町田で座る散歩会レポ

  • 更新日: 2026/02/05

町田で座る散歩会レポのアイキャッチ画像

彼らは知らない。このベンチには散歩者が集められているのだということを...

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ある日私は、海老名で路上ライブを観に行く会に参加していた。けれどもどうやら海老名の路上ライブは、夕方以降の時間帯はあまりライブが開催されていないようだった。さらに、よく調べると、そこに立つアーティストの路上ライブらしからぬ商業主義的な香りや、海老名駅前でライブをするためには申請と許可の必要があることなどを知った。そんな中、「僕の地元、きっとやってますよ、案内しますよ」と言い出した阿部優哉さんに連れられて、町田を訪れた。するとそこには本当に路上ライブがあった。そして、一番感動したところは、町田には路上に座る人がいっぱいいるということだった。私達が路上に座ってみることと、それが町から許されていることは、なんだかとても自由に感じられることだった。社会の決まり事や規制が和らいで、町に受け入れられたような、そこにある種のケアの関係を結べる可能性を見つけたようにも思えた。この町には、椅子では無いはずの段差やポール、柵などを利用して座る人の姿が頻繁に見かけられ、私達もまた大きな交差点の一隅のほんの僅かな段差に座り、コンビニで買った酒を乾杯して飲んだのだった。







どうしてこんなに町田には座る人の姿が多いのだろう?その理由は、1972年から町田市が「車椅子でも買い物を楽しめるまちづくり」に取り組んできたことにあるようだった。一見、良いことのようにも思えるが、「買い物を」のところがポイントで、それは商業主義に叶えられたバリアフリーという側面もあるのではないかとも思った。そして街中が”なぜか”座りやすく、多くの人々が座るこの繁華街の中で、かたや、キャッチだったり自分の体を売るために立っている人が沢山いることにも気がついた。座るという、私達が町に直接触れることのできる行為、そんな自由が許されるその一方で、人が商業主義に飲み込まれ、時にはその人自身が商品となる。そんな町田の二面性ーバリアフリーと違法風俗というテーマが浮かび上がり、2023年11月18日の17:30に町田で散歩会の開催があることをSNSで告知したところ、9名で一緒に歩くこととなった。また、この日は歩くだけではなく、町の至る所で”座って”みた。当日は阿部さんがコンダクターとなり、私達を夜の町田へ案内した。

集合場所は小田急の町田駅の改札内。それには確固たる理由が。



そう、改札内に、椅子があったのだ。ホームではなく、トイレ前や、改札機までの通路などにある。それはとても珍しいのではないかと私は思う。そして私が待ち合わせに着いた時には、なんと、ここに参加者が既に二人座っていた。駅の中は少し混んでいて、ここから初めて会う参加者を見つけるのは少し難しかった。人違いなんかもしてしまった。そうやって一人一人参加者を見つけ出しては、このベンチが空くたびに座らせてみた。すると、席が散歩の参加者で横一列全て埋まって、みんながちょっとニヤッとしている可愛らしい集合写真を撮ることが出来たのが、良い思い出になった。

マルイの方へ行くのだけれど、階段に出会ったら横にある車椅子ユーザー向けのスロープの道を通ってみる。今回の散歩ではバリアフリーのルートをなるべく通って歩いた。低い位置にも手すりが付いていて、それに手で触れながら歩いた。11月の夜のことで、手すりがひんやりとしている。

マルイに到着。商業施設はクリスマスに浮き足立って、人が多い。通路がそんなに広い間取りではないようにも感じる。そして、入り口からすぐのところに小さなフードコートスペースがある。そこにはいつも学生か、若い人たちが座っている。なんとこのマルイ、実は全てのフロアに「座る」ことのできるスペースがある。








