蒲田 / 黒澤貞次郎が愛した街は、きっと良い街。

  • 更新日: 2017/06/13

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かまたえんの屋上観覧車は都内で唯一だそう。




山川です、どうもこんにちは。今日は蒲田に来ていますけども。もしかしたらあまりなじみのない東急の口からこんにちは。


蒲田かー。一時期友達が住んでたから結構来てたなあ。今日はどういったご用件でしょうか。


ユートピアに住みた~い! って思ったことありますか? 僕は、あります。


ぜんっぜん話の筋が分からないですけど。


かつて蒲田に、ユートピアがあったんですってよ。


いまディストピアなのに?


蒲田の悪口はやめて! 大正時代、ここ蒲田には日本初のタイプライター工場があったんですって。そして工場周辺には従業員の社宅、学校、病院、水道施設なども完備されていて、自立した村のように機能してたんですって。


ふーん。


家賃は四円(現在で約2300円)から。電気代は工場持ち。菜園に遊園地に……


住む!


しかも、その村づくりは、タイプライター工場の代表である黒澤貞次郎という人が「工員のためのユートピアを作る」という信念のもと、勝手にやってたんです。その名も「吾等が村」。周りからは黒澤村と呼ばれていたそうな。どう? 興味わいてきた?


うおーそうなんだ。20世紀初頭って、理想の都市を造るぞーって、いろいろな挑戦があった時期ですよ。例えばハーシーズが、従業員が工場近郊で幸せに暮らせるようなユートピア「チョコレートタウン」を造ったのがその時期だった気がするよ。


日本にもタイプライタータウンがあったんですねえ。


タイプライタータウン。打鍵音がめちゃくちゃ響いてそう。


じゃあ、タタタターンと行きましょう。



蒲田モダンを感じる!? サンライズロード



蒲田駅西口を出るとすぐに蒲田西口商店街、サンライズアーケードが見えてきます。

おっ、あれは……。





もうすぐ母の日かぁ。電動自転車あげるねっていいながら毎年先延ばしにしちゃってるなぁ。





あすへ走れの子どもたちも母の日ギフトの垂れ幕を見て駆けだしてる。


まだちびっ子だし、兄妹でなけなしのお小遣い出しあってカーネーション買うんだろうなぁ。


山川さんは何あげるんですか?


今年もカーネーションですよ。





さてさてサンライズロードに入ってきましたよ。サンライズアーケードができたのは昭和52年。戦後の焼跡からヤミ市ができて、そこから区画整理されて現在の商店街の前身が出来上がったそう。



魅惑のマッサージ屋さんに、



一度は入ったら二度と出てこられなくなりそうなスナックみちづれ。



サボり目的で寄りたくなりそうな憩いの場っぽい純喫茶。室外機を考慮した装テンの穴がいい。




ベジタブルファーム。看板がすごくベジタブルな色合いでいいですね。


看板の左で半身出してる猫も緑だ。






南天堂書店か。この本屋、名店の予感ですよ!


え、なんでですか?


なんか蛍光灯の光具合と本棚の色合いがなんかね、僕がこれまで愛した本屋にそっくりなんですよ。こういう店はマンガが少ない傾向にあります。子供向けから大人向けの本まで雑多にあって、未知との遭遇に良いんですよ、こういうタイプのお店は!





コミックいろいろありますって書いてあるけど。


え? 無視? さっきの突然の熱弁は何だったの?






おっ、なんかお店から男らしさを感じる。





空調風神服って、ファン付きの作業服ですよね。


服の中から風が吹くのか。ほしいな。


おっ、着るんですか。


いや、母の日にどうかなと。


せめて父の日にしなよ。






ココはゴミ捨て場では、ありません!! なんで5枚も張ってるんだろうね。


ちびっ子から背の高い人まで、読めるようにってことじゃないですか?


なるほど。ユニバーサルデザイン。






蒲田って西洋化が早かったんですよね。洋食屋さんにコーヒーショップなんかが多かったそうです。大正から昭和初期にかけて「流行は蒲田から!」って言葉が流行ったとか。


蒲田モダンってやつですよね。


そうそう。ほら、ここの上にあるアルコール類の看板も蒲田モダンを感じます。


これはただのウイスキーの看板……





20世紀少年みたいな雰囲気がする映画館だ。


昭和30年ごろには蒲田には20館以上の映画館があったらしいですね。今この街にある映画館はこの文化会館にある蒲田宝塚とテアトル蒲田の2か所だけになってます。


蒲田って映画の街だったんですよね。京急蒲田の東側に「キネマ通り」っていう商店街ありますし、松竹の撮影所もあったらしいですよ。


これもまた蒲田モダン。





個人的な意見で恐縮ですが、外国人が晴れ着着てるってのも蒲田モダン感じませんか?


