庚申塚を散歩しました
- 更新日: 2018/02/15
その名の通り、庚申塚がございます。
今日は豊島区、庚申塚駅に来ておりますけども。

都電荒川線の駅です。荒川線は言わずと知れた、都内で2つ残る路面電車の一つです。あと一つの東急世田谷線は専用軌道なので路面電車っぽくないのですが、荒川線は併用軌道(道路と併走)の区間があるので、完全なる路面電車です。

ただこのへんは専用軌道で踏切もあるので電車にしか見えないですけどね。
さて、庚申塚駅ですよ。ここはですねえ、その名の通り中山道の庚申塚がありましてな。

場所としては巣鴨と板橋宿の間。賑わってたそうですよ。ただねえ、ちょっと思うのは、江戸時代、中山道を旅するとしてね、賑わってる巣鴨・延命地蔵を後にして、板橋宿ってわりと歩いてすぐなんですよ。その間の庚申塚って、なんか、もう、おなかいっぱいだと思うんですけど、どうなんだろう。
延命地蔵か庚申さんかどっちかにしようかな、みたいな人は居たんじゃないかしら。両方行くのは旅の初心者~みたいな川柳もあったんじゃないかしら。
まあ、そんな庚申塚。

降りましたけどね。

線路沿いものどか。ところで2018年現在、都が荒川線の愛称を「さくらトラム」にして流行らせようとしてるんですけど、どう思います?
さくらトラム……?

駅前の庚申塚広場だって。広い場所。さくらトラム……。

駅前は庚申塚商栄会。ちなみにこの通りが旧中山道です。

ほら、いいでしょう。

コモディイイダもある。

ストライプとフォントサイズが合っている。

古い建物もある。看板建築と呼んでいいのかしら。

普段使いできる商店街で完全に住みやすさレベルが上がるやつ。

いい商店街は言うことないからはやいとこ抜けたい気分になる。

角にあるお店のカドヤ率をいつか調べたい。

ちなみにこの商店街の南はおばあちゃんの原宿こと地蔵通商店街と接続されています。にぎわいの連続。

地蔵通りと接続する交差点の一角に、それがあります。

庚申さんっていうと青面金剛が祀られていることが多いんですけど、ここは猿田彦大神です。
庚申信仰ってのは江戸時代流行ったやつで、人間の体内には三尸(さんし)という虫が住んでいて庚申の日に寝てる人間から抜け出して閻魔様のところへ行って宿主の悪事を報告する、だから庚申の日はみんなで徹夜して三尸が抜け出るのを防ぐ、みたいなやつです。行いを正すんじゃなくて三尸のじゃまをする、という発想がいいですね。そのうちみんなで徹夜で酒飲むほうが主になったとかいう話もあり、今ですとパリピに人気が出る信仰だと思います。
三尸を食べるのが青面金剛とされているので青面金剛が祀られていることが多いのですが、猿田彦大神のこともある。
これはどうやら「三尸に告げ口されたくない」→「見ざる言わざる聞かざる」→「猿」→「庚申も申(さる)」→「猿田彦大神!」という流れみたいです。
何その連想ゲーム。大丈夫?

荒川線は駅間が短いので歩けてしまう。ちょっと新庚申塚駅のほうへ歩いてます。
ここは「栄和通り」という名前。

特に何があるってわけでもない、半分住宅街やオフィスみたいな通りなんですけど、渋滞がすごい。これ、白山通りに出たい車たちです。

あ、でも、古い通りなのかな、材木屋があったり、

執拗にペンで何度も上書きする歯科医があったりする。

新庚申塚駅に着いた。庚申塚駅とあんまり変わらないな。「新」がついたくらい。
新しい庚申塚があるわけでもありません。

西巣鴨のときも見た白山通りに出た。向かいにニュー椿っていうビルがあるんですけど、これ銭湯です。昔は椿だったのかしら。

先ほどから歩いてる栄和通り、白山通りを横切ってまだ続くのですが、ここから名前が「お岩通り」になっている。
実はこの先の寺に、あの四谷怪談のお岩さんの墓があるからなんですけど、栄和(えいわ)からのお岩(おいわ)なの気になるよね。これ、昔はここも栄和通りで、誰かがふざけてお岩通りって呼んだのがはじまりなんじゃないかなあ。

