駒込富士神社で本当に祭りはあったのか?

  • 更新日: 2017/07/13

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その名のとおり、富士山信仰の神社。




おはようございます。都です。
今日は7月2日、日曜日。早朝です。
駒込にある富士神社に来ています。

駒込の富士神社といえば、「駒込は一富士二鷹三茄子」という江戸時代の川柳にもなった名所ですね。
因みに、鷹は鷹匠屋敷があったことから、茄子は良質のナスが収穫できたことから来ています。

6月30日、7月1日に渡って、こちらでお祭りが行われたと聞きました。
しかし、本当に祭りなんてあったのでしょうか。
私は実際にこの目で見たものしか信じませんからね。
緻密な現場検証をして、事実を確かめたいと思います。




ある!!!!
疑ってすみません。祭りありました。
これだけ露店を並べられたら、もう、しょうがない。

とはいえ、どのような祭りだったかは気になるので見てみましょう。



雨の翌日です。
客足は大丈夫だったんでしょうかね。



「氷」くどくない?



入り口近くに鉄板系を置いて、匂いで食欲を刺激する。
いい配置ですね。



筆文字系のフォントが力強い。



ニモは古いのでドリーをチョイス。
けっこうそういうとこ敏感なんですね。



謎のプラスチック。情報求む。



二箇所でできるヨーヨーすくい。
一箇所より効率はいいけど、ベテランじゃないとお客を捌くの難しそう。



膨らませる前の奴。
祭りの翌日に来た甲斐がありました。



一文字に対して一匹のコアラ。
手厚い。



えー!ハンドスピナーまである!
ファインディングドリーといい、積極的に流行を取り入れる祭りだなあ。
運営陣の中に優秀なマーケッターでもいるんでしょうか。
確かに子供は喜びそうですもんね。

「かならず当たる」は嘘でしょ。
こういうクジの屋台なんて、むしろ当たりが一つも入ってないでしょ。



と、思ったらハンドスピナーの空のパッケージが落ちてました。
じゃあ誰か当たったのか?
少なくとも一人は、ハンドスピナーを手に入れたのか?
それとも「実際に当たった子がいる」ように見せる店側の作戦?
前者だと信じたい。



あの大きさの袋と割り箸は、りんご飴っぽいですね。



何の変哲もないストロー。
ジュースの種類は特定できず。



黒く焼けすぎている。



駒込富士神社は「富士」と付くように、富士信仰の役割を担った神社です。
富士信仰とは、「富士山そのものを神と見立てるなど、
何らかの形で富士山を信仰・崇拝の対象とすること」(『wikipedia 富士信仰』)です。
富士山に何らかのパワーを感じたんでしょうね。
この時期に祭りがあるのも、富士山の山開きに合わせてのことです。

さ、石段を上ってみましょうか。



駒込名物「麦らくがん」とありますね。
江戸時代から連綿と続く名物だそうです。
ハンドスピナーとの落差がすごい。



こちらも駒込名物です。
麦で編んだ厄除けの蛇です。

江戸時代の宝永(1704~1710)の頃に、喜八という農夫が、
何となく作ったところ人々に受け、以来定着しています。

今は千円のものだけですが、『駒込富士神社誌』によると、
「昭和の始め頃までは、大小各種あって、大きなものは何尺も」あったそうです。



わーい!名前は知らないけど、とにかく賑やかな花の奴!
テンション上がるなあ。



おみくじをそんなところに結ぶような奴は、もう大凶だろ。



屋台を一望。
ちょっと迂回して下ります。



ハチャメチャなストローです。
使ってた人の高揚感や浮かれ具合が伝わってきます。



ん?ハンドスピナー・・・のパチモン?
それともただのコマなのか。
やけに軽い。



暴激猛虎、ねえ。
幼い頃、四駆龍というミニ四駆のモーターがポンコツだった経験から、
こういう大仰な名前は信用してないんですよね。
やけに軽いし。



昭和五十九年度自治宝くじ助成備品と書いてありました。
この柵がですかね。
バブル期の勢いでうまく揃えたんですかね。



これ。
この手榴弾みたいなのが、地面にいっぱい落ちてたんです。
物騒ですね。
自分の子供の頃にはなかったものなので、気になります。



ピックリ手榴弾という商品らしいです。
「膨らんでいる部分を押しつぶしてから振ってください。
すぐに手から離して5m以上離れてください。
約15秒後、破裂して音がなります」との説明がありました。
現代版の爆竹みたいな感じでしょうか。



出た!階段とかを綺麗に降りていく虹色のバネの奴!
レインボーミニスプリングって言うんですね。



唐揚げ中サイズのカップ。



ここにもハンドスピナーが。
発見した範囲で二人はこの祭りでハンドスピナーを得ている。



祭りの後の射的屋は閑散としています。



射的屋の注意書き。
頭では分かってるんですけどねえ。



あっ、膨らませた後、やたら大きい音を立ててしぼんでいく風船。



先進的だなあ。
後、たこ焼きの一つ一つのこと粒って数えるんだ。



あゆの塩焼きとアルコールを一緒に売る。
商売上手ですね。



犬の散歩ってそんな不浄な行為だったのか。

まとめ

以上です。
江戸時代から連綿と続く伝統的な部分と、
ハンドスピナーのような新しい部分が混在する素敵な祭りだったことが偲ばれます。
定番もちゃんと押さえてありますし、子供から絶大な支持を得そうですね。

参考資料
『駒込富士神社誌』飯塚文次郎 文京タイムス社 1964
『私だけの東京散歩 下町・都心篇』春風亭小朝 他 作品社 1995
『安政年代駒込富士神社周辺之図及び図説―文京区文化調査報告書』文京区教育委員会教育推進部庶務課 編集 2016
『wikipedia 富士信仰』https://ja.wikipedia.org/wiki/富士信仰(最終確認2017/07/02)



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