野良庭散歩8

  • 更新日: 2022/04/21

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春の野良庭(善福寺公園へ続く道)


今年も桜が咲いた。セーターがいらないくらい温かくなったと思ったらダウンを着たくなるほど寒い日が続く。毎年のことなのに、この時期の気候には振り回されてしまう。今朝は晴れて暖かい。数日前から天気予報を確認し、こんな日が来ることを待っていた。私は散歩に出ることにした。今日は近所ではなく電車に乗って西荻窪へ向かう。善福寺公園の桜がきっと見ごろのはずだ。
最寄り駅へ向かう道中のソメイヨシノも満開だったが、私の意識はどうしても地面や壁に向いてしまう。だって春がきたのだから。真冬の野良庭探しが堪えたのか、例年より暖かくなるのを心待ちにしていた気がする。春になってしまえば、生き生きとした野良庭が探す必要もないくらい次々と目に飛び込んでくる。こんなこと、嬉しくならずにいられない。




道路沿いのコンクリート擁壁の上に土がむき出しになっていた。そこには毛だらけの葉の見慣れない植物が茂っていて、紫の可憐な花をつけている。キランソウというらしい。野草の名前を調べ始めたのが去年の初夏だから、春の植物についてはまだまだ知らないことだらけのようだ。




擁壁のひび割れにもキランソウが。もう一種はなんだろう。白い小さな花が咲いている。それぞれ違った色合いの緑がコンクリートの灰色に彩りを与えている。




少し先の継ぎ目部分には別の草が生えていた。ヒントが少なすぎて私には名前がわからないが、青みがかった涼やかな緑がきれいだと思う。




最寄り駅から電車に乗り、西荻窪の駅に着いた。賑やかな駅前を抜けて住宅地に入ると、早速素敵な塀と植物に出会った。これはもしかしてバラだろうか?バラには繊細なイメージがあるが、根付いた場所では強いのかもしれない。どんな花が咲くのだろう。




道路に敷かれた段差プレートの穴のひとつひとつに草が生えている。小さな鉢植えが並んでいるようで可愛らしい。草の集合住宅だ。




ぺんぺん草ことナズナ。こういう場所に生えている草をよく見かける。角というのは継ぎ目が多いから隙間ができやすいのだろうか。最近は植物のことだけでなく、街の成り立ちや土木建築についても興味が湧いてきた。このようにして、図書館で立ち寄る棚が増えてゆく。




春といえばタンポポ。黄色くて丸くて、なんて愛らしいのだろう。茎が短いのは寒さに耐えてきた証拠だ。それを思うと、さらに可愛く見えてしまう。




まだ花のないホトケノザ。砕けたコンクリートの隙間から抜け目なく生えてくる逞しさがたまらない。




野良庭散歩ではおなじみのカタバミ。レンガの風合いによく似合っている。心なしか葉がつやつやしているのは、大きく育つタイプだからかもしれない。後ろのひび割れから出ている小さなミチタネツケバナも感じが良い。




見慣れない色鮮やかさの花壇を見つけた。多肉植物のセダムがこんもり茂って黄色い花を咲かせている。寒さに当たったため葉先が薄赤く紅葉しており、そのコントラストがなんとも不思議だ。




年間通して見かけるツタバウンランも真冬には姿を消していた。妖精のように可憐な小さな花にまた会えたことが嬉しい。この花、見た目とは裏腹に、勢力拡大の意志がすごい。ツタを伸ばし広がって行こうとしているのをあちこちの路上で見かけた。




こちらもおなじみのドクダミ。寒さに当たったのかいつもより肉厚で赤みがあり、何だかおどろおどろしい。今年もきっと日陰の王者として強かに茂っていくことだろう。




ミチタネツケバナとタンポポが並び、その上にカタバミが生えている。野良庭にもこのような「寄せ植え」があって、組み合わせが面白い。見つけると嬉しくなってしまう。




壁沿いの低い位置にボケの花が満開だった。赤より朱という感じの独特な色をした丸い花びらが可愛らしい。ボケといえばトゲトゲのイメージだったが、これはトゲのない種類のようだ。昔住んでいた家の庭にあったボケは触れることすらできないくらい鋭いトゲに覆われていた。




