ご注意めされよ

  • 更新日: 2024/10/03
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.007

 

 Dが座り直し、僕の方を見た。

「近藤さんは、ここまでの話を聞いてどう思いますか?」

「そうですねえ、施主が小薮のおじいさんじゃなかったのは気になるし、ほかの登場人物も居たかもしれない。ですが、あの貼り紙を作ったのがパパ活女子というのはやっぱり無理があるような」

「それは、どうして?」

「パパ活女子が小薮のおじいさんを近所から孤立させるために描いたとするなら、なぜ宗教色を隠したのか。怪文書では『地獄に落ちる』とか前のめりでガンガン攻めてたんですよね」

「あー、それは確かに……」

「あともう一つあって、家のまわりに十二天を配置するって、守護することにならないんですか? おじいさん守られちゃう」

「ぐぬぬ……」

 Dがぐぬぬと言った。

「謎解き屋さんは、おじいさんが描いたと思っているんですよね。なぜ十二天の絵が雑だったんですか? 謎解き屋さん」

 なんとなく分かってきた。Dが僕のことを謎解き屋さんと呼ぶときは、ちょっと怒っている。

「あー、今までの話を聞いて思いついた動機としては、例えば、小薮のおじいさんは、近所に気づかれないように、こっそり、こう、家を取り巻く感じで曼荼羅を作りたかったとか……」

「曼荼羅……」とDがつぶやく。

「護摩壇……」僕もつぶやいてみた。

「火事!」

 同時だった。Dが食べかけのピザを放り投げた。

「おっおっおじいさん、もしかして家の中で加持祈祷やってました!?」

「そっそっその可能性はありますよね!」

「そうすると、何を祈ってたんでしょうか。近くに大病の人でも居たのかな。でも身内は居なかったらしいし」

「そこで、内縁の妻ですよ」

「は?」

 はじめに新しい登場人物を繰り出したのはDなのに、は? はないだろう。僕にだって創作する権利がある。僕は続けた。

「おじいさんと内縁の妻は、純愛だったんですよ。ワシのほうがはやく逝くからと早々に財産を生前贈与して。信頼で結ばれた、仲睦まじい二人でした」

「何の話?」

「まあ、お聞きなさい。しかしある日、内縁の妻が不治の病に罹ってしまいます。内縁の妻は伊豆山中のホスピスで緩和治療を受ける日々。おじいさんはふさぎこんでしまいました」

「えっ、それで?」

「ある日おじいさんはカササギ教の教えを思い出します。そうだ。加持祈祷の妙法があるではないか。十二天を貼り結界を作る。しかし近所には大ごとに思われないように控えめに十二天を描いた」

「なるほど……そして家の中に護摩壇を作って加持祈祷を行ったが、結果的に家を焼いてしまった」

「それで小薮のおじいさんは今どこに?」

「伊豆のホスピスです」

「伊豆は良く分からないですけど、でも、なんか、悪くない気がします。なにより火事の説明がつくのが美しいです」

 数学の難問で、全然関係無いと思われる分野の知識で解ける問題がある。それと似た感覚があった。いま僕たちは、とんでもない角度から正解に近づこうとしているのかもしれない。しかし、ダイナミックにシナリオを書き換える場合、今まで築き上げてきた何気ない部分が牙を剥くのは想像に難くない。僕は言った。

「と、自分で言っておいて難ですが、加持祈祷説を取る場合、おじいさんの行動がまた良く分からなってしまいます。特に示談金の要求が分からない」

「ですねえ」

 

「そういえば、私の話を聞く前は」

「はい?」

「私のパパ活女子の話を聞く前は、近藤さんはそのあたりをどう考えていたんですか?」

「ああ」

 僕が当初考えていた説はもはや遙か後方に置き去りにされていた。そういえば一時間前までは、こんなものを大事に抱えていたんだった。

「更地になったこともカササギ教のことも知らなかったので、もはや古い説になってしまいましたが、いちおう話しますね。まず、おじいさんの貼り紙や行動から、わざと悪目立ちして、インスタグラムで話題になるのが目的だと思いました」

