Where the sea opens - 軋むクレーンが待つ港
- 更新日: 2025/12/29

磯子港の奥で待つ巨大クレーン

地図を覗くと、線路を越えて北東のエリアには道路表示が見当たらず、一帯が工場で埋め尽くされている。その果てには港があるようだ。磯子という街が気になっていた。工場地帯があまり人を寄せ付けない場所であることは承知の上で、この目で確かめに向かう。

駅のコンコースを出ると歩道橋に直結していて、目下には湾岸道路、頭上にはあばら骨のような凹凸を見せる首都高速湾岸線が延びている。

平日夕方のいまは意外にも交通量が少ない。

ここから降りてどこを歩けと言うのか、と臆してしまうくらいには車天下の世界が映っている。一旦駅反対にある山林エリアに用があるので引き返す。決してびびったわけでは無い。多分。

そびえる山に向かって歩く。この辺りは磯子区「森」という地名だそうだ。ど真ん中ストレート。

まだ11月なのにもかかわらず日差しが強い。いまだにかと思いつつ、壁の照り返しを見ると14時とは思えないほど黄色がかっていた。秋は確実に深まっている。

ただ、強い日差しの恩恵でレンズは綺麗にフレアを拾う。ことさら神々しく映る山林へと分けいる。

サクッと音がしたと思ったら足元に大量のどんぐりが散らばっていた。こんなに簡単に潰れるものだったっけ、といつの間にか感触を忘れてしまっていた事に気付く。

蛇のように鉄柵を縫って進む図太い蔦。空間認知能力が発達しているのかもしれない。

登り切ると後が大変なのでほどほどで切り上げ下山、突き当たりの先に射す陽光を目印に歩く。

どこへ進んでも度々頭上に現れる道路。屏風浦バイパスはかつて勤めていた会社で出張の度に通っていたために馴染みが深く、初めて下からの景色を望んだ。

大岡川分水路の水面が静かに揺れているのを眺める。分水路とは河川の途中で水を別の水路に分けるために人工的に作られた川のことらしい。何となく海の気配を感じ始める。

googleマップは大岡川分水路に沿って道を進めば港に出ると言っているが、海の方角に延びていそうなルートは上にしか見当たらない。闇雲に進んでみる。

構造物のミルフィーユ。

今回港とは別に楽しみにしていた景色。謎の花壇だけがある区画。降りれるはずの階段は閉ざされていて誰も踏み入ることが出来ない。何か育てている風ではあるが何のためにあるのか。

上下の道を行ったり来たりすること15分。流石にgoogleが嘘を付いている気がしてきた。試しにChatGPTに尋ねてみたところ予感は的中していた。通れるはずのない道を提案してくるバグが時たまあるらしい。

googleを見放し、AIガイドを頼りに正しい進路で向かう。郵便局隣の用水路を覗くと見るからに淡水魚ではなさそうな見た目の魚が泳いでいる。ぽつんと1匹でいたので分水路からこちらに迷い込んでしまったのかもしれない。

ようやく工場地帯に面した大通りまで来た。歩行者信号は永遠に開く様子がない。歩いて訪れる事をおよそ想定していない場所だということなのだろうか。少し緊張してきた。

湾岸道路沿いに5分ほど歩くとついに工場地帯が見えてきた。左の道には歩道がなく、やはり歩行者を想定していないエリアなのだと実感する。とはいえ侵入が禁止されているわけでもなさそうなので勇気を持って進む。

たくましい芝の上をわしわしと踏みしめて歩く。こんなデンジャーな場所で火を焚く輩がいるとは...。何かあれば「火災の原因になる」どころの騒ぎでは済まない。

左右は延々と工場が立ち並び、道沿いには数台の車が停まっている。排ガスの独特な匂いがマスク越しに鼻へと入ってくる。

眼前に水面が見えた時、機械が軋む重たい音とともに巨大なクレーンが姿を現した。何をしているのかは視認出来ないが、活発に動いている音はする。眺めているうちに「ハウルの動く城」のテーマが脳内で再生され始めた。

自分しか居ないかと思いきや釣り目的の方々が遊びに来ていた。もしかしたら知っているかもと思い、試しにさっき見た用水路の魚の写真を見せてみたが分からないようだった。

ブイが仕切る港と分水路の境目。水中がどういう仕組みになっているかは分からないがこれでは迷い込む魚が居ても無理はないかもなと思った。向こうに広がる景色もずっと工場ばかり。こことは別に海釣り施設があると聞いたがそれらしきものは近くに見当たらなかった。



紅葉のアーチをくぐりながら引き返す。めいいっぱい色付いた後は全て落ちてしまうことを思うと寂しいものだ。秋晴れと呼ぶに相応しい金色の日差しが、対のような紅と青に被さる美しい光景の中を歩いた。