アパートの窓の下にコンクリートでできた溝があった。何かわからない装置と日陰が得意なヒメツルソバがコラボレーションしている。人工物と植物の混ざり方が好ましく、興奮してしまう。




柔らかそうな葉の植物が等間隔に並んでいる。なんだか美味しそうだし、まるで畑のようだ。レンガの仕切りもいい味を出している。この辺りの住宅地はいつ来ても素晴らしい。こだわりのありそうな立派な邸宅と手入れされた庭をたくさん見ることができ、「それなのに」と言うべきか「だからこそ」なのか、野良庭も充実している。きれいで完璧なだけではない魅力がこの町にはある。実際のところはわからないが、古いもの・はぐれたものと共存する大らかさを感じ取って、私は勝手に癒される。
私が自覚的に住宅地を歩くようになったのは高校生の頃。学校帰りに自分と関わりのない住宅地に入り込んでその中をゆっくりと歩くのが好きだった。平日の午後の、歩く人のない静かな住宅地。薄く聞こえてくるテレビの音、赤ちゃんの泣き声、カナリヤのさえずり。花壇で咲いているきれいな花や時々遠くを横切っていく猫などに目をやりながら、迷子になりそうな少し不安な気持ちを抱いて歩くことが楽しかった。人間関係のない場所で、他人の生活感を味わうことに安らぎを感じていたのかもしれない。幼い頃から散歩は好きだったが、その頃よりも意識が人間に向いていた気がする。ひたすらに保護されていた子供時代から少しずつ自立していく過程で、自分が「一人の人間であること」を納得しようとしていたのではないかと、今は思う。多分、変わっていく立場と心を擦り合わせるために、知らない住宅地を歩くことが私には必要だった。




ホトケノザ、マンネングサ、マツバギクなどが長い塀に沿って元気に茂っていた。よほど居心地がいいのだろう。こんなに多くの種類が生き生きとした状態で集まっている場所は珍しい。




道端に突然現れたヘビイチゴ畑。土もないのに、1メートルを超える範囲に渡って群生していた。黄色い花が愛らしい。そのうちチクチクした赤い実をつけるのだろう。




民家の壁の間から姿を覗かせていたのはオオアラセイトウ。特徴的な4枚の花びらの淡い紫が美しい。葉もひらひらと波打っておりどこか気品を感じる。




善福寺公園に到着した。桜はちょうど満開で、立派なカメラを構えて写真を撮っている人が何人もいる。シートを敷いての宴会は禁止されていたが、ベンチに座って少人数でお花見を楽しんでいる方は多かった。




桜の根本にタチツボスミレが咲いていた。この春やたらとこの花を見かける気がする。私が去年より地面をよく見るようになったからなのか、それとも昆虫のように、花にも大発生する年があったりするのだろうか。




そばにはヒメリュウキンカが鮮やかな黄色い花を咲かせていた。耐陰性がありそうな濃い緑の葉との対比で、花自体が光っているように見える。




ベンチから池を眺めながら休憩し、再び歩き出した直後ヘビに出会った。立派なアオダイショウだ。日向ぼっこをしていたようだが見られているとくつろげないのか木の根元にゆっくりと戻っていった。動いているしっぽの方にそっと触れてみると、とても柔らかくて驚いた。




池には人の立ち入れない中州があり、そこには背の高い草が茂っていて水鳥の落ち着く場所になっているようだ。コサギがのんびりと羽繕いをしているのが草の隙間からちらちら見えた。




日本人は水と桜の組み合わせが大好きなのだなとつくづく思う。もちろん私も例外ではない。池にはカルガモとバンと大きなコイたちがゆったりと泳いでいる。高い木の上では外来種のワカケホンセイインコがいかにも南国らしい甲高い声で鳴いていた。どんな年でも季節は巡る。2022年も生き物たちが動き出した。そんなことを感じられる長閑さに私は深く感謝する。




ご覧頂きありがとうございました。公園の外にオオアラセイトウの群生を見つけたのでおすそ分けです。この4枚の花弁が蝶になって一斉にはためくところを想像します。みなさんの平穏と、世界の平和を願います。







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末埼鳩

少し奇妙な物語やエッセイを書きます。庭を逃れた野良植物の写真を撮るのが好きです。

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