「あーなるほど、以前話していた、若者と交流したい寂しいおじいさん説の進化版ですね。ネットで話題になりたいという気持ちがあったと」

「そうそう、それで最後に示談金をせしめるという、新時代の自己顕示・集金システムという説でした」

「ほう、なるほど、集金システム……」

 その言葉にDが引っかかった。腕組みをして、ああ、えー? いやあ? などと唸っている。

「どうかしたんですか?」

「いやあ、あの、ちょっと、これはちょっと思っただけですよ?」

「なんすか」

「いやあ」

「教えてくださいよ」

「えー、あの、ここ見てほしいんですけど」と、Dは先ほどの郷土史のコピーを取り出した。

「ここですね、『この宗教集団は繁華街に托鉢へ行き、代わりにお札やら仏の絵やらを置いていくことをしていたという』まあ、一種の布施行ですね」

「布施行?」

「カササギ教団はこのあたりに藩邸を持つ藩主に庇護されるまでの間、生活に苦労していたようです。教団が生活する上で、食料やお金を得ること、つまり布施行が一番大事だったんでしょうね。布施行をなすと「最上の浄土」へ行けることになっているそうです。浄土に上と下があるのはいかにも土着信仰っぽいですが」

「え、それで布施行と集金システムに関係が? 」

「神仏の絵の写真を街の人に撮らせて、結果的にお金をもらうのって」

「ああ……布施行、とも言えなくもない?」

「祈祷って、行者が苦行を行うからこそ効果が現れるという建て付けなんですよ。だから、加持祈祷の前に布施行を先にやった。相当なこじつけですけど」

「マジっすか」僕は仰け反った。

「いやあ、これはどうだろう……」Dも首をかしげている。

「でもこの説は、なんというか、あれです。ロマンがあります。すごく好きです」

 ここまで考えての加持祈祷だったら、どんな大願も成就するだろう。

「本当にこうだったら、いいですねえ」Dも言った。

「奥さん、回復してるといいなあ」

「してますよ」

「そうですね」

 

「これもらっちゃっていいですか」とDがピザの最後の一切れをつかむ。

「意外と旨くないですか」「ね、私も思った」なんて言いながら、今までのフワフワした会話を反芻する。雲で雲を掴むような話だ。ふと、今日Dは面白かったんだろうか、と不安になった。僕に合わせて「パパ活女子」なんて説を持ってきたのかもしれないが、もともとDは正解を知りたいタイプの人間だ。どうやって聞こうか迷っているうちにDが言った。

「近藤さん、わたし、小籔さんに会えなくて良かったかも、と思ったんです」

「それは、どうして?」

「想像するのが面白かったからです。そもそも私たちは警察でもなければ探偵でもなくて、知らない街の人からすれば余所者ですよね。人の生活の、深いところなんて見えませんし、もし本人に会えたとしても、真実を喋ってくれるとは限らない。もしかしたら、本人も分かっていないかもしれない。それならば、見える範囲で、知らない街の暮らしについて想像する自由くらいあっていいなって思ったんです」

「そうですね、そう思います」

 僕たちは知らない街と接するとき、異邦人の距離感を忘れてはいけないと思う。その土地に入りまない、理解しようと努力しない、ということではない。余所者にはどうせ理解しきれないのだ。それだったら、勝手に理解したつもりになって好きになったほうが結果的に良いこともあるだろう。くだらない街の謎は、その土地に興味を持つきっかけだ。謎の答えは無限にあるし、正解は藪の中。それで良いのだ。

 

.008

 

 S区N町。ここが好きだった、昔は。こんな心持ちのとき、決まって思い出すのは五つか六つの頃のことだ。二つ向こうの角を曲がった突き当たりの正光寺の縁日は毎月八日に開かれていた。いろいろな業種の店が軒を連ね、私はそれを世界だと思っていた。実際に大変な賑わいで、K線の正光寺前という駅は縁日の客を運ぶためにできたと噂された。そうでもなければ、ターミナルから数百メートルのところに無人駅はつくられまい。その日は本当にいろいろな店が出ていた。練り飴屋、汁粉屋、ほおずき屋、金物屋、神具屋。植木屋で椎の木を見つけて、何故かどうしても欲しくなり父にねだった。屋根より高い庭木は悪相だと渋る父を説得し、庭に植えた。今回、これを切るときは少し心が揺れた。この記憶が幻ではないことの証明。あの頃の私と今の私を繋ぐ最後の糸だった。糸の切れたものは理由を失い、浮遊する。縁日のなくなった今、正光寺前駅はK線の最低乗降者数の駅として首をかしげられている。私もそうなのだろう。

