りの表出はここだけではなかった。

スカイツリーから手紙を届けられるという郵便受けもあった。地上ではなく「スカイツリーに上って郵便物を出す」から届く想いがあるというものだ。

そういえばガラス越しに地上を眺める人々がいて、皆一様にスマホを向ける姿もなかなか良かった。高いところから低いところを皆一様に記録している。指示されなくても自然にする行為が日常には溢れている。そうせざるを得ないようなこともある。それら一連の行動は、何かを信仰しているようにも思える。
「塔は問いを発生させる装置」であり、すべてはその問いから始まる。ただ、塔から360度を舐め回すように眺め、問いが生まれればそれに向き合えばいい。だから僕は1階部分で、スカイツリーの構造や建てられた歴史などが書かれた展示を全てすっ飛ばしてここまで一直線に上がってきた。

さて、僕はゴールデンウィーク真っ只中で混雑する人をかき分けて、シンプルに外の暗闇を眺めた。西方面から順々に、北西、北...という風に8方位に沿って、「どこに何があるか」を記したディスプレイが配置されていたので、その左右の窓から眺められる夜景を記録することにした。方位ごとにその暗闇を振り返っていきたい。
①西方面
前回、暗闇都市探訪で東京タワーから見える広大な暗闇を目の当たりにしたからか、「これほど暗闇がない土地があるのか?」と疑問に思うほどに暗闇が見当たらなかった。それが初見の感想である。

まず西方面は中央部に金のオブジェが見えるアサヒビール本社、そして隅田川の存在感は非常に大きい。そこにかかる橋は緑やオレンジ色など色とりどりの彩色が見られ、直線とアーチ状などの違いもある。
②北西方面

リバーサイドスポーツセンターの存在感が大きすぎるくらいに大きい。その黄色い光は圧倒的に闇を照らしている。相変わらず隅田川の存在感は大きい。そして奇妙なくらいにオレンジ色の街灯が多い。これは国道6号線に沿って伸びているようだ。
③北側方向

住宅街の碁盤の目のような均一な街は、隅田川の蛇行に従って湾曲していき、翻弄されていくようである。川が蛇行すれば、住宅地も蛇行せざるを得ない。墨田区の人々は川とともに生きているのだと思った。首都高速道路も奇妙なくらいにオレンジ色の街灯が多い。夜景となればその色味は歴然としており、他の道路の街灯にも増して目立つような光である。
④北東方面
さて、ここからは鬼門の方角である。2025年4月15日(火)~2025年7月14日(月)の期間、「名探偵コナン」とのコラボイベント「煌きの青天塔(スカイツリー)」が開催されているようで、展示物が配されており、完全な北東包囲からの夜景は眺められなかった。コナンはスカイツリーの鬼門の守り神か?と思ってしまった。そこから少しそれる形で夜景を眺めることができた。

少し距離があるが、荒川が見えてきた。そこに向かうようにオレンジ色の国道6号線が伸びている。また蛇行する鉄道、東武スカイツリーラインは、中央部の曳舟駅の白い3本の光が熊の爪跡のように見える。そこと曳舟川通りとがぶつかって、ちょうどYの字を描く。曳舟駅から右下に伸びる東武スカイツリーラインをなぞるように見ていくと、たまに押上駅方面へと電車が入っていくのが見える。
⑤東側方面
この方角にはスカイツリー価格のカフェ席が設置されており、アメリカンドックが500円、で、ドリンクも1杯1000円くらいした。日出る方角、超縁起が良い方角は、VIPしか入れないのか!どうしよう...と思っていたら、階段を下って1階下に降りることができ(350m地点から345m地点へと移動)、そこからこの方角の夜景を眺めることができた。

ここから眺める夜景は一風変わっており、手前から左上に伸びる東武スカイツリーライン、左上から右上へと流れる荒川、そして手前から右上へと流れる北十間川の3点に囲まれた三角地帯が広がっていた。その中心には低層住宅街が広がり、比較的暗い部分もあったが、あまり暗いとも言えない程度である。
⑥南東方面

