真夏の横浜中華街

  • 更新日: 2020/09/15

真夏の横浜中華街のアイキャッチ画像

横浜中華街の入り口「善隣門」


「禍福は糾える縄の如し」ということわざがある。幸と不幸はより合わせた縄のように交互に来るもの、という意味の言葉だ。

ライターの仕事に専念しようと意気込んで三年勤めたバイトを辞めたものの、いざライターを本業にしたらそんなに簡単にはいかなかった夏のこと。私は精神的に「禍」の真っ只中にいた。

八月某日、関内駅周辺。バイト先のロッカーに残していた私物を引き取り挨拶を済ませ、市庁舎の前の通りを歩いていた。
退職を決めたその時はこれでやっていけるはずだと思っていたがうまくいかず、あれだけノリノリでバイトを辞めたくせに自分が間違った選択肢を選んでしまった気持ちでいっぱいだった。なんのために三年も続けたのだろう。我慢して両立をすればよかったのかもしれない。でももう戻れない。そう思うと、目に映る何もかもが沈んだ色をして見えた。

このまま帰宅するのもなんだか気が進まない。かといって行きたい場所もない。だらだらと目的もなく歩いて横浜スタジアムの脇を抜けると、いきなり中国風の鮮やかな色彩が目に飛び込んできた。横浜中華街の入り口「善隣門」である。
住み始めて四年目になるくせに横浜の地理をまったく把握できていないので、中華街がバイト先とこんなに近い場所にあったことに驚いた。相変わらず気は進まないままだったが、私の足は善隣門のほうに伸びる横断歩道の白線を踏んでいた。

横浜中華街はコロナ禍の影響か人もまばらでシャッターを下ろしている店が多く、想像していたよりもずっと閑散としていた。甘栗売りも飲食店の客引きもどことなく退屈そうだ。一階が店舗になっている雑居ビルを見上げると、誰かの洗濯物らしき藍色のTシャツがはためいているのが見える。私はとりあえず中華街のメイン通りを歩くことにした。



道で売られている肉まん、あんまん、ゴマ団子、焼き小籠包。土産物の赤い唐辛子のストラップ、ガラス越しに見える丸のままの鶏のこんがりと焼けた色、千円の手相占い…。雑多だ。風景の情報量がおかしい。暑さもあってくらくらする。

歩きながらぼんやりと通りの左右の店を見ていたら、あるものを見つけた。よりよりである。
よりよりというのは愛称で、だいたいの場合それは「麻花(マーホア)」という名前で売られている。かじると固く、ジャンクな油の匂いと微かな甘味を感じる揚げ菓子だ。縄をよるような形状なのでよりよりという愛称がついたのだろう。ちょっと間の抜けた響きが可愛らしく、同じ中華菓子の月餅のような華やかさと知名度はないが個人的にかなり好きなお菓子である。
初めてよりよりを知ったのは数年前に両親と中華街に来た時のことだった。見た目の地味さもあって最初はあまり興味をひかれなかったが、食べてみると素朴な味がして親しみを感じるようになった。懐かしいなと思って一袋買う。そしてよりよりの入ったビニール袋とバイト先から回収してきた私物入りの紙袋をぶら下げてまた歩く。

ふと横を見ると少し狭い通りに中国風の提灯がかかっているのが見えた。



観光地然としたメイン通りとは明らかに違う、中国映画のような風景だった。今日は中華街に遊びに来たわけではないが、少しくらい散歩をしたって別に構わないだろう。進路を変更して横道に逸れる。

狭い通りからさらに横道に逸れるとそこにも提灯のかかった路地があり、提灯には「路小南台」と書かれていた。こちらには何かの旗のようなモチーフの飾りもかかっていた。





民家の通路らしきところの朱色の扉には中国風のステッカーのようなものが貼られている。道の脇に自転車が無造作に停めてあり、時々どこかから中国語が聞こえる。当たり前だがここにも人がいて仕事があり、生活があるのだ。

場所もわからないが路地から路地へと歩き回っていたら「手相占い五百円」という看板があらわれた。
占い、四半世紀以上生きてきたけどちゃんとやってもらったことは一度もないな…。そう思いながら看板を見つめていると店の奥から出てきた女性にカタコトで「ウラナイ、ドウ?」と尋ねられた。普段なら当然「ノーセンキュー」一択だが、このときは物は試しにやってみようという気持ちになっていた。五百円ならまあ安い。あとで友達とオンライン飲みするときのネタにしようと思ったのだ。
席に通されるとそこにはすでに不敵な微笑みを浮かべた占い師のおばさんがいて、コロナ対策の透明なシート越しにいくつかのコースの説明をされた。五百円、千円、二千円の三つのコースがあって、一番高い二千円のコースを熱心にすすめられたが「五百円のでお願いします!!」とはっきりお断りした。
占いの内容は想像通りというかわりとよくある感じで「大器晩成タイプ」やらなんやら言われたので曖昧に笑って頷くしかなかったが、お会計の時に占い師のおばさんが「ネガティブにならないようにね、それが楽しい人生の秘訣だから!」と笑って言ってくれたのが一番心に響いた。
そんな人生の秘訣は世の中にあふれているし私だってそんなこと知ってる。でも、自分が不安な時に誰かに直接目を見てそう言ってもらえると心強いものだ。案外それが占いというものの本来の目的なのかもしれない。



汗だくだったので帰宅してすぐにシャワーを浴びた。髪の毛を適当に乾かして布団に倒れ込む。エアコンをきかせた部屋は涼しく、心地よい疲労もあいまって私はすぐに眠気の端を捉える。
目を閉じるとよりよりが無限によじれていくさまがまぶたに浮かんだ。
「禍福は糾える縄の如し」ではなく「禍福は糾えるよりよりの如し」であるといいなと半分眠りながら思った。



私に起こる禍も福もすべて受け入れよう。それら二つからは逃れられないし、どちらかしか受け取ることもできないのだ。生まれたからには生きなければいけないし、生きていればだいたいどうにかなるだろう。ねじれて交互にやってくる良いことも悪いことも、ぜんぶ美味しく食べてやる。







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望月柚花

93年生まれのライター兼フォトグラファー。読書と音楽と甘いものと日本酒が好き。よく眠る人間です。

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