矢口渡を散歩しました

  • 更新日: 2017/06/15

矢口渡を散歩しましたのアイキャッチ画像

矢口の渡し跡はひっそりとあります。


こんにちは、ヤスノリです。
今日は、東急多摩川線、矢口渡に来ております。



その名のとおり、ここらには多摩川の矢口渡がありました。



明治初期の地図にはまだ橋は無く、船が描かれています。わくわくするよね!
矢口渡といえば、お隣の駅、武蔵新田でやりましたが、新田義興公が誅殺された場所として有名です。矢口渡から舟で多摩川を渡ろうとしたときに罠にはめられたのでした。そんな名前を冠する駅ですので、物件的には完全に事故物件なんですけど、まあずいぶん昔の話ですしね。



むしろこの商店街のマーク、新田義興なんじゃないかっていうね。この人死んだよ! 死んだ場所だよ~! みたいな感じで使われている感じがいたします。まあ、ずいぶん昔の話ですしね。

そう、この辺の土地勘が無い人は意外かもしれませんが、実は矢口渡は蒲田の隣駅です。でも、カオスかつディープな蒲田感はゼロでして、ここは多摩川線文化圏だと思います。多摩川線文化圏ってのは俺が勝手に言ってるんですけど、1)独自発達した駅前ローカル商店街、2)クロスフェードしてくるおだやかな住宅街、3)町工場、4)多摩川の河川敷 みたいな。代表的なのは下丸子で、私が個人的に好きなエリアです。



一般的に、大きな駅の隣って商店街が衰退しがちですけど、ここは蒲田に頼らず、独自文化を貫いております。
それでは、そろそろ、矢口渡、行ってみます。

矢口渡駅前



というわけで、降りました。




駅前にあるZAOHっていう喫茶店。SINCE 1949だって。






飲み屋とかも完備されている。いいですね。いいですねっていう感想もどうかと思いますけど。


矢口の渡商店街



南に伸びるのは矢口の渡商店街。駅名は「矢口渡」だけど、商店街名は「矢口の渡」。
「の」が入っているんですね。




何個も書いているところに狂気を感じる。








良い商店街なので言うこと無い。早く抜けたい気分。




SEIYUがある。まいばすけっとの前にSEIYUみつけたのはいつぶりだろう。
どちらにしろ、住みやすさポイントが上がるやつです。




装備ととのえてから行かないと全滅する感じの入り口があった。




パイロンのはやにえです。かわいそうですね。




こういうの、それぞれがアプリだったらいいなって思う。




商店街のちょっと奥まったところにほこらがあります。
放光地蔵っていう名前なんだって。光放ってるんでしょうか。




夜間はわりと光を放ちそうではあります。
第二次世界大戦で亡くなった人を供養するための、比較的新しいお地蔵様だそう。


矢口渡駅の南側



ちょっと商店街離れて東へ折れてみます。




セールス




小さいガードレールいいですよね。家で飼いたい。
何食べるんだろ。落ちてる手袋とかかな。




特に証拠も出さないですけど、この道は古い道で、このカーブも明治以前からあります。
あの神社も昔からあったみたい。




でも塗り直していて、古い感じはしない。
当時のままに塗り直しても、見慣れた「古さ」が消えて嘘くさくなる問題ってありますよね。ちょっと前も、日光東照宮の三猿が塗り替えられて話題になってましたね。




電気自動車って書いてあるから電気自動車なんだろうけど、ほんとかなって思う外観。
でもこういうのに限って技術詰まってたりするから侮れない。




多摩川二丁目児童公園。



小学校六年生が、授業の一環で、この公園を改造したそうです。授業の一環で、公園を改造。
声に出して読みたい日本語ですね。



なんとなく、言葉足らずなのは、小学生が改造したからだろうか。




言語道断、の言葉の強さ。










町工場が多いのが大田区下町スタイルです。


矢口渡駅の西側



第二京浜に出ました。



ここでちょっと住所の話。
矢口渡駅の住所は実は矢口ではなく「多摩川」で、第二京浜の東側が「矢口」です。
一方、矢口渡跡は「矢口」にあります。
そして、実はお隣の駅武蔵新田も住所は矢口です。住所的には、矢口渡は武蔵新田のものな気もしなくもない。矢口渡の船着き場を再現した公園も武蔵新田駅の近くにあります。

あとちょっと気になるのは、住所の境界線が環八ではなく、ちょっと北の細い道路になっているんですね。
なんでこの道路こんなに偉いの?