この日はエレベーターを使って、4Fへ。



このフロアのエレベーター付近には、なぜだか絵本を通した交流コーナーがあるのだ。



付箋で感想を書けるようになっていたのだが、その付箋が無くなり、感想の交換が途絶えてしまっていることにリサーチの際に気づいたため、私は新しい付箋を用意し、皆さんに感想を書いてもらった。五味太郎の「きんぎょがにげた」の付箋を選んだのだけれど、今もまだあるのかな。椅子の利用者も多かったのと、まだ体が座り慣れていないからなのか、おおよそ立ち読みとなった。実はこのフロアには電動車椅子の充電スポットもある。

こんな風に、マルイを紹介して、駅前の広場(ペデストリアン・デッキ)へ向かう。この時、ワインの瓶が派手に落ちていて、ちからさんが「落として割っちゃったんですかね」と言うと阿部さんが「(瓶で誰かを)殴ってなきゃいいんですけどね」と心配そうに言ったらしい。




何とマルイの前にも椅子が用意されている。どことなく、駅周辺では車椅子ユーザーの姿をよく見かけるような気がする。電動車椅子のユーザーも少なくないが、まだ手動の人もいる。




町田駅のペデストリアンデッキに設置されたこの椅子に、ミソが真っ先にちょこっと腰掛けて、「高過ぎる!」と言う。これは車椅子ユーザー向けのカウンターテーブルだ。でも、ここに腰掛けている人も少なくはない。東京都が都心部での暑熱対策として開発した緑化コンテナの普及事業を利用して設置したもので、中央には木が生えている。

ここは駅周辺の中で最もライブ演奏をする人の多いスポットで、夜にはあちらこちらから音楽が聞こえてくる。

この日は仮面を付けたピエロがいて、マジックを見せようと観客を待っている。BGMはマジックといえばの、あのお馴染みの曲が聴こえて来る。するとミソが真っ先に駆け寄っていく。するとつられて七面猫さんも近づいていく。そしてしばらくはこのカウンターテーブルに腰掛け、遠巻きに見ていた私達も、立ち上がってじわりじわりと彼の側に近寄って行った。ミソが「わあ〜〜」と言いながら拍手をしたりして、楽しんでくれているのがなんだか嬉しかった。



マジックと、マジシャンの彼との交流を楽しんだら、手すりのある長い坂を降りて、繁華街の方へと私達は歩き出す。その先には今では学習センターや公民館となった109があるのだが、ここでは沢山の「席」とそこで勉強する沢山の学生の姿がある。町田駅周辺は繁華街であると同時に、学習塾も相当な数がある。




がらんとして殆ど空きテナントのPOPビルの広告に君臨するのは、圧巻の学習塾。(撮影者:ちからさん)




109の前にあるTWINSの階段(写真右)も座りスポットとなっている。




メインの通りの脇に逸れる道のいくつかに設置されているラウンドタイプの椅子。禁止事項が多く眠ることもできないだろうが、この場所での一休みが許されている。



座ってみるとわかるのだが、松が邪魔。座ると刺さっちゃう。



辻本さんがその奥の「希望写真館」に目を止めていた。(撮影者:辻本さん)




松の木の他に、後ろに小さな花が咲いているものもある。(撮影者:辻本さん)
辻本さんがこの竹の植木鉢に、そっと手で触れる。




仲見世通り商店街。闇市から発展し、未だその歴史の香りを残している。ここの入り口の小籠包は絶品で、美味しかったな。虹の看板が目印。ところで、こんな言葉が田中純の『都市の詩学』の中にある。

”虹の立つところに市をたてる慣習が古代に存在したことが示すように、チマタは天界の雷神との「交通」の場所でもあった。”







鶴見とも雰囲気は近い。夜だからなのか、シャッターが降りている店舗も多い。

この商店街を抜けた先にあるぽっぽ町田は阿部さんのお気に入りスポット。



建物前にピロティと広場があり、木製のベンチには年号とその歴史が刻まれていたりする(のだが、何の歴史を刻んだものであるかは忘れてしまった)。お祭りの時はお神輿がいたりするそうだ。