さて、そんな怪談の主人公の名前がついた恐ろしい通りなんですけども、

半分くらい住宅街に変わっちゃってるんですけど、ちらほらお店は残っている。

んで、この妙行寺ってのがお岩さんの墓があるんですけど、お岩様の寺、とか書いてある。
墓ここですよアピールがすごい。そのうちお岩様まんじゅうを売り出しかねない。

お岩様墓所まで約80メートル。墓ここですよアピールがすごい。そのうち動く歩道を設置しかねない。
なんかここで急に面倒になったのでお岩さんの墓行かないですけど、それより「魚がし供養塔」「うなぎ供養塔」のほうが気になる。

魚がし供養塔は「魚がしで犠牲になった生類の供養塔」だそうです。寿司食ったあと、なんか肩が重いな~みたいなことありませんか? 赤貝の霊がべったり憑いているかもしれません。ここへお参りしましょう。

うなぎ供養塔は「都内全うなぎ商の菩提心により建てられた供養塔」との説明がある。うなぎ商の菩提心とか言って、魚がしのときよりも、ちょっとうなぎ商の扱いが良くない? なんで?

ちょっと路地に入ってみる。この辺は古い一軒家が多い。

ちっこい公園があった。

こうだったらいいな、みたいな理想が描かれていた。

現実。若干茶色っぽいけど、今冬ってこともありますし、小綺麗なほうだと思いますよ?
全国には、手入れに飽きてる公園いっぱいありますから。がんばっているほうだと思います。

第6コミュニティ広場っていうらしい。こんなのが6個もあるのか。

不連続面に私設したっぽい階段。いいよね。

あ、また広場。分かった、第5コミュニティ広場でしょ。

は?

井戸もあった。水湧いてるのかな。

路地が続く。

なんか知らんけど広い通りに出た。

武蔵野中学だって。

その向かいにめちゃくちゃ広い公園があって、「西ヶ原みんなの公園」って言うらしいんですけど、

まあ、都内でこんな広いスペースを公園にしてるのって大体なんかあるよね。何だろうって調べたら、

かつて東京外語大学があったところなんですね。外語大は2000年に府中市へ移転してます。そういや多摩のあたりで案内表示を見たな。

ちなみにもっと前、明治時代は火薬製造所でした。

しかし広いですよ。みんなの公園。広すぎる。

一番広いスペースの名前が「大きな芝生の広場」って。持て余してるだろ。

これはどういう状況だろう。自分でした糞が急に汚らわしいものに見えてきた、ということ?
穢れとは心が生み出すものであることが分かります。

このへんはお岩通りの流れかなあ。閉まってるお店がおおい。

なごやか王子。北区王子のことかもしれないけど、なごやか王子かあ。いいな。

実はもうすぐ荒川線の西ヶ原四丁目駅なんですよ。2駅歩いてしまった。
あのー、いつもは僕、降りた駅に戻ることにしてるんですけど、今日は2駅歩いちゃって帰る気力ないのでここで終わり。
賑やかな旧中山道と、白山通り渡った先のお岩通りと路地、このへんは静かで良いですね。なんというかねえ、生活してるんで放っておいてくれ、みたいな、そんな空気を感じる。特に言われたわけではないんだけども。今日そういえば古い一軒家が多いエリアばっかり歩いたので、そういう雰囲気もあるんだろうけど、山の手のギリギリ外側、というのはひとつあるだろうな、と思う。
このあたりから、外部から観光で訪れるひとは少なくなって、生活臭さみたいなのが前面に押し出されていくグラデーションの途中みたいな。
山の手のちょい外って面白いですよね。
そんなわけで、庚申塚でした。またねー。