分かる軍と分からない軍が戦ってる。ちょっと待ってて。






マインド☆ゲームス。


スポーツにおける心理戦に長けた感じの店長が居そう。


「いいか、野球少年。フルカウントのときのバッター心理というのは……」みたいなこと言って。


あ、そういえばさっきの分かる軍と分からない軍の戦いですけど……


おっ!


分からない軍が勝ちました。


そうですか。






窓のとこ見て。分かりづらいけど、味方さんの経営する歯医者さん。


親身になって痛みのない治療をしてくれそう。


味方さんかあ。あれだね、仲間由紀恵とかと結婚したらさらにパワーアップしそうですね。


仲間か味方かどっちかの苗字にしかなれないからパワーは一緒っすよ。パワー?





吾等が村跡地へ。でもちょっと寄り道。



アーケード街を左に出て、「吾等が村」の跡地に行きましょうか。



とその前に、踏切の左手にバーボンロードっていう雰囲気の良い通りがあるからちょっと寄り道。
ここは東急の高架下と側道を利用している飲み屋街みたい。昭和風情の漂う店が並びます。



図らずも東急電鉄イメージキャラのるるんとポーズが被ってしまった。




酒瓶と子どもの自転車っていうアンバランスな組み合わせ。




昔、松坂がメジャー行ったときに向こうのメディアが「DICE-K」って呼んでたんですよ。Kってのは三振ってことです。


ってことは、弁慶がメジャーリーグに挑戦すれば……


呼ばれるでしょうね。BEN-K。






ドラフト会議の日には人が多くなりそうな名前の呑み屋さん。ドラフト会議見ながら飲む酒はうまそう。




くんせい樽生ホッピー。手作り感すごい。


微妙に斜めってる「ん」、細すぎる「ッ」、ちょっとサイズ大き目な「ピ」。全部良い! どうかこのままで!






なんかこの通り、酒の瓶多くない?


これもまた蒲田モダン……


違うと思う。




そろそろ吾等が村へ行くぞ

寄り道が過ぎました。そろそろ「吾等が村」の跡地に向かいましょう。



バーボンロードから戻って踏切渡りました。こちらは一転、静かで落ちついた雰囲気の住宅街。蒲田にも住みやすそうなエリアはある。



環状八号線に出ました。




オリジナルフィッシングロッド作ってくれるのか。


電話番号の覚え方は「ミナサン ハ イレグイ」


店長は? 店長はどうなの?


サメとかと戦ってるんじゃないですか。「俺に構わずみなさんは釣りまくってください! うわああぁぁぁぁ」みたいな感じで。


店長の自己犠牲感。






環八を信号向かって左に曲がるとIMON BOWLが見えます。6階建てで全28レーン。屋上に巨大なピンが置いてあってボーリング場オンリーかと思いがちですが、実はテニスコートも入っています。




はい。


なんで止まったの?


ここですよ。「吾等が村」の跡地。


ええっ。富士通じゃないですか。


そう、今は富士通になってます。戦後、黒澤商店は富士通と共同出資してコンピュータ関連会社を作ったりしていて、何かと縁があるみたい。ちなみに、黒澤商店は今も銀座にクロサワグループとして存続しています。






この付近は、


(昭和20年-25年、国土地理院空中写真から、オレンジの線は筆者)

オレンジの線が黒澤商店の敷地でした。
富士通だけじゃなくて、お隣の区民センター含めて、まるまる「吾等が村」だったんですね。
右側、現在の富士通のあたりは工場でしょうか。左側、現在の区民センターから西のほうは綺麗に区画整理されて社宅が並んでいます。工員のための住居にプールにテニスコート、子どものために幼稚園や小学校までこの土地の中にあったそうですよ。その広さ、およそ2万坪。



新蒲田公園は社宅だった付近です。家賃はたったの4円から。
黒澤商店の工場は関東大震災で倒壊しますが、なんと工員たちが自力で改修したそうです。
工場を中心とした強力な共同体であったことが窺えます。



ここにかつて理想郷が……
ニコニコした家族たちが……



公園の壁の絵が雑すぎるけど、ここにかつて理想郷が……



区民センターの新蒲田児童館。ここももちろん「吾等が村」でした。



しんかまたじどうかん。脳内で誤変換起こしそう。進化また児童館。



村跡地に建てられたはずのこの建物も既に相当古そうです。時代の厚みを感じる。

黒澤商店は株式会社化していなかったため、黒澤貞次郎の死後、相続税等で経営が苦しくなり、結果的に事業や土地を手放したのだそう。
それでも、貞次郎は、個人経営で工員を家族とする大家族主義に特別なこだわりがあったんだそうなんですね。




「吾等が村」の跡地を超えると電車の車両置き場が。




この車両置き場の向こう側に学校の屋上見えますよね。志茂田小学校なんですけど、あのあたりに、大倉陶園の工場が昔あったんだそうです。今は本社が横浜市戸塚区に移ってますけど。


それも黒澤さん関係あるの?