さらに進むとゲーセン、アニメやゲームに関係した店舗、ブックオフのオレンジの旗が下がっている。古着などをはじめとする「買取」の文字も多い。ここではよくガールズバーの女の子たちが立ってビラを配っており、この日も私はビラを受け取った。すると「お姉さん可愛い!」と褒めてくれる。





チェーン店なのに、まるでずっと昔からあるような雰囲気のある光景。腰掛けながら話す人々。




町田の泉に着いた。ネットの情報だと2020年頃まではここに水が張られていて、金魚が泳いでいたらしいと言うのだが、阿部さんの記憶の中ではずっとカラカラだと言う。民間交番がかつてここに花を飾り、園芸をしていたという記録が、TwitterやInstagramに確認できた。しかし、民間交番は今日もシャッターが閉まっている。かつて祭りや夜の治安をボランティアで守っていたのではないか?と阿部さんは言った。現在調べてみると、この場所は2024年6月28日に閉鎖となったというニュース記事を見つけた。2004年にこの場所は誕生し、地域住民との共同でのパトロールをして治安悪化を防ぐ目的で設立された。町田市シルバー人材センターの会員が常駐し、道案内などもしていたのだという。2025年現在は建て替えを行い、町案内所と軽飲食のテイクアウト販売を行う「町田駅前交流拠点はっとまちだ」に生まれ変わっている。


(撮影者:辻本さん)

大手パチンコ屋さん、カラオケ館と続く繁華街。




この先にあるマクドナルドはなんと「円マック」と呼ばれる「平和相互銀行」の跡地だ。



このマック、夜には行き場を無くした人にとっての居場所にもなっているようだ。入るとなんだかとてもムッとしていた覚えがある。人の匂いと体温が充満しているのだ。(撮影者:ちからさん)


ここは大きな十字路になっていて、人が行き交う様子がよく感じられる。



大きな十字路に座り、この土地にまつわる(かもしれない)話を皆で囁いて伝言ゲームしてみた。



伝言したのはこんな内容だ。田中純の『都市の詩学』第五章「チマタのエロティシズム」の情景は町田と重なるように思えた。そのため、その本の内容を以下のように伝えた。

夕暮れ時、
帳(とばり)が降りると、
黄昏が 「誰そ彼」
という様に、
雑踏の人びと
ひとりひとりの顔は
判別できなくなる。

古来日本では
この「誰そ彼」の状態で
夕占(ゆうけ)という
道行く人の言葉を
もとにした占いがありました。

夕食時に
「フナドサヘ
夕占の神物問はば
道行く人よ
占まさにせよ」
と三度唱え、
その後、チマタで一定の土地を区切って
米を撒き、
櫛の歯を鳴らす。
そのうえで、
そこに通りかかるひとの言葉で
吉凶を占う。