北十間川が中央部を力強く伸びており、荒川方面へと流れている。2つの川によってTの字が描かれているような光景だ。比較的北十間川の周辺は川が蛇行していないので、住宅街がピシッと区画されて並んでおり、やや碁盤の目を思わせるようなところもある。北十間川の周辺道路には緑色の光が見える。植物は緑色の光を感じにくいという話があるが、周辺の街路樹の発育に配慮するために、緑色の街灯を使っているのだろうか。これに関しては僕の推測に過ぎず、真相はよくわからない。
⑦南方面

南方面にきてハッとした。中国の都・長安か、または京都の平安京か。いやそのどれとも似ているようで似ていない。未来都市にも見えてきた。夜でも眠らない光り輝く都...!その正体はなんだ?
携帯のGoogle MAPを急いで開くと、これはどうやら「錦糸町」のようである。錦糸町駅周辺を城のような頂点として、それは明るく照らされており、裾野が伸びていくように碁盤の目の直線的な網の目の住宅街が張り巡らされている。非常に美しく、そしてすっきりと区画が整備されているのだ。
その一方で右下には「暗闇の宮殿」のようなものが見える。これはなんだろうか。錦糸町の城があまりに明るすぎるためか、その対比として暗闇が非常に濃い闇に思えてくる。こちらもすぐさまGoogle MAPを開いてみると、なんと「日本たばこ産業」ではないか!!!
見た感じその大部分を屋上が占めるが、敷地内には緑地も整備されているようだ。緑地はライトアップされておらず、すごく暗く見える。「ここにいこう」とすぐさま思った。スカイツリーから降りたら、唯一の漆黒の暗闇とも言える、日本たばこ産業に向かおうと思ったのである。
ちなみに、この錦糸町の先には、海に光る大きな観覧車が見え、葛西臨海公園だろうと思った。ここはあまりにも地の果てすぎると思えてきて、「彼岸」という言葉が浮かんできた。城の先には、彼岸が続いているのか...と感慨深く思った。写真で撮るとあまりにもチープな絵しか浮かんでこないように思えたので、観覧車の写真はここでは添付しないでおこう。
⑧南西方面

さて、最終方位の南西は裏鬼門の方角である。右上、遥か遠くに東京タワーがかすかに見える。前回上がった東京タワーからバトンを受け取った暗闇都市探訪の旅。さて、今回も面白くなってきた。この方位は左手前に見える日本たばこ産業以外、雑多な住宅街が広がり大きな特徴はない。明るくも暗くもないといったところか。
その要因として、マンションの優しい黄金色の光があると思った。トウモロコシのような縦方向に伸びる黄色い光の粒を見ていると、無性に収穫したくなってきた。大きい粒も小さい粒もある。ここら一体の夜の街には、実は風に沿ってそよぐことのないトウモロコシ畑が広がっていて、そこに住む人は全くそれに気づいていない。365日変わらない実りを提供してくれているようである。

僕はひと通り夜景を眺めたあと、感慨に浸りながら、下の階も歩き通し、お土産を眺め、そしてエレベーターで地上に戻っていった。

日本たばこ産業に向かう道中を振り返っていこう。スカイツリーの麓で、近くから眺める北十間川は綺麗に整備された川だと思った。柵のついた安全な歩道が続いている。

お腹が減ったので、ラーメンを食べた。スカイツリー価格は北十間川を超えると皆無で、ラーメンは600円で、追加で白ごはんをつけたらおかわりが無料だったのが良かった。

さて、日本たばこ産業が左側に見えてきた。非常に大きい建物だ。ひとまず、この建物の敷地の周りを1周してみることにした。

右側にたばこと塩の博物館の標識と真っ暗な建物が見えてきた。以前訪れたことがあり、豊富な展示に驚いたものだが、ここは日本タバコ産業の道路挟んで向かい側に位置していたのか。そういう位置関係にもハッとさせられた。この博物館は日本たばこ産業が運営する企業博物館のようである。
たばこと塩、それらが共に語られる背景には、いずれもかつては日本専売公社(現JT)の専売品であったことが関係しているのだとか。たばこがかつて御供物や呪術的な治療薬として使われていたマヤ文明の頃から、現代に至るまでの文化史。そして、世界や日本の塩作りなどを学ぶことができるコーナーもある。