普段だったら「そうだな」って思うけど、路面電車に言われるとあんまり説得力ないな。
都電荒川線の駅です。荒川線は言わずと知れた、都内で2つ残る路面電車の一つです。あと一つの東急世田谷線は専用軌道なので路面電車っぽくないのですが、荒川線は併用軌道(道路と併走)の区間があるので、完全なる路面電車です。

ただこのへんは専用軌道で踏切もあるので電車にしか見えないですけどね。
さて、庚申塚駅ですよ。ここはですねえ、その名の通り中山道の庚申塚がありましてな。

場所としては巣鴨と板橋宿の間。賑わってたそうですよ。ただねえ、ちょっと思うのは、江戸時代、中山道を旅するとしてね、賑わってる巣鴨・延命地蔵を後にして、板橋宿ってわりと歩いてすぐなんですよ。その間の庚申塚って、なんか、もう、おなかいっぱいだと思うんですけど、どうなんだろう。
延命地蔵か庚申さんかどっちかにしようかな、みたいな人は居たんじゃないかしら。両方行くのは旅の初心者~みたいな川柳もあったんじゃないかしら。
まあ、そんな庚申塚。
庚申塚駅前

降りましたけどね。

線路沿いものどか。ところで2018年現在、都が荒川線の愛称を「さくらトラム」にして流行らせようとしてるんですけど、どう思います?
さくらトラム……?

駅前の庚申塚広場だって。広い場所。さくらトラム……。

駅前は庚申塚商栄会。ちなみにこの通りが旧中山道です。

ほら、いいでしょう。

コモディイイダもある。

ストライプとフォントサイズが合っている。

古い建物もある。看板建築と呼んでいいのかしら。

普段使いできる商店街で完全に住みやすさレベルが上がるやつ。

いい商店街は言うことないからはやいとこ抜けたい気分になる。

角にあるお店のカドヤ率をいつか調べたい。

ちなみにこの商店街の南はおばあちゃんの原宿こと地蔵通商店街と接続されています。にぎわいの連続。

地蔵通りと接続する交差点の一角に、それがあります。

庚申さんっていうと青面金剛が祀られていることが多いんですけど、ここは猿田彦大神です。
庚申信仰ってのは江戸時代流行ったやつで、人間の体内には三尸(さんし)という虫が住んでいて庚申の日に寝てる人間から抜け出して閻魔様のところへ行って宿主の悪事を報告する、だから庚申の日はみんなで徹夜して三尸が抜け出るのを防ぐ、みたいなやつです。行いを正すんじゃなくて三尸のじゃまをする、という発想がいいですね。そのうちみんなで徹夜で酒飲むほうが主になったとかいう話もあり、今ですとパリピに人気が出る信仰だと思います。
三尸を食べるのが青面金剛とされているので青面金剛が祀られていることが多いのですが、猿田彦大神のこともある。
これはどうやら「三尸に告げ口されたくない」→「見ざる言わざる聞かざる」→「猿」→「庚申も申(さる)」→「猿田彦大神!」という流れみたいです。
何その連想ゲーム。大丈夫?
栄和通りを北へ行ってみる

荒川線は駅間が短いので歩けてしまう。ちょっと新庚申塚駅のほうへ歩いてます。
ここは「栄和通り」という名前。

特に何があるってわけでもない、半分住宅街やオフィスみたいな通りなんですけど、渋滞がすごい。これ、白山通りに出たい車たちです。

あ、でも、古い通りなのかな、材木屋があったり、

執拗にペンで何度も上書きする歯科医があったりする。

新庚申塚駅に着いた。庚申塚駅とあんまり変わらないな。「新」がついたくらい。
新しい庚申塚があるわけでもありません。

西巣鴨のときも見た白山通りに出た。向かいにニュー椿っていうビルがあるんですけど、これ銭湯です。昔は椿だったのかしら。
お岩通りとお岩さん

先ほどから歩いてる栄和通り、白山通りを横切ってまだ続くのですが、ここから名前が「お岩通り」になっている。
実はこの先の寺に、あの四谷怪談のお岩さんの墓があるからなんですけど、栄和(えいわ)からのお岩(おいわ)なの気になるよね。これ、昔はここも栄和通りで、誰かがふざけてお岩通りって呼んだのがはじまりなんじゃないかなあ。

