岸根公園を散歩しました

  • 更新日: 2019/05/14

岸根公園を散歩しましたのアイキャッチ画像

雨の翌日、この窪地がものすごくぬかるむ。


横浜市営地下鉄ブルーラインに「岸根公園」という駅があって、港北寄りの住民の間ではわりと人気スポットではないかと思います。
かくいう私も年に何度か来る。



ただ最近まで、この公園とちゃんと向き合ったことがなかった。
いつも子供連れてくるので、主に子供を見ている。割れて湿っぽい、いやもっとちゃんとしたのあるだろ、みたいなどんぐりを「おかあさんに渡すから持っておいて」と言ってくる子供を見ている。汚いどんぐりを渡されたら僕は困るし、妻も困る。どんぐりも困ってるかもしれない。「へへっ、なんかすいやせん……去年は綺麗だったんスけどね……」みたいな。みんな困る状況をニコニコ作り出す子供を見る生活を送っている。
だから、岸根公園のことをちゃんと考えたことがなかった。

ところで、ただっ広い公園ってのは首都圏だとだいたい怪しくて、なにかしらの理由がある気がします。
たとえば西ヶ原に土地を持て余してるような公園があるんだけど、そこはちょっと前まで外語大があって、その前は軍の何かだった。
土地活用に困ってそうな公園というのは警戒しないといけない。警戒? 警戒しないといけない。西ヶ原の公園のメインスペースはたしか「大きな芝生の広場」という名前だった。持て余してるじゃん。くれよ。ちょっとでいいから。大きな芝生に小さな家を建てるから。厳しくも温かいヒューマンドラマを繰り広げるから。

岸根公園もそうで、広い無のスペース、窪地が真ん中にある。球技をしたりめいめい使っているから、それ自体は別にいいんだけど。
それで歴史を紐解くと、ここは米軍に接収されて岸根宿舎でした。返還は昭和48年なので、わりと最近まで米軍の何かがあった。
死体が埋まってるみたいな話もあるからかどうなのかは知らないけど、その返還された敷地全体が公園になっていてほかの開発はされていないように見えます。

さらにその前は、どうだろう。
公園の端に「篠原池」という池があります。



改めて考えると、この公園は、篠原池と、無の窪地と、それを囲む高台で構成されている。
だから、窪地までが大きな篠原池だったんじゃないかな、という仮説を、僕はなんとなく持っていました。
調べたことはなかったけど。



ほら、けっこうな窪地でしょ、ここがさあ、雨の翌日来るとわりとひどいんですよ。
こぢんまりと遊ばないといけなくて、広さを生かしきれていない。

ある日遂に、明治時代の地図でこの公園のあたりを調べたんです。何がきっかけだったかは忘れました。旨いもんでも食べて気分が良かったんでしょうな。
篠原池は今よりちょっと大きかったのですが公園全体を覆うほどではなく、予想は外れたのですが、窪地は"田んぼ"と書いてありました。高台に囲まれた、いわゆる谷戸の田んぼ。

分かるわ~。
今も雨の翌日、すごい田んぼっぽいもの。
「田んぼかよ!」って、いつかの日曜日の僕が言った可能性すらある。
いまだに稲植えたら育つんじゃないかしら。大層な胆力の持ち主がこの公園で稲作を再開しないだろうか。そして僕は「大層な胆力かよ!」って言うと思います。

それはいいんだけど、こういう、公園ひとつとっても、考え出すといろいろある。
そんなわけで、ちょっと今日は岸根公園をちゃんとしよう、と思ったので、よく降りる岸根公園に一人で降りました。
それではスタートです。


岸根公園駅前



降りましたけどね。平日ということもあり、降りる人は殆ど居ない。
乗降者数は2017年で11,672人、ブルーラインの下から数えて5番目です。
いやここ、ほんと、土日だけの需要なんですよ。大きなマンションがあるわけでもない、公園に寄り添うだけの駅。

ところで、このエリアのアイデンティティーは何なんだろう、と思いました。
やっぱり岸根公園なんでしょうか。



駅名が岸根公園ですし、岸根公園を名乗る店舗は多い。



一方で、交差点名は「篠原池」でした。
ずっとある池は強いです。



バス停は「篠原池(岸根公園駅)」でした。
この土地は篠原池のほとりという認識だけど、ブルーラインへの乗り換えにも考慮したバス亭名。

地名である「岸根」を名乗る店舗は見かけなかったです。あるかもしれないけど。
新横浜のテリトリーでもあるので、「新横浜」と名乗るものも見かけました。
それから、あとで行きますが、すぐ近くが区境でその向こうが神奈川区の六角橋、白楽という、ちょっと引きのある地名なので、それを名乗っているアパートがありました。