さてそこから歩くとすぐに、「たばこと塩の博物館」の看板を発見した。矢印の角度が絶妙で、まるで東京スカイツリーがたばこと塩の博物館であるかのようにも見える。煌めく塔の下には暗闇の中に博物館がある。暗闇から光を眺めてみるのもなかなか良い。

日本たばこ産業の敷地には、このようなグラウンドもあった。ネットで調べてみると、どうやら野球関係者がここを利用しているという。夜の静かなグラウンドもとても良い。

一風変わった喫煙所を発見した。「防災喫煙所 イツモモシモステーション」とのこと。この壁面に非常に興味深い言葉が書かれていた。

これを読んだ時、ハッとした。なるほど、そういうことか!
どうしようもないくらいに深い暗闇は、火災が燃え広がりにくい場所だったのだ。
確かに周囲の細かく区切られた近い距離に家が立ち並ぶ住宅街に比べれば、ここは延焼のリスクが少ない場所である。それに加えて喫煙所は普通、避難場所に指定されている公園などに設置されている。つまり夜は暗闇となるところに設置されていることも多い。
今回は日本たばこ産業の広大な敷地が、避難場所に指定されている。そこにある喫煙所から、防災意識を広げていこうという取り組みのようで、さまざまな防災に関する知識が書かれた紙が、この喫煙所の壁に貼られていた。

避難場所と避難所の違いなど、確かに普段意識されていないことが書かれている。
たばこ、火、火事を防ぎたい。
ここらへんの連鎖的な発想も感じる。

「希望の未来へ」と題した小学生の夢が描かれたボードも発見した。「東京大学に入りたい」「けいさつかんになりたい」「ひらおよぎの足をがんばりたい」など、さまざまな子どもたちの願いがかかれていた。この場所をどうにかポジティブなイメージにしていきたいという企業の意図も強く感じた。
東京スカイツリーの天望デッキと、日本タバコ産業の塀。祈る場所は光と闇という一見真逆の場所でありながら、祈っている内容は大して変わらないと思った。

引き続き、日本たばこ産業の敷地の周りをぐるりと回り続ける。段差のある休憩場所があった。小さな小さな公園だ。

そこには大きな街灯があるが、明かりは灯っていない。

そういう街灯もあるのかと思った。
この空間で夜遊びをする人たちが出てこないように、
住民の暮らしを守ろうということなのだろうか。
確かに家と家の間を縫って作られたような狭い公園だ。
夜は暗闇にしなければならないのかもしれない。