さて、そんな怪談の主人公の名前がついた恐ろしい通りなんですけども、

半分くらい住宅街に変わっちゃってるんですけど、ちらほらお店は残っている。

んで、この妙行寺ってのがお岩さんの墓があるんですけど、お岩様の寺、とか書いてある。
墓ここですよアピールがすごい。そのうちお岩様まんじゅうを売り出しかねない。

お岩様墓所まで約80メートル。墓ここですよアピールがすごい。そのうち動く歩道を設置しかねない。
なんかここで急に面倒になったのでお岩さんの墓行かないですけど、それより「魚がし供養塔」「うなぎ供養塔」のほうが気になる。

魚がし供養塔は「魚がしで犠牲になった生類の供養塔」だそうです。寿司食ったあと、なんか肩が重いな~みたいなことありませんか? 赤貝の霊がべったり憑いているかもしれません。ここへお参りしましょう。

うなぎ供養塔は「都内全うなぎ商の菩提心により建てられた供養塔」との説明がある。うなぎ商の菩提心とか言って、魚がしのときよりも、ちょっとうなぎ商の扱いが良くない? なんで?

ちょっと路地に入ってみる。この辺は古い一軒家が多い。

ちっこい公園があった。

こうだったらいいな、みたいな理想が描かれていた。

現実。若干茶色っぽいけど、今冬ってこともありますし、小綺麗なほうだと思いますよ?
全国には、手入れに飽きてる公園いっぱいありますから。がんばっているほうだと思います。

第6コミュニティ広場っていうらしい。こんなのが6個もあるのか。

不連続面に私設したっぽい階段。いいよね。

あ、また広場。分かった、第5コミュニティ広場でしょ。

は?

井戸もあった。水湧いてるのかな。

路地が続く。

なんか知らんけど広い通りに出た。

武蔵野中学だって。

その向かいにめちゃくちゃ広い公園があって、「西ヶ原みんなの公園」って言うらしいんですけど、
まあ、都内でこんな広いスペースを公園にしてるのって大体なんかあるよね。何だろうって調べたら、

かつて東京外語大学があったところなんですね。外語大は2000年に府中市へ移転してます。そういや多摩のあたりで案内表示を見たな。

ちなみにもっと前、明治時代は火薬製造所でした。

しかし広いですよ。みんなの公園。広すぎる。

一番広いスペースの名前が「大きな芝生の広場」って。持て余してるだろ。

これはどういう状況だろう。自分でした糞が急に汚らわしいものに見えてきた、ということ?
穢れとは心が生み出すものであることが分かります。

このへんはお岩通りの流れかなあ。閉まってるお店がおおい。

なごやか王子。北区王子のことかもしれないけど、なごやか王子かあ。いいな。

実はもうすぐ荒川線の西ヶ原四丁目駅なんですよ。2駅歩いてしまった。
あのー、いつもは僕、降りた駅に戻ることにしてるんですけど、今日は2駅歩いちゃって帰る気力ないのでここで終わり。
雑感
庚申塚から荒川線に沿って栄和通り、お岩通り、西ヶ原あたりまで来ました。賑やかな旧中山道と、白山通り渡った先のお岩通りと路地、このへんは静かで良いですね。なんというかねえ、生活してるんで放っておいてくれ、みたいな、そんな空気を感じる。特に言われたわけではないんだけども。今日そういえば古い一軒家が多いエリアばっかり歩いたので、そういう雰囲気もあるんだろうけど、山の手のギリギリ外側、というのはひとつあるだろうな、と思う。
このあたりから、外部から観光で訪れるひとは少なくなって、生活臭さみたいなのが前面に押し出されていくグラデーションの途中みたいな。
山の手のちょい外って面白いですよね。
そんなわけで、庚申塚でした。またねー。
おまけ

普段だったら「そうだな」って思うけど、路面電車に言われるとあんまり説得力ないな。