国道16号線全部歩いてみた - エピソード1 「相模原」

  • 更新日: 2019/07/18

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相模原の国道。ガチ。

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前回のまとめ

ぼくたちは東京近郊部をぐるりと一周する東京環状線、別名国道16号線251キロメートルをすべて歩く、という壮大な計画のもと、さっそく小田急相模原に降り立った。
しかし、小田急相模原から国道16号線へは、はるか10キロを超える道のりがはだかっていた。相模原と小田急相模原はあまりにも遠かったのである。国道16号線を歩くはずが、県道51号線へ。その長い道のりを歩きながら国道16号線への期待は日増しに高まっていく。
そしてとうとう、国道16号線にぼくたちは降り立ったのであった。


国道16号線全部歩いてみた-エピソード1「相模原 あるいは国道16号線は“なに”を隠すのか」

というわけでぼくはやっとの思いで、国道16号線にたどり着いた。駅名で言えばJR小田急相模大野駅の近くである。県道51号線と国道16号線の交点から16号線の方へ歩きはじめる。さっそく目に入ってきたのはいかにも「ザ・ロードサイド」な風景。



大型チェーン。



大型チェーン。



大型チェーン。

ぼくは都内に住んでいるし、車も持っていないからこういう風景はほとんど見ない。だからなのか、こういう風景は、むしろ新鮮に感じる。ひとりで少しばかり興奮しながら歩を進める。前回書いたみたいに、やはり看板たちはでかい。国道16号線が(というよりも、国道というのはそういうものなのかもしれないが)車のために作られた道路であることを思い知らされる。そんな道路を、ぼくは、いま、小さな歩幅で歩いている。ちょっと痛快ではないか。車では見過ごしてしまいそうな小さな風景までじっくりと好きなだけ見られるのである。車からの風景よりも、ずいぶんと得をしている。



ほら、こんなに美しい山々の風景まで。くら寿司と山のツーショットなんてなかなか見られないだろう。


畑は左車線に、山も左車線に

ぼくは国道16号線を相模原に向かって北上している。なりゆきで左車線をずっと歩いているのだが、山々の風景は左車線を歩いている方がよく見える。左車線側に山々がそびえたっているからだ。そこで気が付いたことがある。

どうにもぼくが歩いている左車線は畑が多いのである。

もちろん、ここはロードサイドとはいっても一歩歩けば「田舎」と俗に言われるような田園地帯が広がる地域。畑が目についても、なんら不思議ではない。しかし、ぼくがわざわざ「畑が多い」といったのには理由がある。

国道16号線の左車線にだけ畑が多くあるのである。

いくつか写真を見てみよう。
例えばこれ。




ぼくが歩いている方向から国道16号線を撮影した一枚だ。

左側に畑、右側には建物が立ち並ぶ。
これはほとんど信じがたいことかもしれないが、ほんとうに左側にだけ畑が並んでいるのである。



そういえば、山々がそびえたっていたのもまた左側である。

なぜ左側にだけ畑や山があるのだろうか?

もちろん、まだこれは数キロ歩いただけの感想であるから、左側にだけ畑や山がある、と断定するのは無理があるが、さしあたって16号線最初の感想としてこれを記しておくことにしよう。まだまだ16号線は続いていく。歩き続けよう。


相模原には森がある。

まだまだ歩き続ける。しかしほんとうに驚くほど延々と同じ風景が続いている。中古車センター、ブックオフ、ファミレス、マック……。







とそろそろ飽き飽きしてきたぞ、というところでぼくの目に入ってきたものが、











森。


見まごうことなき森である。そしてまたもや、この森は左車線にあるのだ。畑や山に通ずる「自然」が左車線に存在することに驚く。右車線はなんの変哲もないロードサイド感(都会感?)を醸し出しているのに、左車線には緑豊かな森がある。前項でも見たとおり、明らかに右車線と左車線はなんらかの差がある。
ちょっと森の中に入ってみよう。



突如として16号線沿いの車の轟音が消え、いや、森の木々に吸い込まれ、静寂が広がってくる。少し入っただけなのに、驚くほど雰囲気が変わる。これも左車線のなせる業か。




奥へとずっと入っていくともはやここは樹海?と思わんばかりの茂り具合だ。樹海、なんて不吉な形容をしてみたのは、そう言ってみたくなるほど、ここには日中なのに暗くて、ひとが誰もいなくて、木が荒れ放題になっていて、道の整備も粗いからだ。