心の声が聞こえてきた。暗闇から眺める光って例えようがないほどに美しいんだよなあ。それは闇の中にいないとわからないことなんだよね。

さて、また北十間川まで戻ってきた。そのほとりには夜遊びをする若者たちの姿があった。ここはもう光の世界に戻ってきたようである。こういう過ごし方も楽しいよね。
思えば1日を通して印象的だったのは、川の存在である。広域的に捉えれば、隅田川、荒川、北十間川の3つの川に囲まれた東京スカイツリー。川に翻弄されながら区画整備をしてその環境を活かしながら生きる人々の姿があり、川そのものが光と闇の区画の境界さえも作り出していたのである。
8方位に気を配った夜景解説のディスプレイ配置と、春夏秋冬というエスカレーターのデザイン。そこに生じる祈りの姿は、どこか空間と時間に宿る全てを祓い、願いを天に届ける。あるいは天に届けて弔うという想いを感じた。経済偏重社会における現代の象徴的な祈りは、購買によって成立する節があることも体感した。そして、その祈りは最終的に電力崇拝に昇華されているように思う。
天望デッキから降りてきたのちに、東京スカイツリー1階の展示で見たのが、スカイツリーの構造の話。東京スカイツリーを支える3本足は、古代中国の礼儀に用いられた鼎(かなえ)を想起することから、「北鼎」「東鼎」「西鼎」と呼ぶそうだ。なぜ南側に足が築かれなかったのかという謎は解くことはできなかったが、高さ日本一の塔にはその構造部分に日本一たる所以と構造が隠されている。その3点は上にいくにつれて、円構造となり突起が丸くなりまとまりを見せる。敷地内でしっかりと足元を支える3点と、風の影響を最小限にとどめて、周囲への見た目の圧迫感を緩和し、360度の眺望をスムーズに楽しむことができる上部構造の並立が見られるわけである。
その頂点にあるのが電波塔であり、その塔の先には避雷針が取り付けられ、雷を受け止める。ただ、塔全体そのものが避雷針のようなもので、年平均10回ほどの落雷を受け止めそれを逃しているという。そう考えると、スカイツリー全体が電気を操る神のような存在に思えてくる。
ところで、なぜ東京スカイツリーが建てられたのだろうか。634mとはすなわち武蔵、東京の旧国名である。当時世界最高峰のこの塔が必要になった背景には、電波を200m級の超高層ビル群にスムーズに届ける必要があったという。つまり日本という国家のレイラインの祈りの中心地には、電波の伝達という必要性があったわけである。
強力に光り輝く電気の塔。それを強く信仰する人々と、それには染まらないひっそりとした暗闇がある。暗闇都市探訪史上稀に見るほどに暗闇を見つけ出すのが難しかった。それでも探しに探して、焦点を1点の暗闇に絞ったことで見えてきたのは、実は暗闇も安全に寄与しているという神話だった。

暗闇都市探訪の考え方をおさらいしておこう。都市の秘密は暗闇に存在すると考え、夜景を眺めるべく対象地域で最も高い建物に上り、夜景を眺め、急激に暗い場所を突き止める。そして、その暗い場所には何があるのかを確かめるため、実際に訪れるという流れである。民俗学者の宮本常一が故郷の親に託された「新しく訪ねていったところは必ず高いところへ登ってみよ。そして方向を知り、目立つものを見よ」の言葉を現代的に解釈し、夜の時間帯の夜景から都市について考えてみようという試みである。
GW最終日にたどり着いた天望デッキ

さて、今回の舞台は東京スカイツリーだ。僕はこの脅威なる高層タワーに、2025年5月6日に挑むことができた。これからスカイツリーの天望デッキまで上がるのに、長くなるだろうなと思い、パンでも齧ってから行こうかと思った。しかし、スカイツリー内のスーパーの値段が高すぎて驚いた。焼き芋は300円、レーズンパンが8個入りで422円である。「スカイツリー価格」になっており、何も買おうと思えない。それでスーパーをスルーして空腹のままでスカイツリーに上るための4階受付に向かったのである。そうこうしているうちに時間は18時半を過ぎて、外はちょうどいい塩梅に暗くなっていた。

web予約していたのでその画面を見せてチケットと交換できた。「チケット持ったまーまーですすみまーしょ!」と、鼻歌を歌うようなリズムで指示を出す誘導係の言葉が聞こえてきた。一定のリズムを刻んでお客さんを案内するのに疲れて、歌でも歌いたくなったのかなと思った。それからエレベータで上階に上がる。春夏秋冬のエレベータデザインがあり、ぼくは偶然にも行きと帰りがどちらも秋だった。液晶に表示された高度の数値(m)がどんどん上がっていき350mのところまできた。