というわけで、いろいろでした。




ちょっと岸根公園の中入ります。
高台と窪地を利用した滑り台がある。
土日はむちゃくちゃ並ぶ。ラーメン二郎かこの滑り台かってくらい並ぶ。滑り終わった子にラーメン二郎を提供したらどうだろう。




こう見ると、いい窪地だな。
今日知ったのですが、ここ「せせらぎ広場」と言うらしい。
ぬかるむこと前提のような名前で良かった。




田んぼの端だったところ。
建物が何も無いと、地形がむちゃくちゃ分かりやすい。
こんな感じで建物が全部消えるVRコンテンツ欲しいな。




あれ、野球場もあるんだ。
幼児と一緒だとここまで来ることないから、岸根公園の中にも行ったことない場所まだある。




ドリームナイスとポイントチキンズの試合がある。
両チームとも、お得感がちょっとするのなんだろな。
チーム名の前に「ファミマ」ってつけてもしっくりくるというか。




公園出ます。南の方の出口、このラインは古地図を見るとまさに田んぼに続く山道があったところだから面白いよね。
ここに道を作らざるを得ない圧みたいなのが、きっとある。


岸根公園の南、六角橋の山



公園の南側を出ると「水道道」で、これは片倉町のあたりを起点として菊名を通り、鶴見のほうまで通る道で、その名の通り水道管が埋まっているらしい。
埋まってないかもしれない。三種の神器は誰も見たことが無い。そういうことです。



そこを渡ると急にのどかな高台の住宅街になって、ここは住所的には六角橋らしくて、ということは水道道を境に港北区から神奈川区に入った。
写真は、硬度を偽って捕らえられた天然水たちです。




住宅街だか商店街だか分からない道が続く。
この装テンと同じ柄のシート持ってた気がする。虹のシンメトリー。




あれ、URだって。コンフォール北原。
こんなところにUR。




このあたり、相当な広範囲がURっぽい。




あと鉄塔。山間部はどうしてもね。越えないといけないから。




このあたりは保土ケ谷線だって。




勝手鉢があったけど、公式植え込みに擬態するほどに成長できる気がしない。
生命力どうした? 学校の先生風に言うと、生命力忘れてきたのかー? おーい、生命力忘れてきたのかー?




6だけ管理がアナログだった。




今度は東のほうへくだる。ヒョー。
さらに先には、また同じくらいの高台と住宅街が見える。




エゴノキの花かな。めちゃくちゃ落ちてた。



貝殻をコンクリートで固めるのはどういうことだろう。
踏んだらバリって割れて、しかも修復不可能じゃん。
怖くて触ることもできなかった。
進入禁止であったり、歩行通路を強制するためのものであったなら、それはとてもうまく機能している気がする。




鉄塔の競演。



獰猛な何かを捨てた気がする。




設計書をエクセルで書いて、それを忠実に作っちゃったのかな。




平地まで降りたら北町商和会という商店街だった。
オゴ~こんなところに商店街あるの知らなかった。来てみるもんだな。




南北に走る現在の幹線である横浜上麻生道路はあたらしい道で、それよりも一本西、今居る北町商和会の道が古道で、昔から栄えていたようです。


かつてあった二ッ池

ところでこのあたりには池がたくさんあって、さきほど見た篠原池のほかに、菊名の菊名池(妙蓮寺の回で行きました)、白楽のほうには白幡池というのがあります。
このあたりは高低差が非常に忙しくて、あと水も湧いているものだから、池ができやすいのかもしれません。


(2万5千分1地形図 大正6-昭和3年)

古い地図を見ていたら、この近くに「二ッ池」という池が存在していました(地図右下)。篠原池(地図左上)より大きかったのですが、今は無いみたい。
二ッ池の西側のにぎわっていそうな道路は、現在は北町商和会になっているところです。