この道路は六郷用水の南堀でした。ここが境界線なのも納得です。

さて、散歩続けますよ。



ロードサイドの看板、結構遠くから「あ、行こうかな」って思わせるために、間近で見るとけっこうでかくて太いんですけど、



自転車くくりつけられてた。豪快すぎる。店長の自転車であってほしい。




このあたりは下町の路地なのですが、



突然、どこの国? みたいな路地があってびっくりした。




桂川精螺製作所。ねじのスペシャリストみたいな会社なんだそう。よく言われる、下町の町工場に大企業が発注する、みたいなやつの典型かなあ。
ちなみに、社屋は大正時代の建築で、ドラマ版下町ロケットの社屋として使われたんだそう。
今は建て替え工事してました。俺、こういうの間に合わないことでおなじみです。



119に電話して「119」って言う人。




穴埋め問題。




そうこうしているうちに、東八幡神社がありまして、



その中に、矢口の渡し跡があります。
っていうか、ここは、送り仮名「し」がつくんだ。
整理すると、こう。

駅名:矢口渡駅
商店街名:矢口の渡商店街
スポット名:矢口の渡し跡

ものすごく神経質な人をここに連れてきてこいつら見せたら死ぬと思う。凶器は送り仮名。完全犯罪を成立させたい。

ちなみに、矢口の渡し跡には舟があるとかそういうこともなく、



赤いジャングルジムがあります。




「ー」はよく収まったな。
収納力に長けた「ー」ですこと。ニトリの便利家具コーナーに売ってそう。




でたー! 多摩川ー! と、第二京浜の多摩川大橋。




矢口渡跡からちょっと離れたところに寺があって、



圓應寺。もしかしたら矢口渡の何かあるかなあと思って来たのですが、特にありませんでした。



ただこんな感じで仏様がいっぱいいて、



それぞれ名前がワードで書いてあったので親切だなって思いました。それだけです。
散歩続けます。




多摩川大橋の下まで来たぞ。
昭和24年に完成したそうで、確かにこのあたり古そう。




多摩川大橋をくぐります。
第二京浜のものじゃない橋桁が向こうに見えますけど、これは「多摩川専用橋」っていう別の橋なんだそう。
NTTと東京電力が仲良く専用線の多摩川越えに使ってるんだって。




そんなに主張しなくても、取られないから大丈夫。
それとも俺の知らないところで領土合戦が繰り広げられているんだろうか。




緊急時に物資を積んだ船が停まる場所なんだって。なんと、矢口渡は残っていた!




ゲートボール場なら、そうだろうな。




多摩川大田区流域名物「ピンクと白が反転している対のブランコ」がここにもある。
このシュールさ、伝わるかなあ。これ、ニューヨーク近代美術館に置いたほうがいいですよ。誰かが勝手にメッセージを読み取ると思います。



あとは食のみに特化したリスと、



生への欲求を失った豚などが居ました。




多摩川河川敷は、看板に空色を使ってくるから好き。
ちなみに、これは普通に上から順に読むんだけど、たまに、



上下から、真ん中へ読むタイプがあります。中央の「禁止」は、上下それぞれに係っている。




さて、そろそろ河川敷を離れて矢口渡駅のほうに戻ってきました。
ここらは最初に来た矢口の渡し商店街の裏通りあたり。ちょっとこのあたりのとろけた感じを楽しみながら帰ろうと思います。




どこかに干したい濡れぞうきんが3枚。
外に出るとパイロンが3つ。
アッ! ここだ! みたいな。




この仕分けのルールを知りたい。




来々軒。いい。



陽に当たりすぎて食品サンプルの麺の色が大体灰色になっているのもいい。




小さすぎる出入り口。



これ用だろうか。


矢口渡駅の北側



そういや、矢口渡駅の北側は、



すぐそこに環八が走ってます。これ超えると池上がわりと近い感じ。みなさん超絶飽きている頃でしょうけど、ちょっとだけ歩道橋渡ってみます。




金網の会社だと思うんだけど、ビルのオーナーが「これは金網だよ」という意味で「金網」って書いてあるだけだったらすごく頭がおかしくて良いな。そうであれ!