 

 正光寺の住職はカササギさんの宗教結社の会長を務めており、この縁日は実質的にカササギさんのお祭りであった。かつてこの地はカササギさんとともにあった。当番になると拍子木を持って「ご注意めされよ~ッ! カン! カン! カン!」と町内を回った。幼かった私は父について回った。拍子木は任せてもらえなかった。任せてもらえないまま、その伝統は廃れてしまった。

 もともとは高級住宅街の部類に入るだろう。大正時代に財閥が分譲し、華族や上級藩士の子孫が移り住んだと聞く。私の祖父はそのようなものではなかったが、薬問屋をやっていたらしい。関東大震災で家が焼けたのを機に、ここに小さな土地を購入したという。彼らの代が、新しい街の伝統をいちから作っていったのだ。しかし実はもう一つ古い時代の層がある。財閥が買い取る前はある藩の上級藩士たちが住む屋敷だった。その藩が庇護した土着信仰がカササギさんだ。分譲がはじまったあと藩士の子孫がこの地に戻ってきたことで、ここは新しい住宅街でありながら、江戸時代以前の記憶を維持している希有な土地となった。

 しかし、そのような街の歴史を知る家のいくつかはすでに空き家だ。本人は施設へ行き、子供達はどこか別の場所でマンションを買って暮らしている。資産のある家はハウスクリーニングをやって体裁を保っているから外からだと全く分からないが、この街は穏やかに死に近づいている。土地を離れる者も増えた。ところで、一般的な高級住宅街には建築協定があり、建物の最低の大きさが決まっていることが多い。その条件を満たすために広い土地はそのまま売ることしかできない。金額が高いのでなかなか売れないことがあると聞く。このエリアにはそれがないので、広い土地を分割して複数の狭小住宅を建てて売ることができる。これは街の新陳代謝を促す良い面もある。悪い面もある。具体的には、街の文化が変わる。今までとは違う人たちが流入してきて、いつのまにか彼らが多数派になっていた。年間一万円の自治会費を拒否する住民も出てきた。

 退職後に時間があった私は、自治会の役員を一度だけ務めたことがある。会合に来るのは古い住人だけであり、その数は十戸に満たなくなっていた。それらが当番制でゴミ捨て場の管理、線路沿いの草刈り、側溝の掃除、正光寺の初詣や七五三の準備などをするのだが、自治会費を払わない新しい住人もそのサービスにタダ乗りしてくることがあった。

 そのうち、予期しなかったことが起きた。新しい住民を中心とした自治会がもう一つ出来たのだ。彼らは選択と集中、明朗会計を謳い、年間三千円の自治会費ですべてを維持できると豪語した。最初は彼らを無視できた。地域のリソースにアクセスする方法は我々のほうに一日の長があったからだ。風向きが変わったのは正光寺の住職が代替わりし、初詣の手伝いを新自治会に依頼してからだ。声が掛からなかったとはいえ、ずっと付き合いのある正光寺のことなので、私は当日に一応手伝いに向かった。竹のランプで作られた「映えスポット」がいくつも設置されていた。甘酒の代わりにシチューが配られていた。

 新自治会長が私を見つけ「あ、小薮さん、来てくれたんすね」と声をかけてきた。街のゆるキャラ「もぐたん」を印刷した手ぬぐいを配る仕事を依頼された。「なぜもぐら?」と聞くと、街の名前が少しもぐらに似ていること、もぐらのように地味な街だが地下でいろいろがんばっている、ということらしい。付近の小学校でコンペを行って決定したとのことだった。百枚くらいを真面目に配り終え、それでは、と帰った。情けなかった。こういうことではない。この街が、どこにでもある街になってしまう。何も知らない人たちの手によって。

 この街といえば、やはりカササギさんと縁日だ。それを踏まえずして何が街おこしだ。若い住職に縁日の復活についてそれとなく話してみたが、忙しいからと全く連れない様子だった。葬式で儲かっているから面倒事に興味はないのだろう。

 