直接は関係ないんですけど、ここに陶園作ったらどうだってって大蔵孫兵衛に勧めたのが黒澤貞次郎なんですって。陶器をつくる文化は古くから日本にもありましたけど、当時、世界ではカラフルな西洋陶磁器が流行っていたそうなんです。それに負けない西洋陶磁器を作る工場を蒲田に建てたんですって。ちなみに今では大倉陶園は宮内庁御用達だったり、各国元首へのおみやげになったり、日本を代表する高級洋食器メーカーなんだそうですよ。


知らなかった。高級洋食器とか、今までも、これからも縁がなさそうです。




工場の敷地が斜めである理由



ところで、「吾等が村」の航空写真をもう一度よく見ると、左側が不自然に斜めに欠けています。
ここは何かと申しますと……



六郷用水が流れていたんですね。六郷用水は江戸時代初期に作られた農業用水路で、多摩川から取水し、六郷土手のほうに流れていきます。



この道がかつて六郷用水だったところです。すでに埋め立てられていますが、無駄に広い歩道が暗渠の感じを出していますね。今は主に下水道に使われているそう。



このあたりは用水路が蛸の手のように分岐していたんだって。


羽根つき餃子と、〆はやっぱりアレに乗る?

さてさて、ここらで「吾等が村」の話は終わりですが、せっかくなんでもうちょっとうろうろします。



これ全部絵?


手前の部分だけ実際の植物みたいですね。後ろの絵にごまかされて勘違いしちゃうけど。


トイレでトリックアートかあ。中の便器とかも絵であってほしいな。


事故が発生しますね。






JR蒲田駅の東口。こちらは正しい商店街が続いています。




スゲーコスパな肉と…ワインの絵文字。


スペースの関係だろうか、表意文字は便利だなー。






蒲田といえば、羽根付き餃子ですよね。今日は春香園に来ましたよ。







石塚さんのサイン、前にもどこかで見たことあるな。フットワーク軽い。



僕は羽根付き餃子はじめて食べたけども、パリパリ部分の広さにビックリ。そのくせ直後に吹き出る肉汁がすごくて小籠包のそれみたい。




ちょっとお腹いっぱいになったので食休めに呑川でぼんやり。
蒲田くんがいま上陸してきたら3回くらい死ぬ。

さ、駅に戻りますか。







さっきからユザワヤが多すぎる。
調べたら、蒲田はユザワヤのホームタウンなんですって。今も変わらず本社があるそうですよ。
あっちこっちに店舗があって、それぞれ専門分野が違うみたい。




ん、あの屋上にちょこっとだけ見える丸っこいのは、もしや?


あれ、観覧車ですね。東急プラザ屋上に「かまたえん」っていうのがあってそこで観覧車乗れるんですよ。


大人でも乗れるんですか?


心が綺麗なら乗れますよ。


心が綺麗だから行きましょう!







さあ! かまたえんについたぜ!観覧車に乗るのなんて何年ぶりだろうなぁ!




ママさんたちがのんびり子供を遊ばせている。おじさんがうろうろすると怪しいから静かにしていたが、あの小田急電鉄みたいな車両に乗ってみたかった。




幸せの観覧車だって。理想郷を探す散歩の〆にふさわしい名前。
これは、都内で唯一の屋上観覧車だそう。初代観覧車は1968年からあるんですけど、2014年の東急の一時閉店のときなくなりそうだったんですって。しかし存続希望の声がすごくて復活、今も昔も蒲田の名物です。




観覧車って全く止まらないから乗る時にちょっと緊張する。


ノコノコしすぎて大けがしたらどうしようみたいな焦燥感ありますよね。





そそくさと乗り込みました。



あ、さっき見たIMONボウリングだ。あのピンは遠くからでも分かるので迷子になった時に便利そうだな。





こんなところに、理想郷建設を試みた人が居たんですねえ。これこそ蒲田モダンだよね。ところで、今黒澤さんについて調べたら、渡米してシカゴを視察してるんですね。もしかしたら車工場の社宅を見て影響を受けたんじゃないかなあ、なんて思ったんですよ。ねえ、山川さん。





えーっ。





うわぁ! 揺れた!


観覧車、駄目なのかよ!!


昔、友人とジェットコースター乗った時に、加速する直前で安全ベルト外されたことあったんですよ。もう死ぬんじゃないかと。それ以来、絶叫系の乗り物を降りるときは生きていることに感謝するようになりましたね。


観覧車は絶叫系ではないです。




(おしまい)

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参考資料
蒲田西口商店街
クロサワタイプライター
大倉陶園
おおたマップギャラリー 蒲田モダン
屋上かまたえん
ゴジラが破壊した「蒲田」は昭和の楽園だった
都市と消費とディズニーの夢 ショッピングモーライゼーションの時代/速水 健朗


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山川悠

誰もいないバッティングセンターで数百円分の素振りを楽しむのが好きです。
いや、本当は好きじゃない。みんなが見てる前でカキンカキンしたい。高校時代は帰宅部。

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