国道16号線全部歩いてみた - エピソード3 「八王子〜拝島:ユーミンと、音の無い街」

  • 更新日: 2019/11/19

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八王子の中央高速道路入り口。16号線と繋がっている。やはり16号線とは車で行くものなのである

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国道16号線計251キロメートルを全て歩く。
そんな無某なチャレンジ「国道16号線を全部歩く散歩」、パイロット版含め第4回目となる今回は、前回のスタート地点である京王片倉駅から。なぜ前回のスタート地点から散歩を始めるのかについては前回の記事を参照してほしい(バックナンバーはこちら

さて、今回の散歩は今までの散歩と大きく違う点がある。

なんと、仲間が増えたのである。

初回の記事から粘り強い勧誘を続けた結果、2人の方と一緒に国道16号線を歩くことになった。ありがたい限りである。

一人で歩くだけでは見えてこない風景がある。複数人で歩いてこそ見えてくるものが。私には見えていないのに、他の人からは見えているものがある。あるいは、他の人には見えていないのに、私には見えているものがある。
それは発見とでもいうべきかもしれない。それこそが、複数人で散歩をする愉悦である(と私は思っている)。
その愉悦を味わえるなんて、なんと贅沢なことだろう。

そんなリッチな国道16号線の散歩に、早速出かけてみよう。


山を越えた

時刻は10時。
京王片倉駅に集合。



集合後、八王子方面に向かって国道16号線を歩く。




前回、片倉から橋本までの道のりを「峠越え」と形容したように、八王子まで向かう道のりはまだ山がちである。



ところがすぐに道は下り坂へさしかかって、向こう側に今まで見てきた風景とは全く異なる風景がひらけていた。私たちは山を越えたのだ

あれが、八王子である。



下り坂を下り切ると、そこにはマックのドライブスルーがある。人はドライブスルーを見ると、そこが郊外であると認識する生物である。つまりここは、相模原で嫌というほど見た、あの、ロードサイドの郊外なのである。あの山がちの道は、突然郊外に変貌していたのである。橋本から片倉の山道にすっかり慣れていた私は、なぜかこのロードサイドの風景に安堵を覚えていた。別に故郷でもなんでもないのだけれど。


▲愛しのマクドナルド

だが、参加者の一人が声を上げる。

「古い看板を持った店がおおいですね」

私には無い視点である。なにせ私はマクドナルドにばかり気を取られているのだから。

確かに、周りを見渡せば、ずいぶんと古くからそこにあったような、老舗とでもいうべき店が多い。なぜだろう。



「八王子は江戸時代から、江戸を守るための役割を担うために街が発達していたから、昔ながらの店が多いらしいですね」

ガイドのようにそう語るのはもう一人の参加者だ。なんだってそんなことを知っているのだ。いや、それはもしかすると世間的な常識なのかもしれない。私が常識知らずなのか。そうなのか。

いや、とにかく、そんなこんなで八王子にはマクドナルドのような新しい店もあれば、古い店もある。その二つが混在しているのである。



しかし「新しい店もあれば、古い店もある」と自分で書いていてなんだか馬鹿らしくなってしまった。こんなこと、改めて言わなくたっていいだろう。もしもある人が、きわめて改まった態度で――そう、例えば演壇の上で――「街には、新しい店もあれば、古い店もあります」と言ったとしても、それを聞いている人々はどう反応すればいいのだろう。

「ああ、そうですか」

そのようにいうほかないだろう。

しかしそんな、あまりに当たり前のことであっても、八王子にはそう言わなければならないような、あるいは、八王子という街がそう言わせてくるような不思議なパワーがある。

それが最もよく分かる通り(=ストリート)をご紹介しよう。


屋!屋!屋!(ヤア!ヤア!ヤア!)

国道16号線をずっと歩いていると、その道が他の多くの国道、あるいは県道と交わることが分かる。その中の一つに、八王子の中心市街を通る16号線が、国道20号線と交わるポイントがある。ポイント、と書いたが正確にいうとその表現は正しくなくて、実は16号線と20号線は線で交わっている。地図で確認してみよう。


▲黄色く塗られている場所の真ん中を通る通りが、16号線と20号線が交わっているところ

このように一つの通りとして16号線と20号線が交わっているのである。そしてこの通りを歩いてみると、さっき私が書いたような古いものと新しいものが混ざっている八王子の街区の特徴がよく分かるのである。
それではその一端をご覧に入れよう。