天望デッキに降り立った。今回は天望回廊(地上450m)まで上がるという手もあったのだが、暗闇にいってみるという本企画の特性上、あまり広すぎる範囲の暗闇というよりは、直下の墨田区に広がる暗闇をしっかりと眺める目的で、天望デッキを選択した。
エレベータを降りると、大混雑の海。日曜日19時は人が多くて全方位の窓が人で埋め尽くされていたのでいちいち並ばないと窓にたどり着けない状況である。
スカイツリーに宿る信仰
暗闇を眺める前に、天望デッキでスカイツリーとは何かについて考えたことをここで触れておきたい。僕が上った天望デッキは「天を望む」と書く。そしてその場所には、天の意味について考えられるさまざまなヒントが散りばめられていた。最も高い場所であるスカイツリーは、祈りの場所として輝きを放っているのである。
まずは「WISH」という祈りの集積場所があった。リボンを購入して願いを書き、それを結ぶ場所のようである。「〇〇ちゃんと〇〇ちゃんと話せますように」という可愛らしい願いがあった一方で、「お金がほしいです」というシンプルな願いもあった。「みんないつまでも健康で幸せに」という非常に哲学的な大きな願いを込めたものもあり、人それぞれの想いがあるなと思った。
そして、その脇にある東京スカイツリーに関する説明書きに驚くべきことが書かれていた。それは富士山、明治神宮、皇居(昔の江戸橋)鹿島神宮の3地点を結ぶ線の上に、スカイツリーが建てられたということ。これは古代の遺跡や聖地が一直線上に並んでいることを「レイライン」というが、それに重ね合わせたもので、そのレイラインの一翼に東京スカイツリーを位置付けようという考え方である。このレイライン上にはポジティブなエネルギーが集まりやすいという。だから、東京スカイツリーには祈りの場所がつくられた。そしてここで書かれた願いはレイラインの始まりの地である鹿島神宮に届き、お納めされるという。
それと面白い気づきがあった。リボンに願いを書く2つの場所には、意味深にも異なる飲み物が置かれていた。全く同じ場所に異なる飲み物がお供え(本当はたぶん単なる忘れもの)されている状況。これこそが実は信仰の当体であるかのようにも思えた。

これは水かな。

これはうめソルティ。
また、祈りの表出はここだけではなかった。

スカイツリーから手紙を届けられるという郵便受けもあった。地上ではなく「スカイツリーに上って郵便物を出す」から届く想いがあるというものだ。

そういえばガラス越しに地上を眺める人々がいて、皆一様にスマホを向ける姿もなかなか良かった。高いところから低いところを皆一様に記録している。指示されなくても自然にする行為が日常には溢れている。そうせざるを得ないようなこともある。それら一連の行動は、何かを信仰しているようにも思える。
8方位を眺められる天望デッキ
さて、恐るべき信仰が集結した東京スカイツリーから周囲に広がる暗闇を眺めてみよう。日本一高い構造物から眺めれば、思考回路は正常に働かなくなり、今まで見えてこなかった街の姿を映し出す。恐ろしいまでに俯瞰でき、鷹が驚くほどの高い視座をもたらすだろう。「塔は問いを発生させる装置」であり、すべてはその問いから始まる。ただ、塔から360度を舐め回すように眺め、問いが生まれればそれに向き合えばいい。だから僕は1階部分で、スカイツリーの構造や建てられた歴史などが書かれた展示を全てすっ飛ばしてここまで一直線に上がってきた。

さて、僕はゴールデンウィーク真っ只中で混雑する人をかき分けて、シンプルに外の暗闇を眺めた。西方面から順々に、北西、北...という風に8方位に沿って、「どこに何があるか」を記したディスプレイが配置されていたので、その左右の窓から眺められる夜景を記録することにした。方位ごとにその暗闇を振り返っていきたい。
①西方面
前回、暗闇都市探訪で東京タワーから見える広大な暗闇を目の当たりにしたからか、「これほど暗闇がない土地があるのか?」と疑問に思うほどに暗闇が見当たらなかった。それが初見の感想である。

まず西方面は中央部に金のオブジェが見えるアサヒビール本社、そして隅田川の存在感は非常に大きい。そこにかかる橋は緑やオレンジ色など色とりどりの彩色が見られ、直線とアーチ状などの違いもある。
②北西方面

リバーサイドスポーツセンターの存在感が大きすぎるくらいに大きい。その黄色い光は圧倒的に闇を照らしている。相変わらず隅田川の存在感は大きい。そして奇妙なくらいにオレンジ色の街灯が多い。これは国道6号線に沿って伸びているようだ。
③北側方向