 旧自治会の会合に呼ばれなくなった。私が「もぐたん」を配っているところを、旧自治会の役員が見たらしい。そのうち、何かがぷっつりと切れてしまった。私を正常たらしめる操り糸のようなものかもしれない。地縁のようなものかもしれない。

 

 半年ほど殆ど家の中に居て、誰とも喋らなかった。遠くない将来にこの街を出て行こうと決めたのはこの頃だった。そうなると逆に腹が据わった。どうせ出て行くのだから、カササギさんを私の手で復活させようと決めた。まさか自分がこの街の最後の語り部になるとは思いもしなかったが、加持祈祷の妙法を先代住職に習ったのは住民ではおそらく私が最後だ。それを伝える大義があると思った。この本当の力を、私は何度か見たことがある。この土地は空襲で焼けなかった。母を二度、死の淵から蘇らせた。これが真言の力だ。恐れ慄くが良い。私はカササギさんの歴史やご利益を紙一枚にまとめ、新しい家を中心にポスティングした。

 

 貼り紙? そう、あれは方位様だ。あなたたちの言うとおり、一般的には十二天と言う。

 あれを貼った理由……なぜ仏様をそのまま描かなかったか……

 ああ、ええと、最初は真面目にポスターを作ったのだった。大きな画用紙一枚に十二柱を描いたポスター。正光寺で毎年配られる曼荼羅カレンダーを見ながら、できるだけ正確に方位様を模写した。こういうものが地域にはあるのだぞと、若い住民を啓蒙するためだった。門に貼った。

 しかし、新自治会からクレームが出た。「宗教色の強い貼り紙」についての指摘だった。地域のアイデンティティーを拒否するとは、笑うしかなかった。奈良で大仏の絵を貼って自治会から「宗教色が強い」と注意されるだろうか。昔はこのような貼り紙は珍しくなかった。例えば病気が出たとき、悪いことが続いたときなどは家の外壁に方位様の絵を貼って結界を作り、中で加持祈祷をしたものだ。だから、この街では普通の光景だ。それを。

 

 すでに住民との関係は冷え切っており、出て行くことも決めていたので、言うことを聞く必要はなかった。しかし、ここでちょっとした「いたずら」を思いついてしまった。一見宗教と分からないように貼り紙を作ったら、気づくだろうか。

 方位様は身の回りに起こる十二の災害を防ぐ仏様としても説かれている。水天様ならば水害を防ぐ、火天様ならば火事を防ぐ、といったように。そこで、近隣への注意の貼り紙のように見せかけ、方位様をピクトグラムや漫画のようなものにして忍ばせることを思いついた。川の中に水天様を描き、衆生が「助けて!」と言っているようなものだった気がする。前回より小さいA4サイズで作った。そう、確かに、あなたのいうとおり「こっそり」という気持ちはあったね。五分くらで仕上げただろうか。いたずらで作ったものだからね、適当に描いたかな。

 外の生け垣のしかるべき場所に張った。水天様の方位だね。

 彼らからクレームは来なかった。ただの注意喚起の貼り紙だと思ったのだろう。これも「方位様」なのに。

 数日後、いたずらもそろそろ飽きたし外そうと庭に出たところ、想定外のことが起こった。

 生け垣の外側から声が聞こえた。ここは数年前から若者がよく通る。生け垣の隙間から覗くと、若者が歓声を上げながら、貼り紙の写真を撮っていった。前回の、真面目に描いた方位様を貼ったときには全く起きなかった現象だった。こういうものが若者に受けるのか。全く分からないものだ。今まで感じたことのない高揚感だった。私の絵が注目されている。反応を得ている。方位様を若者から浸透させていくプランが浮かんだ。これが私の、この地への置き土産になるだろう。方位様を忍ばせた貼り紙の制作が、俄然楽しくなってきた。

 

 こうして私は新作を次々に出していった。生け垣の裏から、障子の向こうから、私は作品の反応を観察した。

 描けば通行人が湧く。気分はアーティストだった。退職後、いちばん楽しかった時間かもしれない。

 

 他所に住む妹が「インターネットに家が晒されている」と言ってきたのはこの頃で、地域の外までの広がりは想定していなかったので少し慌てた。対処は妹にお願いした。私は良く分からないから。面倒臭い奴を演じると相手は対処してくれる、など言っていた気がする。良く分からないけれど。お金? 分からない。私はやってないから知らない。