伊勢屋に



乙女ヤ。さらに、



イケダヤ。さらにさらに



カマスヤ……。

妙に○○屋が多い!
しかも看板は新しそうに見えるが、目を凝らすと、


▲イケダヤの看板の下

創業1779年。

とても古いではないか。

この16号線と20号線が交わる道がある街区は「八日町」と呼ばれており、江戸時代、甲州街道沿いに造られた八王子一五宿の一つである「八日宿」があったことから、そのような町名がついたという。つまり、ここはかつての街道沿いであり、古い街並みが残っていて当然といえば当然なのである。

しかしこうした古い店が立ち並ぶ一方で。



突然の住宅情報館に、



突然の三菱東京UFJ銀行。



そして新しいマンション。
しかしこの写真、なんとも大変な様相を示している。
先ほどの「乙女ヤ」や「イケダヤ」が新しく建てられたマンションの下にあり、新しいものと古いものがまさに一体となっているのである。

八王子の奇妙さはここにある。

住宅情報館や、三菱東京UFJ銀行だけを見れば、そこにはいわゆる郊外の新しい街並みが広がっているとも言える。しかし、よく見ると、そこには虫食いのように老舗の店舗が存在している。いや、虫を食っているのは新しい店の方なのだけれども。

江戸時代より続く古いものと、新しいものが、八王子では奇妙に一体になっているのだ。


▲通りの出口にあったペットショップ。巨大なワンコが名残惜しそうにこちらを見つめてくる。ここも創業は古い


中央フリーウェイをききながら

今歩いてきた八王子の中央市街地の近くに、「荒井呉服店」という呉服店がある。この店の創業も古く、1912年にまで遡る。実は、この店、日本を代表するアーティストである松任谷由実の実家なのである。

松任谷由実といえば、様々なヒット曲を生み出した日本を代表するミュージシャンとして知られているが、その中の一つに「中央フリーウェイ」という曲がある。フリーウェイとは高速道路のこと。つまり「中央フリーウェイ」とは中央高速道路のことなのである。

Arai Yumi- 中央フリーウェイ

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▲聴きながら読むと楽しさ倍増


で。

16号線をそのままずっと歩いていくと、その中央フリーウェイに辿り着くのである。それがこちら。



これが中央フリーウェイ入り口である。

ユーミンもこの道を通りながら、曲の構想を練ったのかもしれない。今回の散歩の参加者に、車で中央高速道路をしばしば利用するという人がいた。中央高速道路を降りるときに、歩行者用の歩道がある。その人は、車の中からその歩道を見て、「一体、この信号を渡る歩行者なんているのだろうか……?」と思っていたらしい。が、まさか、その歩行者側になる日が来るなんて、思ってもみなかったらしい。人生はどうなるかわからないものである。



いつも車から見ている風景は、歩いてみると全く違う風景に見えるらしい。車を運転しない私にとってはむしろ車からの景色の方がきになるところではあるが、およそ車に乗っていたら見落としてしまう、そんな景色があることは確かだろう。

そういえば「中央フリーウェイ」の歌詞に出てくる人だって、車に乗っている。そりゃ高速道路のことがテーマの歌だから、車に乗っていないと意味はないわけだが、「片手で持つハンドル 片手で肩を抱いて 愛してるって言ってもきこえない 風が強くて」という歌詞には驚愕する。片手で運転するなよ、と。あと、車の中で愛してるって言わ無い方がいいと思う、運転手の気が散るから。
そのほかにも、歌詞には中央高速道路からの風景が滔々とつづられている。
「調布基地を追い越し、山にむかって行けば」とか「右に見える競馬場、左はビール工場」のように車から見た景色――そしてそれは16号線散歩ではついぞみることのできないであろう景色だが――はある時代以降の、車を所持することが当たり前になった日本人の心の風景を良く表していたのだと思う。

だからこそ、この散歩では、そうではない風景、つまり車からではない風景を見つめてみたいのである。


城から本店へ

車からでは見えない風景。例えば、それはこんなものだ。



これは、中央高速道路入り口近くにある碑文で、かつてこの場所にあった「左入城」に関する情報が書かれている。実際、この一帯は「左入町」と呼ばれているが、かつてこの左入城は、その存在が口承によってのみ伝えられてきたために、その存在はあまり知られるところではなかった。しかし、近年、新資料の発見によってその存在が確実視されるようになり、このように石碑が建立されたらしい。

この石碑で注目して欲しいのは、もちろん左入城に関する記載ではあるが、一方で、もう一つ、石碑の最後の部分「村内家一七代当主 村内道昌」という文字である。
村内さんって誰だ。その答えは、