「フナド」
「サヘ」
はいずれも
境界の精霊ないし神です。

見知らぬ人々が集まる場所で、
自他の区別が定かでない薄明の中、
匿名化した者たちの言葉や気配を感じること
それが夕占という占いでした。

チマタは
異質な他者や共同体へ開かれた
「交通」の場所です。

それは、
共同体をはみ出ておこなわれる
歌垣という
性的な男女の解放の場所でした。
それは辻芸から大道芸につながり、
芸能誕生の舞台となります。

虹の立つところに
市を立てる慣習が
古代に存在したことが示すように、
チマタは
天界の雷神との
「交通」の場所です。

異なる共同体同士が争い合う
戦争の舞台でもあり、

橘をはじめとする
聖なる樹木が植えられ、
神事(しんじ)・儀礼や刑罰がおこなわれて、
罪・穢れを祓い清める場という役割も果たしていた。

古代から中世にかけて、
市の立つ場所は
しばしば埋葬地と重なっており、
葬式のおこなわれる土地でもあった。

…と、言いますが、さてどこからどこまでが本当のことでしょうか。



「こんな人がいる必要があるのか、っていうくらい人がいるね」と辻本さんが呟く。




この手前のところなんかも座れるなあ、なんて思いながら進んだ。




その先にあるのは、ここがかつて絹の道(シルクロード)であったことを示す石碑だ。ちなみにこの広場スペース、移民のコミュニティと思わしき人々が時折ずらりと座っていることもあって、独特の雰囲気がある。彼らがいない日にも、喫煙者の姿があって自由を感じる。また、この公園では、昼間のリサーチ時には車よけを使って腕のストレッチをする車椅子ユーザーの姿も見られた。みんながそれぞれ伸び伸びとしている。




この公園に入るところの段差がスロープになっている。




公園内の、座りの像。

ここを少し散策し、再び繁華街へ。




そして私たちは新宿屋ビルの丸いオブジェに腰掛けた。丁度人数分あった。目の前すぐを車が通り抜けるので、座る時は足を出さないように注意。




ここに座ったのはこのずらりと並んだ自販機を眺めるためだった。ここは丁度繁華街と、薬局や保育園のある住宅地の分かれ目。この自販機にはタクシーから降りる水商売風の女性から、黒服の男性、居酒屋の店員さんといった人々だけでなく、予備校生や子連れの近隣住民がこの自販機を一緒に利用している。そんな人間模様を見つめる試みだ。「私も買います!」とミソが元気よく買いに行く。「緑茶と〜、ジュース...」私はそんなミソの様子を見て、「寒いよ」とツッコミを入れる。

この出来事について、ちあきさんはこんな風に後日教えてくれた。

「自動販売機の前の椅子のようなものに座った場面でのことです。皆んなで何か自動販売機に来て買う人を観察しようとなったのですが、どのような人が何を買いに来るのかという視点で、町田のある面を知っていく体験は私にはあまりなかった体験で新鮮でした。また、それは”座る”という行為が、ゆっくり観察するというきっかけになっているような感じもして。”立つ”という行為だった時に、同じような視点で自動販売機に買いに来る人を観察できていたのだろうか、そんなことを帰宅した後に考えたりしました。"立つ"という行為はどこに立っていたらいいのか分からなくなりそうですし、立ち止まることに不安を抱いてしまうような気がします。対して、座るということは座る場所があることによって、ある種の安心感と言いますか、自分の空間が守られているような気がして、その守られた空間の中で、街を観察してみるとはどういうことなのかなとふと思いました。」

ちからさん、辻本さんも気づけばコーヒー缶を手にしている。この日は自販機で何かを買う人は私達だけだったのだが、それでも実に様々な人が行き交っていた。



その先には、阿部さんの気になっている、ロープに貼られた座りスポットが。ここは一見、座ってはいけないような気がするが、ロープを貼ってそれとなく人を座らせたくないだけでロープには入るための隙間もあって、座ることができた。ただ、その後ろのフェンスが立ち入り禁止、煙草禁止などといった禁止ばかりしているため、何となく座り心地が悪い。見える景色もこれといった特徴の無い車道だ。




この写真の左側は居酒屋で、この窓辺にも座れそうだなあ、なんて通る度に思っていた。この日は少し寒くて、中は温かそう。




みんな何気なく歩いているのだけれど、ここは実は緩やかなスロープになっている。





この些細な段差のために作られたスロープだ。七面猫さんが足でその感触を確認している。ここはまだ東急ハンズなどのある駅前の辺り。




夜遅くまで座る人の姿。ここから、ドンキホーテの辺りまで歩いて、右に逸れると、少し薄暗い、バーなどがある道に出る。




データが破損してしまい、これが目一杯だが、ここがもう一つの町田の商業主義を垣間見ることのできる入り口となっている。写真で写したかったのは性風俗店の看板だ。




ここへ来て、この日唯一の階段へ。スロープも手すりもあるものの、その二つが併設されていないため、恐らく車椅子ユーザーが下るにはふさわしくない状況。




さらにその先には障害物。

この地下道を上ったところの地図を、ふと辻本さんが見つめていた。現在地を確認したいのかもしれない。実はこの日のここまでのルートは町田駅周辺をぐるぐると回っている...。