住宅街の碁盤の目のような均一な街は、隅田川の蛇行に従って湾曲していき、翻弄されていくようである。川が蛇行すれば、住宅地も蛇行せざるを得ない。墨田区の人々は川とともに生きているのだと思った。首都高速道路も奇妙なくらいにオレンジ色の街灯が多い。夜景となればその色味は歴然としており、他の道路の街灯にも増して目立つような光である。
④北東方面
さて、ここからは鬼門の方角である。2025年4月15日(火)~2025年7月14日(月)の期間、「名探偵コナン」とのコラボイベント「煌きの青天塔(スカイツリー)」が開催されているようで、展示物が配されており、完全な北東包囲からの夜景は眺められなかった。コナンはスカイツリーの鬼門の守り神か?と思ってしまった。そこから少しそれる形で夜景を眺めることができた。

少し距離があるが、荒川が見えてきた。そこに向かうようにオレンジ色の国道6号線が伸びている。また蛇行する鉄道、東武スカイツリーラインは、中央部の曳舟駅の白い3本の光が熊の爪跡のように見える。そこと曳舟川通りとがぶつかって、ちょうどYの字を描く。曳舟駅から右下に伸びる東武スカイツリーラインをなぞるように見ていくと、たまに押上駅方面へと電車が入っていくのが見える。
⑤東側方面
この方角にはスカイツリー価格のカフェ席が設置されており、アメリカンドックが500円、で、ドリンクも1杯1000円くらいした。日出る方角、超縁起が良い方角は、VIPしか入れないのか!どうしよう...と思っていたら、階段を下って1階下に降りることができ(350m地点から345m地点へと移動)、そこからこの方角の夜景を眺めることができた。

ここから眺める夜景は一風変わっており、手前から左上に伸びる東武スカイツリーライン、左上から右上へと流れる荒川、そして手前から右上へと流れる北十間川の3点に囲まれた三角地帯が広がっていた。その中心には低層住宅街が広がり、比較的暗い部分もあったが、あまり暗いとも言えない程度である。
⑥南東方面

北十間川が中央部を力強く伸びており、荒川方面へと流れている。2つの川によってTの字が描かれているような光景だ。比較的北十間川の周辺は川が蛇行していないので、住宅街がピシッと区画されて並んでおり、やや碁盤の目を思わせるようなところもある。北十間川の周辺道路には緑色の光が見える。植物は緑色の光を感じにくいという話があるが、周辺の街路樹の発育に配慮するために、緑色の街灯を使っているのだろうか。これに関しては僕の推測に過ぎず、真相はよくわからない。
⑦南方面

南方面にきてハッとした。中国の都・長安か、または京都の平安京か。いやそのどれとも似ているようで似ていない。未来都市にも見えてきた。夜でも眠らない光り輝く都...!その正体はなんだ?
携帯のGoogle MAPを急いで開くと、これはどうやら「錦糸町」のようである。錦糸町駅周辺を城のような頂点として、それは明るく照らされており、裾野が伸びていくように碁盤の目の直線的な網の目の住宅街が張り巡らされている。非常に美しく、そしてすっきりと区画が整備されているのだ。
その一方で右下には「暗闇の宮殿」のようなものが見える。これはなんだろうか。錦糸町の城があまりに明るすぎるためか、その対比として暗闇が非常に濃い闇に思えてくる。こちらもすぐさまGoogle MAPを開いてみると、なんと「日本たばこ産業」ではないか!!!
見た感じその大部分を屋上が占めるが、敷地内には緑地も整備されているようだ。緑地はライトアップされておらず、すごく暗く見える。「ここにいこう」とすぐさま思った。スカイツリーから降りたら、唯一の漆黒の暗闇とも言える、日本たばこ産業に向かおうと思ったのである。
ちなみに、この錦糸町の先には、海に光る大きな観覧車が見え、葛西臨海公園だろうと思った。ここはあまりにも地の果てすぎると思えてきて、「彼岸」という言葉が浮かんできた。城の先には、彼岸が続いているのか...と感慨深く思った。写真で撮るとあまりにもチープな絵しか浮かんでこないように思えたので、観覧車の写真はここでは添付しないでおこう。
⑧南西方面

