野良庭散歩5

  • 更新日: 2021/11/18

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都会の野良庭(新宿御苑外周編)

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もう二年近く、長めの電車移動も都心へ出かけることも控えてきた。でも、そろそろいいかなと思い立ち、新宿へやってきた。こんな大都会にだってきっと野良庭はあるはずだ。私は散歩へ出ることにした。
空は薄曇りで、秋物のコートを羽織る私には空気がぬるく感じられた。東南口を出て甲州街道沿いの坂道を下っていく。厚底靴を履いた肌の露出多めの女性や、手をつないで歩く若いカップルなど、久しぶりに見かける気がする。しかし、歩き始めて数分で、何だか不安になってくる。道がとても綺麗なのだ。植え込みが時々あっても、しっかり管理されていて自由な植物は見当たらない。せめて木や土や多いところの周辺を散策しようと、新宿御苑の外周を回ることに決める。



早速植え込みが元気になってきた。生命力の強いランタナが花壇を覆い尽くすように茂り、花と実をつけている。房になった実が可愛らしくて子供の頃作ったビーズの玉飾りを思い出す。この実には甘みがあるが、種には毒があるらしい。




やたらと大きく育った葉が歩道まで飛び出している。枯葉もワイルドでかっこいい。ハマユウだろうか?花が咲いていないから判別がつかない。隣に植えられている赤いサザンカと白いハマユウが同じ時期に咲いていたら綺麗だろうなと想像する。




都会といえばアイビー、と私は勝手に認識している。そのくらい、ビルや店舗でよく見かける。アイビーは耐陰性があり繁殖力も旺盛で、しかもつる性なものだからどんどん広がる。ビルの花壇から溢れ出すこのアイビーも、最初は他の植物たちと一緒に植えられていたのかもしれない。




別の植え込みでは紫の蝶のような葉が特徴的なオキザリス・トリアングラリスがアイビーに押し出されながらも存在を主張していた。難しい名前だがカタバミの仲間らしい。確かに花を見ればそうとわかる。「紫の舞」という和名が美しい。




土の無いところまで広がっていく元気なマンネングサ。ここに生えているのはきっと意図的に植えられた園芸種なのだろうが、マンネングサの仲間には在来種も多い。気候的に繁栄しやすいのかもしれない。多肉植物の在来種は日本では珍しいので、多肉植物好きな私としては、見かけるたびに嬉しくなってしまう。




植え込みが点々と続く甲州街道沿いの歩道から離れ、今度は千駄ヶ谷方面に向かって歩く。しばらくは小綺麗なビルばかりで野良庭に出会えなかったが、そんな場所でもコケたちはたくましく生きていた。しゃがみ込んでコケの表面をよく見てみると鱗のような凹凸がある。おそらくジャゴケ(蛇苔)だろう。乾燥に弱いこのコケにとってビルとビルの間の一日中日陰になっているこの場所は生きやすいのかもしれない。だが彼らも元々は、空を覆うほど密集した木々の葉の下で生きていたはずだ。都会を揶揄する言葉だが、コンクリートジャングルとはよく言ったものだ、と思う。
私が野良庭を好きな理由のひとつに、生命力を感じられる、という点がある。植物の生命力は、本来の生息地に赴いて感じるのが一番かもしれない。でも私は、人間の作った文明の中でひっそりと、あるいは強かに、時には人工物を覆い尽くす勢いではびこっている植物を見るのが好きだ。昔から、SF作品の中に度々登場する『文明の滅んだ都市に栄える植物たち』の描写が大好きだった。どんなにその勢力を誇ったところで人間も動物の一種で、自然に触れたい気持ちは必ずどこかにあるし、便利な生活のために自然を壊し続けていることに罪悪感を感じているのではないか。だからそんな描写に癒されるのだ。同時に、自然の強さを再認識し畏れ敬う気持ちも蘇ってくる。野良庭は、身近にありながら、私のSF的願望を叶えてくれる場所でもある。




大きい通りから、より御苑に近い住宅地に入っていく。小さな神社を見つけて足を止めると、石碑の台座に置かれた鉢植えに多肉植物の「十二の巻」が溢れんばかりに育っていた。降りかかった落ち葉や居候の雑草もいい味を出している。鳥居の向こうには野良にしてはがっしりとした体型の、きれいな猫がうろついていた。




ここから千駄ヶ谷駅まではゆるやかな下り坂になっている。名前が示す通り「谷」の地形なのだろう。神社と歩道の1.5メートルほどの段差にツタが這っている。葉のない部分は誰かにちぎり取られたのだろうか?茎と吸盤がむき出しなっていて寒々しい。




家と家の隙間から溢れ出す緑。もっとこういう場所を見つけたかったけれど、新宿では難しいのかもしれない。この先に魅力的な坂道があり下ってみたが、すぐに行き止まりになってしまった。宅地の少なさを実感する。




御苑と道路の段差である石壁。隙間から芽吹くカタバミたちが健気。ほんの少しの土と水分で、彼らは生きていけるのだなあと感心する。どんな都会にも土があり水があり風がある。




少しでも環境が良ければ花を咲かせランナーを伸ばす。こんなに可憐なのにこんなに強い。住宅地が終わり、また大通りに出る。小川を越え交番を横切り、立派なマンションを通過したあたりで空が晴れてきた。私はコートを脱いで鞄につっこみ、ペットボトルの水を飲んでまた歩き出す。




高架下にも植物があった。少ない養分と日光で、その分誰にも邪魔されず生きている。高架下を抜けて少しいくと千駄ヶ谷駅に着いた。人々で賑わう昼時の駅前を足早に抜け、その先の高架をくぐって御苑の外周へと戻る。




御苑と道路の段差にツワブキが満開だ。葉はフキに似ているがキク科の植物で、黄色い花が愛らしい。辺りには散り始めた白いサザンカの花びらがたくさん落ちていた。




柵越しに見える御苑の内側にもたくさんのツワブキが咲いていた。こぼれ種で増えるのだろうか。彼らにとってはどうでもいいことだろうが、柵の内側と外側、どちらが居心地が良いのか考えてしまった。管理された自然と管理された都会の対比。そういうことを自分にも当てはめてぐるぐる考え出した頃元の甲州街道へ出て、新宿御苑の外周一周の散歩は終わった。今度はまた別の都会で力強い野良庭を探したい。




最後までご覧下さりありがとうございました。これからは寒くなる一方ですね。風邪などひきませんように。ビル街の花壇に寄り添うように咲いていたサフランをどうぞ。







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末埼鳩

少し奇妙な物語やエッセイを書きます。庭を逃れた野良植物の写真を撮るのが好きです。

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