奇怪な壁に感じる。サッカーをしている男の子と、それを見守る観客の壁。観客の姿はカラフルなのに、亡霊のようでもある。この頃特に、スポーツという演劇と、散歩という運動的なジャンルでありながらも勝敗のつかないもの、プロパガンダになりえない、役に立たないものにこそ解体しうる演劇というものを考えていたので、何だか印象に残る風景だった。(撮影者:辻本さん)



(撮影者:ちからさん)

先ほどの商業施設と繁華街の町田も充分に怪しげだったが、こちら側の町田にあるのはヨドバシカメラだけでその他はラブホテルばかり。先程の民間交番前の”町田の泉”は枯れていたのに、ラブホテルの泉は轟轟と勢いがあった。私たちがこの泉を眺めている間にも、その横を客引きされた男性と女性のカップルが通って行く。この辺りは特に立ちんぼが多いエリアだ。



(撮影者:ちからさん)

かつて町田には田んぼと呼ばれる青線の私娼街があり、2006年に市民との連携によって撲滅された。特に町田(=東京都)と相模原市(=神奈川県)の県境(境川)の橋を行き来するような形で、警察の追ってから逃げる人の姿があったというのだ。しかし、店で働けなくなってしまった女性は立ちんぼとなり、その習慣が2023年(当時)も続いていた。外国籍の女性が立っていることが多いという。誰もが道端に座るこの町の中で、彼女達は座ることができない。そして集団である私たちが通った時、彼女達は警戒してすぐにホテルの影に身を潜めた。だから当日は彼女達の姿を見つけることは参加者にとっては難しかった。




その先にまた、無人の交番があった。ここは安心安全ステーションと名付けられた民間交番で、市民と行政が手を組み設置された。しかしいつリサーチに来ても、常に無人。すぐ隣のビルの前にはいつでも屈強そうな用心棒が立っており、黒い車が道路脇についている。その車の中には若い地雷系の女の子が...。このエリアをリサーチする時、地元住民である阿部さんは足を踏み入れたがらなかった。




川沿いを歩く。堺川の両側は団地などをはじめとした集合住宅街となっており、昼間に歩けば野鳥の姿が豊富でとてものどやかだ。元々この辺りは地主によって栽培されたさつまいもの澱粉工場があったのだという。



(撮影者:ちからさん)

この時のことについて、七面猫さんはこんな風に後日教えてくれた。

「急に人気もなくなって暗くもなったエリアを抜けて(ある意味ホッとして)川沿いの一本道を一団となって歩いてた時、最初にマルイだっけ?デパートとか繁華街とかを案内されて歩いてた時みたいな、コンダクター(側)とツアーの参加者って感じはすっかり無くなっていて、それぞれが好きな話なんかしながらで、あの時、皆でピクニックしてるみたいな雰囲気になっていた、あの辺りでそんなふうに僕は感じてた、川沿いを、けっこうまっすぐ延々と、歩くってのが何かそんな気持ちを起こすことに作用をしたのかも、とかも思ったり。」

たしかに、この後に歩道を渡る時、危ないよと辻本さんが声をかけてくれたのをどことなく覚えている。七面猫さんが言うように、川を進み続ける時間が、集団の心を繋いでくれたのかもしれない。そんなところで、橋をもう一度渡り、川沿いから住宅地へ。




柵の低い妙な公園に、ポツンと一人用のブランコがある。趣深いので、皆がそれを見つめる。するとちからさんがこのブランコを穏やかに漕いだ。そういえばブランコもまた”座って”漕ぐものだ。ちからさん曰く、「黒澤明の『生きる』を思い出しました。いのち短し恋せよ少女のやつです」とのこと。(撮影者:ちからさん)