ちょっと、二ッ池の跡地へ行ってみることにします。



北町商和会はぼつぼつやってます。



ここかなり気になったんですけど、今日お弁当持ってるから入らないです。
パンだけやけに具体的だな。




会の上は投げたら返ってきそうだけどな。
仕留めたのかな。




すばらしいゲート。正式には「六角橋北町商和会」と言うらしい。



反対側(入り口側)から見てもすごくいいんですよ。
このY字も昔からあるY字なので最高のY字です。


©OpenStreetMap contributors / CC BY-SA

あ、そうだ、それで、二ッ池は、だいたいこんな感じだったんじゃないかと思います。
北町商和会と、横浜上麻生道路より北のあっち側の道まで。
この池は60年前には埋め立てられているようですが、今もなんとなく、池のあとの土地の使い方は遠慮がちな気がしました。



タジマヤの先あたり。なんもないです。



やけに細長いエネオスがある。むりくり細長く使ってる感じがするのは気のせい?



ここは何も無い。



あと二ッ池の東端だと思われる場所に小さなプールがありました。
これは、二ッ池の名残と言って良いんじゃないでしょうか。

というのも、近くの菊名池も半分が埋め立てられ、そこはプールになってるんです。
横浜は池を埋め立てるとプール作る説。
埋め立てたあと掘って水を張るのってどういう心境なんだろう。



あとそのプールの管理棟がいい雰囲気だった。


岸根公園の東側、篠原の山



もう駅に戻ろうかと思ったけど、こんな階段を見つけてしまったので登らざるを得ない。
このステージはクリアしておきたい。



オギョギョギョ~
マジでオギョギョギョ~って声出てたと思います。当時。




急な階段だったからすぐ見晴らしよくなった。速攻効くニンニク注射みたい。ニンニク注射したことないけど。
横浜上麻生道路が低地で、その向こうに、こちら側と同じくらいの高台の住宅街がある。
あれ、さっきも同じようなこと言ったな。
さっきは反対側の高台で言った。




このあたりの高台も住宅街になってる。
あれ、車があるな。さっき急な階段でここまで来たのに、ほかに道があるんだろうか。
それかこの高台内に自動車工場があって高台ですべての生活必需品を賄ってたらいい。そうであれ。




さらにのぼるかくだるかの2択。よし、さらにのぼる!




なんか、あの鉄塔、ゴールドっぽくないですか?
当たり?




近くで見たら錆びているだけだった。
ちょっと錆びてる鉄塔は遠くから見ると金色に輝くという知見を得た。



それはそうと、これは保土ケ谷線ではなくて横浜火力北線というはじめて見るやつだった。




そろそろ帰る。



ちなみに今下っている坂の角度は10度くらいなんだけど、これでもけっこうきついと感じる。
個人的に、小学校で使う三角定規の最低が30度のせいで、30度=雑魚、みたいな思い込みがあるんだけど、10度くらいで既に鬼坂ですよね。
電車だと最大で箱根登山鉄道の80パーミル、4.574度くらいの坂しか上れないらしいですし。




だから階段っつーのはすごい発明だなあ、と思ったりする。




雨の日、無慈悲に流す方式が潔くて良かった。




えっほおずき? と思ったけど、チロリアンランプという花のつぼみらしい。
たしかによく見ると下から黄色い花がチロリアンと見えている。




ここから水がじゃんじゃん流れてた。湧いてるのかな。




だいぶ下山した。車に注意を呼びかける看板がちらほら出てきた。




車も売っている。
この並びに「パエリア」って入れても数年間気づかれない気がする。


帰る



横浜上麻生道路沿いにフレッシュマーケット見つけた。フレッシュマーケットって何だろうって思ったら、トップグループのスーパーでした。
トップ、トップパルケ、フレッシュマートみたいな名前でけっこう渋い地域に出店している。名前が揺れているのは、親会社が変わったりくっついたりの歴史の結果らしい。いずれにせよ、住みやすさレベルが上がるやつ。




あとこのあたりの寺といえば曹洞宗の東……?



まあもういいよ。東……はもういい。
弁当持ってきたから岸根公園に戻って食べます。
どこに座っても篠原池が見やすい、階段状の席があります。
将来、篠原池オンアイス的な何かが開催されることになっても楽しめそうです。




それよりこの焼きそばの盛りを見てください。
いいでしょう!
おわりです。






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ヤスノリ

街の歪み研究家。1年に100駅以上降りる。駅を制覇する系のアプリは本気出せば結構なとこまでいくと思うのだけど、毎回起動を忘れる。

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