さて、最終方位の南西は裏鬼門の方角である。右上、遥か遠くに東京タワーがかすかに見える。前回上がった東京タワーからバトンを受け取った暗闇都市探訪の旅。さて、今回も面白くなってきた。この方位は左手前に見える日本たばこ産業以外、雑多な住宅街が広がり大きな特徴はない。明るくも暗くもないといったところか。
その要因として、マンションの優しい黄金色の光があると思った。トウモロコシのような縦方向に伸びる黄色い光の粒を見ていると、無性に収穫したくなってきた。大きい粒も小さい粒もある。ここら一体の夜の街には、実は風に沿ってそよぐことのないトウモロコシ畑が広がっていて、そこに住む人は全くそれに気づいていない。365日変わらない実りを提供してくれているようである。

僕はひと通り夜景を眺めたあと、感慨に浸りながら、下の階も歩き通し、お土産を眺め、そしてエレベーターで地上に戻っていった。
暗闇はセーフティーネット説
さて、実際に夜景を拝見していて、最も暗いと感じた「日本たばこ産業」を訪れることにした。他にも多少暗いと思える場所はいくつかあったのだが、それが本当に目立たないくらいの圧倒的な闇がそこにあったので、「ここだけ訪れよう」そして「ここだけを噛み締めよう」という気持ちが湧いてきたのだ。
日本たばこ産業に向かう道中を振り返っていこう。スカイツリーの麓で、近くから眺める北十間川は綺麗に整備された川だと思った。柵のついた安全な歩道が続いている。

お腹が減ったので、ラーメンを食べた。スカイツリー価格は北十間川を超えると皆無で、ラーメンは600円で、追加で白ごはんをつけたらおかわりが無料だったのが良かった。

さて、日本たばこ産業が左側に見えてきた。非常に大きい建物だ。ひとまず、この建物の敷地の周りを1周してみることにした。

右側にたばこと塩の博物館の標識と真っ暗な建物が見えてきた。以前訪れたことがあり、豊富な展示に驚いたものだが、ここは日本タバコ産業の道路挟んで向かい側に位置していたのか。そういう位置関係にもハッとさせられた。この博物館は日本たばこ産業が運営する企業博物館のようである。
たばこと塩、それらが共に語られる背景には、いずれもかつては日本専売公社(現JT)の専売品であったことが関係しているのだとか。たばこがかつて御供物や呪術的な治療薬として使われていたマヤ文明の頃から、現代に至るまでの文化史。そして、世界や日本の塩作りなどを学ぶことができるコーナーもある。

さてそこから歩くとすぐに、「たばこと塩の博物館」の看板を発見した。矢印の角度が絶妙で、まるで東京スカイツリーがたばこと塩の博物館であるかのようにも見える。煌めく塔の下には暗闇の中に博物館がある。暗闇から光を眺めてみるのもなかなか良い。

日本たばこ産業の敷地には、このようなグラウンドもあった。ネットで調べてみると、どうやら野球関係者がここを利用しているという。夜の静かなグラウンドもとても良い。

一風変わった喫煙所を発見した。「防災喫煙所 イツモモシモステーション」とのこと。この壁面に非常に興味深い言葉が書かれていた。

「まいにち」のために。「まんいち」のために。
これからの時代、喫煙所にできることはなんだろう。
ふだんは吸う人が立ち寄る場所が、どうしたらみんなの役に立てるだろう。
・・・(略)
この喫煙所の周辺一帯は、震災時火災の避難場所に指定されています。火災の危険が迫っているときは、黄色のエリアに逃げ込んでください。
これを読んだ時、ハッとした。なるほど、そういうことか!
どうしようもないくらいに深い暗闇は、火災が燃え広がりにくい場所だったのだ。
確かに周囲の細かく区切られた近い距離に家が立ち並ぶ住宅街に比べれば、ここは延焼のリスクが少ない場所である。それに加えて喫煙所は普通、避難場所に指定されている公園などに設置されている。つまり夜は暗闇となるところに設置されていることも多い。
今回は日本たばこ産業の広大な敷地が、避難場所に指定されている。そこにある喫煙所から、防災意識を広げていこうという取り組みのようで、さまざまな防災に関する知識が書かれた紙が、この喫煙所の壁に貼られていた。

