有楽町から歩きだす

  • 更新日: 2023/04/25

有楽町から歩きだすのアイキャッチ画像

このかっこいい建物がなくなる前に

  • hatebu
  • feedly
  • rss

まだ寒い日に友人を散歩に誘った。スタート地点は有楽町。

有楽町に行きたかったのは「有楽町ビルヂング」と「新有楽町ビルヂング」が建て替えにより今年で閉館してしまうからだ。あのかっこいいふたつの建物のあたりを歩いておきたかった。






いずれも1960年代に竣工した歴史ある建物だけれども、素人目には建て替えの必要性なんて微塵も感じないがっしりとした佇まいだ。古さを感じる部分といえばビルヂングの「ヂ」表記くらいのものだが、それも一周回っておしゃれの類にしか見えない。




全面が街を映し出す鏡のような建物が有楽町ビル。こちらは「一寸の無駄もありませんが?」といった風情のぴしりとした外観だが、正面玄関から入ると印象が変わる。




エントランスホールに広がるタイルは、太陽の光を受けてひとつひとつがのど飴みたいにピカピカ光ってきれい。ちょっとだけ赤や黒のタイルがある遊びがうれしい、なにかの絵なんだろうか。

対して新有楽町ビルのほうは重厚なレンガ風のつくりで、撮るとヨーロッパ旅行の写真みたいになる。




あーもうめちゃくちゃにかっこいい……




いつか家を建てるなら、窓をこんな角丸にしたい。

この素敵なふたつのビルが無くなってしまうなんてさびしい。有楽町の景観を60年間支えてきただけの貫禄がある。建て替えて、どうかつるんつるんの妙なビルになりませんように。三菱地所さんひとつよろしくお願いします……。

ビル内外をひと通り歩き終えたあたりで友人がやってきた。



うーん、ほんとうに有楽町の街並みのかっこよさは日本屈指ではないか。新有楽町ビルを眺めながら友人も「このビルかっけーなあ」と言っている。そうでしょう、これが無くなってしまうんだよとさびしさを分けあってもらいながら日比谷方面に歩きだす。

それで、このときわたしは完全に忘れていたのだった。

あるビルの駐車場前で友人が立ち止まり「懐かしい」と言ったことで急にワッと思い出した、彼は数年前までハガキ職人をしていたのだ。

ラジオ番組に毎回投稿を送りまくり、他のリスナーからも存在を知られているような人のことだ。友人はお笑い芸人がやっている深夜ラジオのハガキ職人だった。聞くとわたしも知っているラジオネームでおどろいた、たしかに最近は聞かなくなった名前だ。




これはあの有名なオールナイトニッポン(ANN)を収録しているニッポン放送のビルで、ここは裏手にあるラジオ出演者の通用口である。彼はここで何度か「出待ち」をしたことがあるのだった。

わたし自身「東京千代田区有楽町からお送りしているオールナイトニッポン……」という口上を何度聞いたことか。それなのに有楽町にニッポン放送があることをすっかり忘れていた。



ナインティナインANNから矢部浩之さんが卒業する回、アルコ&ピースANNの最終回。そういう歴史的な日に、友人はここに駆けつけていた。

その日はラジオリスナーで大きな人だかりができて、向かい側にあるホテル「ザ・ペニンシュラ東京」の人に怒られたりした……というエピソードを彼の口から聞いて、夜中3時の有楽町という自分のまったく知らない景色を思い浮かべながら「ハガキ職人だったこと」は彼にとって一体どういうことなのだろうと考えていた。

はじめて会った日、彼はハガキ職人を数年前にやめてしまい、もうラジオすら聞いていないと話していた。そして今は何かをする気が起きない、何に対しても情熱を燃やせないのだと。

各ラジオ番組を熱心に聴いてメールを送ることはかつて彼の生活全般や人間関係と結びついていた。そこまで深くつながっていたからこそ彼はやめてしまった。



ニッポン放送の目の前で「あの頃が人生でいちばん楽しかった」と彼は言った。

秒刻みで大量のメールが届く深夜ラジオで、メールが読まれるかどうかはおもしろさのバトルでありスピード勝負でもある。感覚を研ぎ澄まし、すばやく文字で自分を表現しながら毎夜を過ごす……それを通じた友だちまでできたりして、身も心も忙しく充実していたのだろうなと思う。

目の前にいる彼はひじょうに穏やかで、本人は何に対しても無気力だと言っている。わたしはまだそんな友人の姿しか知らない。

でも、有楽町周辺をしばらく歩いたあたりで気がついた。



彼のなかに、散歩にフィルムカメラを持参する心が生きているのだった。街を歩いて、いいところをカメラで切り取ろうなんていうのは、表現する気力を失ってしまった人間のすることではない。

このあとわたしたちは東京駅方面へ向かい、皇居、武道館をこえ九段下駅、さらに市ヶ谷方面を通って最終的に四ツ谷駅まで歩く長い長い散歩をした。



ズームしすぎて画質は悪いけれど「国道1号線」




かっこいい仕事




和田倉橋を撮る友人




こんなになるまで直されなかったのかよ




いい道(武道館のある公園)




いい建物(市ヶ谷らへん)




四ツ谷駅に着いたらもう夕方だ

この間、彼は何度も街中にあるおもしろいものを見つけて教えてくれたのだけれども、むしろ有楽町ビルと新有楽町ビルを見てすっかり満足してしまったわたしのほうが、景色に対する感性の調子が悪いのだった。そういうただ歩く散歩もある。

元ハガキ職人で今は「何もする気が起きない」という友人だが、彼の着眼するものを横で見ているとやっぱり世界をおもしろがる力がある、存分にあるなと思う。

今は人生の凪にいる彼が、かつてラジオにメールを送った情熱を別の何かに見いだす日は来るだろうか。それはわたしにも彼自身にもわからないことだ。

それでも長い散歩を終えてそれぞれ帰路についたあと、友人から「また行こう」とメッセージが届いた。なんとなく有楽町から歩きだしてよかったような気もした。









このサイトの最新記事を読もう

twitterでフォローFacebookでフォロー
  • hatebu
  • feedly
  • rss

サトーカンナ

人と一緒に歩いても、だいたいその人より歩数計が多くカウントされてしまいます

関連する散歩

フォローすると最新の散歩を見逃しません。

facebook      twitter      instagram      feedly

TOPへ戻る