東京チェーン散歩〜松屋新宿靖国通り店

  • 更新日: 2021/11/23

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ありし日の牛丼を求めて

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12時40分。新宿。
待ち合わせの13時まで、20分。別の打ち合わせが終わったばかりで、なにも食べていない。腹はへっている。

こんなときはチェーン飯に限る。短時間栄養摂取の強い味方だ。しかし、店探しと食事、それと戻る時間も含めて20分か。厳しい戦いだ。でも、そんなせっかちなオーダーに応えてくれるのがチェーン飯なのである。

久々の東京チェーン散歩、第4回目となる今回は、「散歩」というより「捜索」だ。

チェーンを探しに行こう。

気ままに歩くわけにはいかない。

そうだ、たしかヤマダ電機の大きなモニターの下に吉野家があったはずだ。そこに行こう。昔、そこでよく食べていた。


▲この下に吉野家があった

新宿の地下に張り巡らされたサブナード(地下街)に降りて、すぐに吉野家の前に行けるようにする。サブナード、地下だからかいつも自分がどのあたりにいるのかわからなくなってしまう。けれども、今、そのようなミスは許されない。案内板を元に慎重に歩みを進める。

12時43分。迷わず地上に出る。すべてがうまくいっている。


緊急事態



いくつもの映画やアニメーションで描かれたヤマダ電機の巨大モニター。目の前には、歌舞伎町が見える。緊急事態宣言下だ。心なしか、活気がない。



横目に日高屋を見る。日高屋の380円中華麺も捨てがたいけど、吉野家と心に決めたいま、どうもラーメンの気分じゃない。申し訳ないが、行かせてもらう。

もう少しで吉野家だ。そのとき、私は気付いた。

ない。吉野家がないのだ。

真っ白になった看板で察する。念のため、まわりを見渡すが、どこにもない。たしかに、この位置に吉野家があったのだ。



ここで牛丼を食べた記憶が走馬灯のように蘇る。

コロナ禍の中、大手チェーンストアの多くが閉店を余儀なくされているという。
チェーンストアが無くなることに、意外にも悲しさを覚える自分がいることに気がつく。チェーンストアは全国どこでも同じで愛着が湧かないと言われがちだが、それでも、やはりその場所に根ざし、それを使った人たちの思い出を作り出す場所なのではないか。

と、そんな想いにふけっているうちに時計を見る。

12時45分。まずい。時間がない。急いで探さねば。


牛丼屋を探せ

もう、さっき通った日高屋にしてしまおうか。いや、でも、吉野家を食べようと思った私の腹は、牛丼腹になっている。ラーメンじゃない。せめてこういうところだけでもぜいたくを言わせてほしい。

探そう、牛丼屋を。

遠く続く靖国通りを見通す。



昔の新宿といえば、この靖国通りを中心にアングラ演劇やフォークソング、あるいは得体のしれない有象無象のものたちがあつまり、日夜、祭りのような騒ぎだったという。昔の新宿を移した映像かなにかで、昔のこの通りの姿を見たことがある。
たしか、この道路の真ん中に都電が走っていたのだ。

いや、しかし、そんなことを考えている場合ではない。私は過去ではなく、現在の牛丼屋を探している。

靖国通りから一本入り、迷宮のような路地を探索する。



すためし、



家系ラーメンに



コメダ珈琲……

ある。食べる場所はいくらでもある。いくらでもあるのだ。
しかしない、牛丼屋が。
どうした新宿。


松屋の光

12時49分。きわめて厳しい戦いになってきた。

何もないときは、目の前ばかりを見つめてはいけない。遠くも視野に入れる。人生の基本ではないだろうか。遠くを見つめる。ある!靖国通りの向こう側、歌舞伎町にある。あるぞ。あった。

松屋だ。


▲遠くに松屋が見えるのがわかるだろうか

通りの向こう側だが、信号を待てば、すぐに入れるだろう。選択肢は牛丼一択だから、メニューで迷うこともない。店まで1分、頼んで2分、食べて5分、猛ダッシュで駅まで戻って4分。いける。勝利への道筋がはっきりと見えた。

これはいくしかない。これが松屋へのビクトリーロードだ。

信号を渡り、松屋へ。松屋靖国通り店というらしい。ありがとう、靖国通り店。


▲靖国店の外観

さあ、中に入ろう。


牛丼を待ちながら

店の中には2台の券売機がある。入り口近くの券売機を選んで牛丼を選択。時間節約のために、ICカードで購入しようと思ったら、できない。どうやら電子マネーで払えるのはもう一台の券売機らしい。おもわぬトラップ。おもわぬタイムロス。
急いで現金を入れ込む。