避難場所と避難所の違いなど、確かに普段意識されていないことが書かれている。
たばこ、火、火事を防ぎたい。
ここらへんの連鎖的な発想も感じる。

「希望の未来へ」と題した小学生の夢が描かれたボードも発見した。「東京大学に入りたい」「けいさつかんになりたい」「ひらおよぎの足をがんばりたい」など、さまざまな子どもたちの願いがかかれていた。この場所をどうにかポジティブなイメージにしていきたいという企業の意図も強く感じた。
東京スカイツリーの天望デッキと、日本タバコ産業の塀。祈る場所は光と闇という一見真逆の場所でありながら、祈っている内容は大して変わらないと思った。

引き続き、日本たばこ産業の敷地の周りをぐるりと回り続ける。段差のある休憩場所があった。小さな小さな公園だ。

そこには大きな街灯があるが、明かりは灯っていない。

この園内灯は点灯後、一定時間で消灯します。
夜間から早朝の利用はご遠慮ください。
そういう街灯もあるのかと思った。
この空間で夜遊びをする人たちが出てこないように、
住民の暮らしを守ろうということなのだろうか。
確かに家と家の間を縫って作られたような狭い公園だ。
夜は暗闇にしなければならないのかもしれない。

心の声が聞こえてきた。暗闇から眺める光って例えようがないほどに美しいんだよなあ。それは闇の中にいないとわからないことなんだよね。

さて、また北十間川まで戻ってきた。そのほとりには夜遊びをする若者たちの姿があった。ここはもう光の世界に戻ってきたようである。こういう過ごし方も楽しいよね。
思えば1日を通して印象的だったのは、川の存在である。広域的に捉えれば、隅田川、荒川、北十間川の3つの川に囲まれた東京スカイツリー。川に翻弄されながら区画整備をしてその環境を活かしながら生きる人々の姿があり、川そのものが光と闇の区画の境界さえも作り出していたのである。
東京スカイツリーが見せた新しい神話
さて、東京スカイツリーが僕に見せてくれたのは、新しい光と闇の姿だった。8方位に気を配った夜景解説のディスプレイ配置と、春夏秋冬というエスカレーターのデザイン。そこに生じる祈りの姿は、どこか空間と時間に宿る全てを祓い、願いを天に届ける。あるいは天に届けて弔うという想いを感じた。経済偏重社会における現代の象徴的な祈りは、購買によって成立する節があることも体感した。そして、その祈りは最終的に電力崇拝に昇華されているように思う。
天望デッキから降りてきたのちに、東京スカイツリー1階の展示で見たのが、スカイツリーの構造の話。東京スカイツリーを支える3本足は、古代中国の礼儀に用いられた鼎(かなえ)を想起することから、「北鼎」「東鼎」「西鼎」と呼ぶそうだ。なぜ南側に足が築かれなかったのかという謎は解くことはできなかったが、高さ日本一の塔にはその構造部分に日本一たる所以と構造が隠されている。その3点は上にいくにつれて、円構造となり突起が丸くなりまとまりを見せる。敷地内でしっかりと足元を支える3点と、風の影響を最小限にとどめて、周囲への見た目の圧迫感を緩和し、360度の眺望をスムーズに楽しむことができる上部構造の並立が見られるわけである。
その頂点にあるのが電波塔であり、その塔の先には避雷針が取り付けられ、雷を受け止める。ただ、塔全体そのものが避雷針のようなもので、年平均10回ほどの落雷を受け止めそれを逃しているという。そう考えると、スカイツリー全体が電気を操る神のような存在に思えてくる。
ところで、なぜ東京スカイツリーが建てられたのだろうか。634mとはすなわち武蔵、東京の旧国名である。当時世界最高峰のこの塔が必要になった背景には、電波を200m級の超高層ビル群にスムーズに届ける必要があったという。つまり日本という国家のレイラインの祈りの中心地には、電波の伝達という必要性があったわけである。
強力に光り輝く電気の塔。それを強く信仰する人々と、それには染まらないひっそりとした暗闇がある。暗闇都市探訪史上稀に見るほどに暗闇を見つけ出すのが難しかった。それでも探しに探して、焦点を1点の暗闇に絞ったことで見えてきたのは、実は暗闇も安全に寄与しているという神話だった。