そのすぐ先に手すりのついたトンネル。この手すり、触ると何だかとても埃っぽかった。(撮影者:ちからさん)




町田市役所に、裏手側から到着。




座れる・・・かも・・・



みんなで座れる




市役所前に椅子がある。親切に光っている。(但し、この椅子で眠ることは難しそう)




市役所内のミニストップで、ほっと一息ついたのだが、この時間になると飲食スペースに立ち入れず、立ったままコーヒーやホットスナックを食べる。




市役所に併設された広場には、そこをぐるりと囲むように手すりがついている。私達はそこに腰掛けて、十字路を見つめてみた。ここを走るのは、町田の交通の要・かなちゅうバスだ。(町田市=東京都であるにも関わらず、神奈川県=”かな”ちゅう)町田駅からこのバスで、人々は自分のそれぞれの住むところへ帰っていくのだと言う。ここで皆で腰掛けていると、こんな声が聞こえてきた。

「ソウルだと、本当に見えないんですよ。障害のある人。精神障害の人もそうだし、車椅子の人も...」

「本当に車椅子の人をよく見た。カナダだと。日本に帰ってきて、一人で、車椅子で街中を走っている人が町にいないなって思ったんですよ。元々の真っ平な土地というのもあるんだろうけれど...」

気づくとあっという間に15分程経っている。




七面猫さんはこの緩やかな坂の黄色い点字ブロックの道を見つめ、そこに見えない人々にとってどんな世界が広がっているのか考えていたそうだ。

このタイミングで、びねつさんがホームパイを配ってくれる。私達はこの広場にいて、互いの考えていることを話し合った。行きましょうか、と声をかけた時、何だか皆の心が温まった様子に感じられた。




尖っているけれど、座ってみる




階段に座る人、不動産の物件情報を見つめる人




階段の横の鋭利な滑り台のような部分に着目する人(撮影者:ちあきさん)




いい落書きを見つける人




駅の方に再び戻り、排除アートに皆で座ってみる。ポイ捨てが多く、恐らく溜まり場となっているのだろうけれど、ここは屋根がある場所なので、ホームレスを寝かせないためのオブジェなのだろう。



もう一箇所。こちらは建物の敷地内。




そして再びペデストリアンデッキへ。スロープの先にあるこのエレベーターは、0.5階分を補完するためだけにあった。

約四時間の散歩を終えて駅前に戻ると、そこには冒頭に出会ったマジシャンの彼が、仮面を外して友達数名と一緒にいるところに遭遇した。想像以上に若い青年だった。パフォーマンスをするのは一人だけれど、実は友達同士が寄り添ってサポートをしていたんだということが何だか忘れられない。その時のことを、ちからさんはこんな風に後日教えてくれた。

「座る、という行為を通して、町(行政?)の寛容度・包容力を知ると同時に、立って働かざるを得ない人たちに想いを馳せることにもなりました。考えてみれば、あの駅前のトランプの青年も、4時間ずっと立っていたのかもしれませんね。町田を訪れないかぎり自分の人生とはまったく交わらないであろう(ほんとに?)という人たちのことを見て、その人生に多少なりとも想いを馳せる時間が、何度かあったように思います。」

ちからさんは再会に喜んで、その時に彼のInstagramをフォローしていた。男の子はとても喜んでくれた。


(撮影者:ちからさん)

散歩会の終わりにはタイ料理屋へ。民族料理屋はその土地の移民のセーフティネットになることもあるそうだ。この散歩は冬の始まる直前の夜の時間だったから、温かなスープがとても美味しかった。

撮影協力:吉川日奈子







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ゆれる木

散歩会をあちらこちらで開催しています。ケアとアートを散歩で結んだり解いたりすることが目標。

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