 

 火事? ああ、十二柱の絵を完成させたあと、漏電でボヤを出してしまった。二ヶ月くらい前だね。たいしたことない、ボヤだよ。ただ、さすがにこの土地を呪ったね。ここまで土地のことを気に掛けたのにと。炎を見ながら、逆恨みってやつだろうけど、ここの住民全員が憎らしくなってきてね。バカヤローって叫んでね。まあ、消防車が来てくれてすぐ消えたけどね。まあ、じいさんが炎に向かって「バカヤロー」なんて叫んでるから、みんな私が気が狂ったと思ったんじゃないか。どうでもいいけれど。

 しかしそれを機に家を取り壊す踏ん切りがついた。いや、行方不明になんかなっていない。そもそもその頃に入院の予定があったので工事の段取りは妹にお願いした。次の家の契約が済むまで妹夫婦のところに住まわせてもらっている。伊豆はいいところだね。だけど都会に慣れてしまっているからね。今度はM区。賃貸だからちょっと狭くなるけどね。今日は、新居の契約ついでに、本当に久しぶりにここを見に来たんだ。

 

.009

 

 喫茶店を出たあと我々は自然と小薮邸の跡地へ足が向いた。すると、更地をぼんやり眺めている老人が居たのだった。まさかのご本人登場により全容が明らかになった。

 S駅までの帰り道、僕たちはしばらく情報処理が追いつかず「いやあ……」「ねえ……」などと言い合っていた。街路灯が順々に点灯して、僕たちを追い越してゆく。最初に意味のある言葉を発したのはDだった。

「こんなに良い感じの住宅街なのに、歩いているだけでは見えないものがありますね。そして、貼り紙の歪みの理由……」

「新自治会をからかういたずらだったから、ですか」

「そんなの絶対当たらないですよね! 二人とも外れ! 零点! あ、でも近藤さんは伊豆を当てたから五点くらいあげてもいいかも」

 そのとき、僕にある考えが降ってきた。とてもくだらないことだ。しかしそうであったらとても痛快だ。

「案外、二人とも八十点くらいかもしれませんよ?」

「えっ?」

「小薮さんは祈祷をしたつもりがなくても、十二天による結界、インスタによる布施行、そして漏電による護摩壇のようなもの、そして小籔さんの想いによって偶然加持祈祷の儀式が成立していた場合、なにかが起こったりしないんでしょうか」

「ハハッ、近藤さんめっちゃ面白いっすね」

「ボヤを出したとき小籔さん、住民全員が憎らしくなって『バカヤロー』って叫んだんですよ。その土地全体を呪うような大願が成就しちゃったり」

「まさか。あ、でも、もしそうだとしても十二天の絵がすごく適当だから、なんかすごく小さな呪いみたいなやつだったりして」

「その小さな呪い、もう起こってたりして」

「えっ?」

「これ見てくださいよ、火事のすぐあとです」と僕は先日ブックマークしていたニュースを開く。

 

【101匹ブタちゃん大暴れ・S区N町】

 運搬中のブタ百頭が逃げ出し、深夜の閑静な住宅街を縦横無尽に走り回った。

 警察によると、午後九時頃、首都高で大型トラックが中央分離帯に衝突して横転する事故があった。トラックに積まれていたのは食用のブタ約百匹で、事故の衝撃により全頭が逃げ出した。ブタは避難用階段を下り、高級住宅街で知られるS区N町に侵入、そこから散り散りに走り出したという。警察や消防だけでなく住民らによる捕獲作戦が繰り広げられ、三日後の夕方六時頃に全頭捕獲が完了した。住民によると糞尿被害が最も多く、そのほかには家屋や車の破損等、被害の全容については調査中。運転していた六十代の男性に怪我は無かった。

 

「まさかね」とD。

「まさかね」と僕。

「近藤さん、」

「はい?」

「街の謎、ほかに持ってないんですか? もっと解きたいです!」

 

 この人は本気で言ってるんだろうか。僕はカメラロールを辿る。解けていない街の謎は、この他にも困るくらい抱えている。

 

 

(おしまい)

 

 

 

 



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ヤスノリ

サンポー主宰。最近おちつきがある。

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