都心のすこししゃれた施設には「緑化」という名目で小ぎれいな自然広場が、よくある。そこは明るく日が差していて、笑顔のひとたちがコーヒーなんかを飲んでいて、植栽が施された木々がちょうどよく並んでいて、コンクリートの道で舗装されている。

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相模原の森は、それとは違うのだ。

とにかくこの森は、なにか陰鬱で気味が悪いのだ。

なにか、見てはいけないなにかを見てしまったような気がして、そそくさと森を抜ける。
抜けると、すぐに、自動車のゴーッという音が聞こえてくる。やはり、この森がなにかを遮断しているようにも感じる。でも、なにを遮断しているのか。その問いはつまり、国道16号線はなにを分断しているのか、という問いでもある。

難しいことを言ってしまったので、少し反省して、さらに歩き始めよう。


アメリカン・マクドナルド?

まだ歩き始めて間もないというのに、少し疲れてしまった。なにせ車で走る道を歩いているのだ。疲れて当然というものである。というわけでどこかで休憩しよう。せっかく休憩するならば国道っぽい店に入りたい。国道っぽい店っていったい何のことかよくわからないが、とにかく国道っぽい店を私は欲しているのだ。

そんな無理難題を考えながら歩を進めていくと……





あった。

マクドナルドだ。ロードサイドにマクドナルド。ぴったりじゃないか。ドライブスルーから入るのが定番である。まさに国道の楽しみ方そのものである。

しかし問題は、このマクドナルド、車道の右側にあるのだ。森や畑は左側なのに、マックは右側にあるのだ。なんだこの違いは。その違いも気になるけれども、目下大問題なのは、右側にわたるための信号が大変遠いということである。なかなか右側車線に渡れない。これが左車線と右車線の断絶なのか……と足の疲れから車線の断絶をひしひしと感じる。



やっとマクドナルドの目の前についた。都心のマクドナルドに比べるとでかい。中に入ってみると……



これまた都心のマクドナルドとはぜんぜん違う店内だ。天井には南国をも思わせるヤシの木のイラストが。絵の感じは非常に古めかしくて、ここが昔からあるのだろうということがすぐにわかる。なんだろう、この感じ。どこかで見たことがある。



そうだ、これは、あれだ。アメリカの50年代ぐらいのロードサイドにある飲食店の感じだ。映画『アメリカン・グラフィティ』に出てくる、ネオンが輝く在りし日のアメリカ。あのイメージが何となく頭にちらつくのだ。ちょっと『アメリカン・グラフィティ』でググってみてほしい。

店内写真をさらに。



2階のたまごっちは、見なかったことにしてほしい。



やはりどこか古臭さがあり、そしてそれと表裏一体になったノスタルジーがある。むろん、ぼくのふるさとはアメリカではないし、もしアメリカだったとしても50年代には生きていない。だからここにノスタルジーを感じるのはどうにもおかしい話なのだけれど、店内デザインの古さにどこか、そういった雰囲気を感じ取るのである。

そんなアメリカに囲まれながら、コーヒーを一杯。目の前には国道16号線をビュンビュンと走り抜ける車の群れ。

ここはアメリカ?


相模原と慰霊碑

マクドナルドを出て、左車線に戻る。右車線から左車線に戻るのはいつだって辛い。なかなか戻れないのだ。歩かなければ。

そうしてやっと戻れた。再度散歩スタートだ。

そうして歩いていくと、今度は道路横に、不思議な空間を発見する。



広い広場が突然目の前に現れたのである。少し横には、



こんな銅像もある。
どうやら相模原市の功労者のようだ。なんだ、この銅像があるだけか、と思ってもう一度先ほどの広場を見ると、その奥にさらに道が続いているようだ。

少し進んでみる。すると、目に入ってきたのは



「相模原市慰霊塔参道」の文字。なんと、まったく知らなかったことであるが、この国道沿いには、千鳥ヶ淵端にあるような戦没者の慰霊空間があるらしい。



横の道は、なんともシンメトリーで奥行きのある道が目の前にまっすぐに広がっており、異様な雰囲気さえ漂う。さきほどの森をも彷彿とさせる静かな空間が突然広がる。明らかに空気感が異なる。いや、ぼくがそう感じているだけか。シンメトリーな道をどんどん進んでいく。



だんだんと道の奥にある「なにか」が見えてきた。大きな石の建造物が立っているらしい。さらに進むと、



着いた。ここが、戦没者慰霊のための公園になっているらしい。先ほどから見えていた巨大な建造物は慰霊碑だったのである。中に入ってみよう。



横にはこの公園の由来と、先の戦争、つまり太平洋戦争について書いてある。この相模原市でも多くの市民が空襲で亡くなったそうである。その慰霊のためにこの公園と慰霊碑が建てられた。