村内家具の経営者一族である。村内家具は、八王子のこの場所に本店を置く家具屋チェーン。国道16号線散歩でもしばしばその姿を見かけている。


▲相模大野の16号線にあった村内家具。見慣れた風景

実はこの石碑、村内家具本店の敷地内にあって、この地の歴史的背景を知った村内さんが、この石碑を建てたのだ。なかなかやるではないか。
ちなみに村内家具の本店には、家具売り場はもちろんのこと「村内美術館」なる専用の美術館までが存在し、ビジネスだけではない村内家具の幅広い取り組みの一端をみることができる。



その敷地内にかつて城があったのだ。
城からチェーン店の本部へ――。

前回の散歩でも八王子の峠道の中にあった片倉城を見たし、また、左入城跡をもっと進んでいくと、今度は滝山城という城址跡にも突き当たる。
八王子周辺は、戦国の城が多かったわけである。それが現在では国道16号線沿いに立地する代表的な郊外タウンへと変貌を遂げている。

だから、「城から村内家具へ」という変化は、八王子の町の変化を端的に表しているのではないか、という気もするのである。しかしここで重要なのは、その変化の痕跡が――少なくともこの村内家具の場所においては――石碑という形で残され、古いものと新しいものが共存する風景がそこにある、ということなのだ。先ほど、16号と20号が交わる通りで見たような、老舗と新しい建物が共存するような自体が、ここでも起こっているのだ。

しかしそんなことを言いつつも、周りを見渡せば、「ザ・郊外」とでもいうべき風景が広がっている。峠道ばかりを歩いてきた私たちにとっては少し懐かしくもある風景だが。



そういえば、村内家具の真ん前に、同じく家具チェーンである「ニトリ」ができていた。すごい度胸である。ただ、同じ家具屋で、それから同じように郊外型のチェーン店といっても「村内家具」と「ニトリ」では、何かが違うような気もする。



左入城を抜けると、またもや峠道、というか歩くのを若干投げ出したくなる山道に入る。


▲ここを進むと、


▲峠道

そこを登り切ると見えてくるのが、先ほども少し触れた滝山城である。



滝山城へ通ずる道は、かなり荒廃して歩きにくそうだった。実はこの散歩の少し前に大きな台風があって、植物が倒れたり、道がドロドロになっていたりして、歩けるような状態になかったのである。
というわけで、名残惜しいが、滝山城はスルーして、先へ進んでいく。そのまま進んでいくと、見えてくるのが「昭島市」の看板。



お、やっと八王子を抜けて、今度は昭島市に入ったのである。
少しずつ、少しずつ私たちが国道16号線を進んでいるのを実感する。相模原→橋本→八王子→昭島、と徐々に歩みを進めているのだ。塵も積もれば国道16号線を制覇する、と世に言う。もっともっと進んでいこうではないか。


音の無い街

さて、そんなこんなで昭島市に入ったわけであるが、ここからが久々の地獄である。昭島を抜けてすぐは良かった。そこには広大な多摩川が広がり、山ばかりを目にしてきた私たちは久々の水に大変癒されたのである。


▲多摩川にかかる拝島橋

しかし、多摩川を渡ってからが地獄の始まりであった。

橋を渡りきって歩き始めたそこは、まさに私がこの連載の最初からずっと語ってきた<郊外>であった。


▲廃墟になった100円ショップダイソー。郊外の夢の跡

以前通った相模原で、この<郊外>を見たときは、なんだか頭の中でイメージしていたそのものが目の前に現れたような気がして、むしろ大変に面白くその風景を見ていた。
しかしそれから峠道やら、古い町並みやらを見た後にもう一度この<郊外>を見てしまうと、なんともやるせない気持ちになる。いや、別に「やるせない」と言ったって何かに文句があるとかそうではないのだけれど、なんとも退屈に感じてしまうような、しかしこの風景を退屈と感じてしまう自分がいけないのではないかという逡巡と葛藤さえ私の中に生まれる。何を言っているのか自分でもよくわからなくなってきたけれど、とにかくそれはここまでの散歩を経てきた私にとっては「退屈」に感じる風景であった。


▲進めども進めども「きぬた歯科」。16号線ではよく見かけます

参加者の人とも「ここが山場ですね」とか「ここを超えればあとはもう少しです」などと話していたが、よく考えればこんなでたらめなセリフもない。だいたい私は国道16号線を全部歩こうとしているのだ。山場もなければ、あるいはこの風景を超えたからといってこの散歩が終わるわけでもない。でも、なんだかそうでも言わなければ乗り切れないような、そんな道のりであったのだ。