環八渡ってすぐ、サーティーワンアイスクリームがあるんですけど、



裏の駐車場? のとこにコーンのオブジェがあって、さすがアイスのワンダーランド! と感心したのですが、



ガチのやつでした。思った味と違ったんでしょうか。




安方神社。建てられたのは江戸時代だそう。安方っていう地名はもうないんだけど、このへんはもともと安方村でして、安方中学校とか、あとはこのあたりを通る鉄塔の安方線とかに名前が残ってます。




ボール遊びはゴムまりにかぎる。ゴムまり、いま売ってるかなあ。




あ、この道、さっき言った、住所の境界線にもなってる六郷用水です。もう忘れちゃった? まあ、いいですけど。
微妙にくねっているあたりとか、川の感じがなんとなく残ってますね。






こっちには、安方商店街がのんびりと続いてます。



このスーパーの平和な感じすごくないですか。世界が核の炎に包まれた翌日もようかんが入った菓子パン売ってそう。




「カフェのような不動産屋」で検索だそうです。調べたら、ホントはイーハウスっていう会社名なのでそっちのほうが検索ワード短いんだけど、イーハウスっていう社名はわりと被るからだろうな。
しかし、カフェのような不動産屋って何だろう。スタバでいうところのベンティアドショットヘーゼルナッツバニラアーモンドキャラメルエキストラホイップキャラメルソースモカソースランバチップチョコレートクリームフラペチーノみたいな感じで、サンエルディーケーフロトイレベツオイダキアリシュウノウオオメフローリングニカイイジョウミナミムキエキトホジュップンイナイチカクニコンビニアリみたいな注文ができるんだろうか。




そんなこんなで、矢口渡駅に戻ってきました。おしまい。


雑感

矢口渡ねー。冒頭でも言ったんだけど、蒲田の隣とは思えないのどかさ、商店街の普段使いできる感じ、典型的な多摩川線の住みやすい駅でございますね。
多摩川線の独特な雰囲気のもとは何なんだろな。東急の駅ですが、東急の街作りの匂いがしないんですよね。

ところで、東急多摩川線といえば、2000年までは東急目黒線とあわせて、目蒲線の一部だったのでした。
この目蒲線って、昔からローカル線としてネタにされてたらしいんですね。1980年代に自主制作されたおおくぼ良太さんの「目蒲線物語」の歌詞にこんなのがあります。

だけどプライドはあるんだよ 田園調布を走ってる
けど 田園調布の人はみんな東横線を使う
東急から見放され 今時クーラーも付いてない
夏は暑くてサウナ風呂 そのくせ冬は冷蔵庫


東急に見放され、勝手によろしくやってきたのが、目蒲線沿線のいいところだったのかもしれません。
そして、2000年に目蒲線は多摩川駅で分断されるのですが、多摩川以北は「目黒線」として南北線、三田線と直通運転をはじめ、なにかと便利な路線として大出世します。一方、残った多摩川線は……そのままなんですよねえ。いや、そのままでいいんですよ。多摩川線こそ、目蒲線の正統な継承者なのですから。
空港のアクセスをよくするためにJR蒲田と京急蒲田を結ぶ蒲蒲線のプランでは、多摩川線に新駅ができて京急蒲田まで行けるようになる感じですけども、既存駅にはあんまり関係なさそうです。俺はこの路線と駅が好きなので、これからも、のんびりした感じであってほしい。

そんなわけで、矢口渡でした。またねー。


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ヤスノリ

サンポー編集長。1年に100駅以上降りる。駅を制覇する系のアプリは本気出せば結構なとこまでいくと思うのだけど、毎回起動を忘れる。

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