慰霊碑はさっき見ていたのよりもずっと大きく見える。近づいたのだから当然と言えば当然かもしれないが、そういう視覚的な理由を超えて、なにかその存在そのものが大きくぼくの目の前に迫ってきたのである。垂直に立った石の黒い建造物は相模原の奥でひっそりと、しかしなにか重々しい雰囲気を携えて立っている。傍にくすんだ日章旗が打ち捨てられているのが目に入った。そうした人々が置いていったのだろう。

公園を出ようと振り返る。先ほどは慰霊碑ばかりに目が行って気が付かなかったのだけれど、そこにはちょっとしたベンチや広場があって、家族やカップルが仲良さそうに遊んでいたり、近くの喫茶店でテイクアウトした飲み物を飲んで仲睦まじそうに話していた。彼らは、たぶん、車道の右側にあった、さきほどのマクドナルドにも行くだろう。もちろん、マクドナルドはこの慰霊碑が建つことになった原因の一つでもある、アメリカからやってきたものだ。ここに奇妙な関係がある。

相模原の慰霊碑は国道16号線の奥まった場所にひっそりと、なにかに隠されるようにして立っていた。そこに、さきほどのマクドナルドで見た喧騒は、やはり、ない。

16号線に戻るとき、ふと横道から2人の男性が出てきた。一人が車いすに座り、もう一人がそれを押している。車いすの男性はぼーっと、遠くを見つめるような眼をしながら、体を震わせている。傍目から見ても、明らかなように、彼は障がい者だった。車いすを押す男性は、彼の介護士だろう。



ふと、数年前のある出来事を思い出した――

そうだ、あの事件も相模原だった。ある男が障がい者の施設に侵入し、入居者と施設職員を無差別で殺傷した、凄惨な事件だ。もちろん、いまぼくがいる場所とこの施設がある場所はかなり離れているので直接の関係はない。この施設は相模原のもっと山奥の方にある。とはいえ、それは、国道16号線の左側サイドをずっといった場所だ。

確かに存在しているのに、私たちの意識からどこか落ちてしまうもの。国道16号線の話に戻すならば、そうしたものがその左車線に集まっているのではないだろうか? 右車線と左車線は近いようで、やはり遠い。


相模原が見えてきた

とこんな難しいことを思いながら、歩いていると、どうやら、やっと相模原の中心市街が見えてきた。といっても風景はあまり変わらないわけだけれど。



よく知り合いから「相模原のロードサイドはガチ」という情報を聞いていた。一体ロードサイドにガチなどという言葉があるのかどうかわからないが、とにかく相模原中心市街のロードサイドはすごいらしいのだ。

確かに、さきほどにも増して大型店舗がずらりと立ち並んでおり国道感はよく出ている。
もうずっとこんな感じである。そうしていくうちに……



とうとう相模原が見えた。

これこそ、僕が最初に目指していた相模原だ。間違いなく、相模原である。文字数に換算して約10000字、歩行距離にしておよそ20キロ弱という距離をもって、とうとう相模原に着いたのである。



とそんなところで、そろそろ紙面も(パソコンやスマホの画面なのだけれど)尽きてきたようだ。
今回、僕は小田急相模原から相模原まで歩いてみた。そして、国道16号戦の右車線と左車線において、何かしらの分断がそこにあるのではないかと推察してみた。左車線には田舎、森、慰霊碑、あるいは障害者施設。右車線には都市、ビル、マック。もちろん最初にも述べていたように、これは251キロメートルもある国道をほんの少し歩いたときに感想に過ぎない。でも、やはり右車線と左車線は何かを分断している。

左車線には、どこか僕たちが記憶の片隅から抑圧してしまいそうな風景がある。そんな気もする。無論、まだまだ国道16号戦は分からないことだらけだ。国道16号戦は長い。もう少し、歩き続けよう。

(続く)

※やはり、ひとりで国道を歩くということがわりと寂しいと分かったので、だれか一緒に歩きましょう、国道16号線を。連絡はぼくのTwitterのDMか、メールアドレスまで……!





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谷頭和希

ライター・作家。チェーンストアやテーマパーク、日本の都市文化について、東洋経済オンライン、日刊SPA!などのメディアに寄稿。著書に『ブックオフから考える』『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』。

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