そんなときに目に入ったのがこちら。



壁。

壁である。何をどう見ても。

だがこれは普通の壁ではない。透明の壁である。



ずらっと並ぶ、透明の壁。これは一体なんのためにあるのだろう。

この壁、実は音と振動を遮断するために取り付けられているのだという。

確かに、この壁の裏側にいると国道を走る車の音も、その振動も、ほとんど感じない。壁は透明だから、車が走っている姿は確かに見えるのだけれど、それがなんとも不思議な感覚を催す。

視野の中に広がっているのは、音の無い街、その姿であった。
街というのは、そもそも賑やかでがやがやしていて、そして時にうるさいものである。
しかし遮断壁の中から見る、国道16号線の姿に、音は無い。普段音がある世界に慣れている私たちにとって、その光景はとても奇妙に映るのだ。

でも、この光景(いや、音の風景(=サウンドスケープ)とでもいうべき?)、どこかで見たこと(=聴いたこと)があるぞ?

そうだ。それは、信号が赤で、全ての車が停止しているときの国道16号線で聴いたことがあるのだった。今まで何回も書いてきたことであるが、国道16号線は車のための道である。そして沿道にある多くの店は大型のチェーン店でドアが開け広げられていることなどないから、店内の音が外に漏れることはない。つまり、国道16号線で聞こえる音は車の音ばかりであって、それが一斉に停車したとき、この国道に、「音が無くなる」。
車だってそんなに窓を開けっぴろげるなんてことはないから、中の音が漏れるなんてことはない。

車が停車する時、国道16号線にはある不思議な沈黙が訪れるのである。


▲沈黙の16号線。上空にアメリカ軍の飛行機が。横田基地はすぐ近く

そういえば、先ほど書いた『中央フリーウェイ』の歌詞だって、車の中での話だ。車の中から外の風景を見ている。車にはガラスの窓がついていて、中の音は聞こえるのだろうが、外の音は聞こえない。見えているのは外の風景だけであって外の音は聞こえていない。

そんなことをぼーっと考えながら歩いている。音はほとんど聞こえない。しかし、突然、背後からけたたましいような、何かの音が聞こえた。

それは、国道16号線沿いに立つ木から聞こえてくる。よく聴いてみたら、それは鳥の鳴き声であった。あまりにも静かだったからか、鳥の何気ない鳴き声がけたたましく聞こえたのだった。

そうなのだ。私は先ほど、「音が無い街」と書いたけれども、そもそも本当の意味での沈黙などあり得ないのである。何か目立つような音が無いだけで、本当は至るところに音は存在しているのだ。それは鳥の鳴き声かもしれないし、人の生活音かもしれない。
国道16号線には、確かに「沈黙」のようなものが存在するときがあるが、本当はそんなことはない。よく耳を凝らしてみればそこには多様な音があるはずなのだ。そんなこと、考えてみれば当然なのだけれど、ふと聞こえてきた鳥の鳴き声で私はそんなことを思い知らされたのである。

私たちが国道16号線という「何もなさそう」な道路を歩いて考えなければならないのは恐らく、そうした車から見たり聴いたりするだけではこぼれ落ちてしまう<なにか>だろう。それがなんなのかは、まだうまく説明できないのだけれども。

さて、防音壁は拝島駅の近くまでずっと続いていた。


▲拝島駅の文字が。そして福生市に入ったらしい

それが途切れたところで私たちは国道16号線を一度離れ、拝島駅へ向かった。気づけばかなり長く歩いていた。10キロ以上は歩いていたのである。

地図を見る。このまま国道16号線をずっと歩いていくと、そこに現れるのは米軍の横田基地である。基地のある街、福生はすぐそこ。次の散歩では、拝島から出発して、福生を通ることになるだろう。

次の散歩には、どんな国道16号線の姿が待ち構えているのだろうか。

(つづく)




国道16号線散歩は、参加者を絶賛募集中です。なんとなく歩いてみたい方、国道16号線に興味がある方、記事で言及されたい方など、有象無象の参加を大募集中です!
次回散歩は11月17日(日)を予定しています。参加希望は下記の参加フォーム)、または私のメールアドレス(improtanigashira@gmail.com)まで!

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谷頭和希

ライター・作家。チェーンストアやテーマパーク、日本の都市文化について、東洋経済オンライン、日刊SPA!などのメディアに寄稿。著書に『ブックオフから考える』『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』。

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