牛丼。牛丼一択です。券が出て来て、カウンターに出す。あとは待つだけだ。

周りを見渡す。歌舞伎町ということもあっていろいろな人がいる。
全体としては、女の人が多いのが目に付く。ゴスロリの服を来た二人組。なんだろう、新宿ってこういうファッションの女性が多い気がする。しかし、松屋で腹ごしらえなんてストロングスタイルだ。
それと、キャッチらしき、ジャンパーを来た人の後ろ姿。牛丼を勢いよくかき込む。しかし、キャッチの人、今、大変だろう。
それから、外国の人もちらほらいる。観光客じゃない。観光客はたぶん松屋に来ない。歌舞伎町周辺で働く人だろう。松屋にいるのは、飾った外国人観光客ではない、そこで働き、そこで日常を過ごす外国人の姿だ。ある意味、一番国際交流じゃないか。

そういえば、松屋は外国料理のメニューにも力を入れている。
ジョージア料理の「シュクメルリ」が提供されたことは記憶に新しい。今もなにかやってるのかな、と思ってメニューを見ると、やってるやってる。
「マッサマンカレー」。
「世界一美味しい」と言われている料理で、タイのカレーらしい。今度、ゆっくり食べに来ようかな。



タイの人が、日本の松屋に来て、ここでお袋の味を楽しむのだろうか。少なくとも、ここ、歌舞伎町の一角に店舗を構える松屋はそういう人がいてもおかしくない。


念願の牛丼

そんなことを考えていた矢先に。

「238番の番号札をお持ちの方、カウンターにお越しください」と呼ばれる。私の番号だ。

取りに行くと、「ごゆっくりどうぞ」と店員さんが言ってくれる。
ありがとう、と思いつつ、でもゆっくりしないんだよな、と思う。私はこれを5分で食べなければならない。

急いで牛丼を書き込む。でも、味わって食べる。わりにさっぱりした味だ。松屋、チェーンストアだからと思ってあなどってはいけない。あくまで自分調べだが、各店舗でダシの濃さや、肉の切り方など、ちょっとずつ違うのだ。
この店舗のダシはあっさりしていて食べやすい。たまに濃すぎるところもあるのだが、昼間の体にはちょうどいい濃さだ。
玉ねぎのクタクタ具合も店ごとに違いが出るところだ。
少し歯応えを残すか、それとも出汁が染み込んでクタクタになっているか。靖国店の玉ねぎはどうだ。うん、少し歯応えが残っている。玉ねぎらしい食感がある方が好きだ。

この牛丼は、私の好きな部分を全部叶えてくれる。うれしい。何気なく入ったが、アタリかもしれない。


みんなの食卓でありたい

店内放送が流れてくる。放送の終わりに「みんなの食卓でありたい、松屋」というジングルが。そうか、松屋のテーマは「みんなの食卓でありたい」というやつだった。間違いない、いま、松屋は私の食卓になっている。いや、私だけではないだろう、歌舞伎町にいるいろいろな人々の食卓になっているに違いない。私のお袋、歌舞伎町のお袋、グレイトマザーだ。

松屋は、1968年に一号店を開店した。場所は、池袋から数駅の江古田。松屋の特徴は、牛丼以外にも、カレーやハンバーグ定食などさまざまなメニューを揃えていることだ。これは、一号店があった江古田という立地が関係しているらしい。江古田は学生街である一方、住宅街でもあった。昼間はカレーやハンバーグなどを好む学生たちが来て、夜間は仕事終わりのサラリーマンが来て牛丼を食べた。だから、このようにさまざまなメニューが揃っているのだという。

学生も、サラリーマンも、みんながご飯を食べることができる食卓にするために、メニューが増えたのだ。

そう考えると、私が今いる靖国店もまた、一号店のビジョンを受け継いでいるのではないか。
お袋の味は、ゆっくり味わって食べるだけではない。急いで食べるのだってお袋は許してくれる。そんな、誰をも受け入れてくれるのが松屋なのだ。

完食。
ありがとう、松屋。
ありがとう、おふくろ。

午後12時57分。1分ロス。でも、まあ、いい。実家でつい長居してしまうことは誰にだってある。


駅に帰る

食器をカウンターに戻し、小さな声で「ごちそうさまでした」と言ってみる。この声をどれぐらいの声でいうのか、いつも迷ってしまう。この距離感もまた、チェーンのいいところだ。付かず離れず。これぐらいでいいのだ。

外に出る。時間を見ると、12時58分。走れば間に合う。急いで新宿駅に戻ろう。
後ろには新宿の、さまざまな人の雑踏が広がっている。そんな人たちの胃袋を優しく包んでくれるのが、松屋なのだ。



















文・写真: 谷頭和希 / 絵: 飯島健太朗





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谷頭和希

ライター・作家。チェーンストアやテーマパーク、日本の都市文化について、東洋経済オンライン、日刊SPA!などのメディアに寄稿。著書に『ブックオフから考える』『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』。

飯島健太朗

マンガ家

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